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外編
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しおりを挟む【遺跡周辺の記録・2】
夏のおわりに起きた野盗事件から季節が移り変わり、冬の寒さが迫ってきた頃。新米修道女が、遺跡周辺地域のボランティア活動という名目でしばらく滞在することになった。
「シスターセシリアと言います。皆さま、1ヶ月間お世話になります」
「おぉ! 貴女はいつぞやの、うちの集落のお嬢ちゃんを助けてくれた貴族様か。しかし、本当に修道女になってしまわれたんだなぁ」
シスター特有の頭の被り物で赤茶色の髪は隠れているが、ノーメイクでも一際目立つその美貌は紛れもなくルイーゼ・ルードリッヒ嬢だ。
「確か、以前のお名前はルイーゼ嬢……でしたね。かの有名な公爵家のご令嬢が修道女として無理されているのでは? 貴女の美しさなら素敵なドレスやパーティーが似合うはずだ」
ルイーゼが来ると聞いて先に集落に到着していた仕立て屋の男が、その美貌を惜しみ、さり気なく社交界に戻るよう促す。
「貴族社会も修道院も、中の人間は籠の鳥であることには変わりありません。ドレスコードも意外と強制的ですし、それにシスターの服ってなかなかオシャレで素敵でしょう!」
おどけるように、グレーの修道服のスカートの裾を少しだけつまみ、恭しくお辞儀をする。彼女の美貌にかかれば、地味な修道服は他のご令嬢の特注ドレスよりも美しく映える。ノーメイクでも整った顔立ちの前では、フルメイクの厚化粧は太刀打ち出来ないだろう。
「ははは! 美しさだけじゃなくウィットにも富んでいる! 参ったな。貴女はどんな服を着ても、何の名前を名乗ろうとも素敵だよ。うん、せめて聖女就任の際の服だけでも仕立てさせてもらえると嬉しいな」
「まぁ。まだ聖女として認定されるかわからないけれど、その時は喜んでお願いするわ」
修道女の仲間は誰もおらず、代わりに司祭が吸う人付き添っている。遺跡地下には、古い儀式に使えるスペースがあり、そのための滞在のようだった。
「それでは、シスターセシリア。覚悟はよろしいですか? 貴女は聖女として生まれ変わりますが、引き換えに役目を終えたら皆がその存在を忘れてしまう」
「所詮、追放されて本来ならば流浪の身。こうして、シスターセシリアとして生きているだけでも運が良いんですもの。将来的に消えてしまっても、国に残した家族を救えるのなら構いませんわ」
「ふうむ。その覚悟、確かに受け取りましたぞ。では、始めましょう」
ブツッ……!
それまで順調に進んでいた記録は、一旦そこで不自然に切れた。
* * *
吸い込まれるようにモニターに釘付けとなっていたハンナとカナリヤは、突然の画面停止によって現実に引き戻された。
「映像はここまでか……。けど、アタシが見ていたルイーゼ嬢も聖女セシリアも、パラレルワールドだけじゃなくてこの世界にも実在していたんだな」
「疑問なのは、私達が夢で見た聖女セシリアは、この世界の彼女なのか。それとも、パラレルワールドの方なのか」
「うーん。多分、記録を調べていけばヒントくらいありそうだよなぁ。アタシとしては、半々ずつくらいの記憶に感じているけどね」
この世界では、聖女セシリアは役割を終えると人々の記憶から消去されるのが前提の契約だった。だが、パラレルワールドの夢では記憶消去のくだりは一度も出てこない。
カナリヤの記憶の半々ずつというのは、ハンナも思い当たる節があった。
「パラレルワールドの夢では、食事が豊かで充実していくのに。この世界に近しい雰囲気の夢だと、常に食糧は不足気味なのよね。最近ようやく、安定してきただけで」
「ふぁああ。なんだか、眠くなってきちゃったな。悪いけど、ベースキャンプに戻って睡眠を取ろうかな」
「そうね、私も不思議と眠くなってきちゃった。記録のディスクだけ回収して休みましょう」
殆ど強制的に睡魔に襲われた2人だが、重い瞼をこすりながら気合いでベースキャンプに戻った。食事や水分補給も忘れて、ただ脳の奥が異様に眠いという感覚のまま、2人ともテント内で倒れ込むように眠ってしまった。
「おやまぁ。この子達、よっぽど疲れたのね。特にシスターさんには慣れないクエストが重かったかしら? 早く任務から解放してあげるべきかな」
「けど、この子達が来てくれたおかげで遺跡が見てた記録映像が回収出来たんでしょう? しばらくは、この子達に頼るようだわ。私達に出来ることは負担を減らしてあげることくらいね」
結局、回収したデータは修道院関係者しか映像を読み取ることが出来ず、正式なデータとして認定されなかった。
「驚いたことに、聖女セシリアの記録は修道院関係者以外には映像を認識出来なかったとのことだわ」
「けれど、もしかするとそれこそが信仰の証なのかも知れませんね。私達は何も間違えていなかった!」
「信じましょう。己の心奥深くにある神への信仰を……。そして、神が遣わした聖女の足跡を我々が残すのです」
だが、修道院で聖女セシリアを信仰する者達は、自分達が架空の存在を崇めているわけでなく、実在人物を大事にしていただけなのだと、少しずつ理解するようになっていった。
変化は修道院だけでは無い。
聖女セシリアことルイーゼ嬢の記録を渇望するアランツ王国の第二王太子は、自らの世界のルイーゼ嬢が消えたことを非常に惜しみ絶望し、闇の魔法に手を出したとの噂まで流れた。
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