修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
26 / 27
外編

05

しおりを挟む

 ある日を境に、アランツ王国の第二王太子マリウスは気が狂れたとの噂だった。
 彼は幻の令嬢を愛し、伝説の聖女に恋焦がれていると、囁かれていた。

「違うっ! ルイーゼも、セシリアも、存在している! 世界が彼女を忘却の彼方に置き去りにしたんだっ。なぜ、誰も気づかないっ?」

 気が狂れた王太子を憐れむものも多い。
 原因は婚約者のミエナが、何処の馬の骨とも分からない男の子を孕んだことだともっぱらの評判だ。

『アランツ王国のマリウス王太子、どうやら本当に頭がおかしくなってしまわれたそうで。やっぱり、聖女ミエナが原因かしらね』
『いきなり、誰が父親とも分からない子供を産んで婚約破棄。男としても王族としても、大恥をかかされたんだ……仕方ないよ』
『きっと、気高い公爵令嬢や伝説の聖女様のように、貞操観念の高い女性と結婚したかったんでしょうね』

 同情の声が多かったおかげで、彼は本当の意味では狂人扱いされずに済んでいた。トラウマが消えれば、また元の優しい王太子に戻ってくれると。裏切り者の婚約者ミエナへのほとぼりが覚めるまで、王宮関係者は優しく見守ることにした。

 それは、別の視点からすれば完全に普通の扱いを受けなくなってしまったとも言える。

 どちらにせよ、マリウス王太子は孤独だった。

 世界でただ一人だけ、公爵令嬢ルイーゼ・ルードリッヒに懸想していると思われていた。が、辺境地の修道院では彼女の存在を崇め、認めて、彼女こそが聖女セシリアであると信じて疑わない事をマリウス王太子が知ってしまう。

「ホラ! 僕は間違えていなかったっ。彼女を認めないこの世界が狂っているんだっ。狂人達が統べる世界では僕のルイーゼはさぞ息苦しかっただろう! 会いたい、会いたいっ。僕のルイーゼッ。君に会うためならば、パラレルワールドの境界線も越えて見せよう! そして、この魂が向こうの自分に吸い取られようと、一向に構わないっ」

 信仰と恋心を激しく混ぜ合わせた狂信的な情熱は、ついに彼を禁断の黒魔術に駆り立てた。

『アランツ王国のマリウス王太子、今度は禁書を手当たり次第集めているとか』
『例のご令嬢にどうしても会いたいそうだ。まぁ禁書と言っても、中身は古い魔法書さ……王太子様の好きにさせてあげよう』
『けど、万が一……災いが起きたら』

 古代遺跡の儀式部屋を模して、儀式の再現をしようと禁書の封印をいくつも解いてしまった。きっと、いつか災いが起こると不安視する者もいた。

『災いが起きるなら、聖女様が現れて救ってくれるさ。聖女様がいないなら、禁書も嘘だし災いも起こらないよ。現実なんて、そんなもんだ』
『まぁ逆説的に考えれば、そういうことになりますなぁ。禁書のチェックをする良い機会ですし、王太子様の権力でこの際、古い魔法書の研究でもしますかね』

 聖女を信仰しない者は禁書も信じないため、止めるものは少なかった。


 * * *


 地下の儀式部屋の蝋燭が、日に日に増えていく。その炎の数は魂の数とも言われていて、マリウス王太子が輪廻の分まで魂を使い切った証拠でもある。

「会いたい、会いたい、会いたい、会いたい……ルイーゼ、ルイーゼ、ルイーゼェエエエエエエッ」

 少し焦げた匂いと共に、蝋が溶けていく。
 ゆらめく炎は、マリウス王太子に応えるべく、熱く、静かに燃え続けた。まるで、マリウス王太子の心そのもの、火が灯るたびに同化が進んでいくようだ。静かなる炎の同化は、狂おしいほど美しく、禁書の内容を再現していった。

 地下の儀式部屋の床が、いよいよ立つ場所すら無くなってきた頃。突然、マリウス王太子を誰も見かけなくなった。

『公にできないだけで、やはりもう……』
『時折、どこかへ行こうと叫ばれていたとの噂ですし、亡命という可能性も』
『いやいや、継承第二位のお方を、おいそれと亡命なんて許さないだろう。だいぶ参っていたようだし、どこかで治療されているんじゃないか』

 噂ばかり広がるが、真実は闇の中。
 やがて、行方不明になったマリウス王太子のことは誰も話題に出そうともせず、噂話すら聞かなくなった。


 * * *


 大陸中の魔導師にアドバイスを貰っていたマリウス王太子だが、最後の相談相手はジプシーの占い師だった。

「パラレルワールドに行く方法をご存知と聞いたのですが、教えて頂けますか」
「ええ。とても簡単ですよ、鏡を見てください。目の前には何が映っていますか」
「見なくてもわかります、自分自身ですよ。まさか鏡を覗くだけで、鏡の向こうに行けるとでもおっしゃるのですか」

 ジプシーは不敵に微笑んで、話を続ける。

「まさか、パラレルワールドに行くには、この世界に貴方がいてはいけません。あちら側に飛ばなくては……こちらの肉体は捨てなくてはならない」
「肉体を捨てる……やはりそうか」

 知らない人がこの話だけ聞いたら、まるで自ら命を断つことを勧めるような内容に感じるだろう。だが、殆ど食事を摂らなくなったマリウス王太子は、遅かれ早かれ肉体を維持することは厳しくなる。

 ――つまり、その日が来たということだ。


 もう一つの世界では、ルイーゼとマリウスは結婚をしていて、全てと引き換えにしてもルイーゼを守り抜くとマリウスの心は強靭になっていた。

 ルイーゼのいなくなった世界のマリウスは、パラレルワールドの自分に嫉妬しつつも、彼の一部になることで自分がルイーゼと夫婦になれるなら悔いはないと……消える道を選んだ。

 その世界ではルイーゼの夫であるマリウス王太子は、パラレルワールドの自分を吸収することで、より魔力を高めていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

自称聖女の従姉に誑かされた婚約者に婚約破棄追放されました、国が亡ぶ、知った事ではありません。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『偽者を信じて本物を婚約破棄追放するような国は滅びればいいのです。』  ブートル伯爵家の令嬢セシリアは不意に婚約者のルドルフ第三王子に張り飛ばされた。華奢なセシリアが筋肉バカのルドルフの殴られたら死の可能性すらあった。全ては聖女を自称する虚栄心の強い従姉コリンヌの仕業だった。公爵令嬢の自分がまだ婚約が決まらないのに、伯爵令嬢でしかない従妹のセシリアが第三王子と婚約しているのに元々腹を立てていたのだ。そこに叔父のブートル伯爵家ウィリアムに男の子が生まれたのだ。このままでは姉妹しかいないウィルブラハム公爵家は叔父の息子が継ぐことになる。それを恐れたコリンヌは筋肉バカのルドルフを騙してセシリアだけでなくブートル伯爵家を追放させようとしたのだった。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

処理中です...