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第二部 第一章
第09話 仮の暮らしに感謝して
しおりを挟む運良くタイムリープ以前の記憶のあるコゼットに声をかけられて、しばらくの生活拠点を確保出来たカルミア。ファストフード店を出て、海底エリアの学園地域へ、そして予備寄宿舎まで案内される。
「実は、海底エリアの商業地域でカルミアさんを見かけて。行く宛がないそうなので、予備寄宿舎にと思ったんですが……」
入り口の受付でコゼットが簡単に事情を説明すると、すぐにカルミアのことも受け入れてくれた。寮母の女性が出迎えてくれて、アットホームな雰囲気である。
「あらっ。貴女、生徒会広報で頑張っていたカルミアさんじゃない? 無事で良かったわ。女子寮の部屋はまだ空いているから、取り敢えずは今日は休んで」
「はい、お世話になります」
いわゆる現代住宅でいうところの、離れのような小型のプレハブがズラリと並ぶ場所へ案内されて、その中の一つの鍵を手渡される。
プレハブ住宅という特性から、もう少し寒いと思っていたが中は暖かだった。断熱材を通常よりも多く入れているそうで、おそらく冬も凌げるだろう。
「ここが、王立アトランティス学園の予備寄宿舎よ。なぜ予備かというと、学園建設のために現場の皆さんの住まいとして作ったプレハブが残ってしまっているの。予備女子寮は、女性の魔導師さん達が使っていたプレハブなのよ。本当だったら、解体するところだったんだけど、データからあぶれた生徒がチラホラいるでしょう。学園長が、その人達の拠点にするのがいいって」
カルミアが使う部屋は女性向けに作られたというだけあって、シンプルながらもライトグリーンのカーテンや白いパイプベッドにピンクのベッドカバーなど、可愛らしいカラーリングで整えられていた。
部屋は六畳ほどの寝室スペースと四畳ほどのキッチンスペース、バストイレ付きと、必要となる生活環境は保証されている。
そもそも、ネカフェが無理なら野宿を覚悟していた身からすれば、ベッドで眠れるだけでありがたい。
「屋根があって暖まるところで眠れるのは助かります。部屋もまだ綺麗だし、安心して眠れそうです。コゼットさん、本当にありがとうございました!」
「ふふっ。ようやく、笑顔が戻ったわね。乙女ゲームの主人公はそうでなくっちゃ。私も敷地は違うけど学園本部の寄宿舎暮らしだから、これからよろしくね。込み入った内容はまた明日……お休みなさい」
「……! はいっ。明日もよろしくお願いします。お休みなさい」
まだ自分のことを【乙女ゲームの主人公】と呼んでくれる人がいるなんて、とカルミアは感動してしまう。だが、現実は厳しく現在は乙女ゲームの主人公の座を、未来人で姪っ子のレンカに奪われていた。
だが、元主人公の根気で気合を入れ直し、まずは明日も可愛い自分でいるためにお風呂に入って鋭気を養うことにした。
* * *
次の日の朝、予備寄宿舎の母屋に行くとカルミアと同じようにデータからあぶれた生徒達が、朝食をとっていた。メニューは丸い黒糖パンとコーンスープ、プロセスチーズ、目玉焼きにサラダをちょっぴり添えて……というシンプルなものだ。
一瞬、生徒達の視線が一斉にカルミアに集まる。
「おはようございます。予備寄宿舎でお世話になることになったカルミア・レグラスです。よろしくお願いします! えぇと……私も朝食、いただいて良いですか?」
「あっはい。カルミアさん……よろしければ隣どうぞ」
目ぼしい顔見知りすら居なかったが、これからはここでお世話になるし、カルミアは明るく挨拶をして朝食に預かる。大人しそうな、黒髪おさげヘアの眼鏡美人が隣を進めてくれて、なんとかその場に混ざることが出来た。
「うぅ。コーンスープがこんなに美味しく感じるなんて……寒いからかなぁ」
「うふふっ。カルミアさんって生徒会広報で花形って感じだったから、もっと近寄りにくいのかと思っていたけど。意外と普通で良かった。私……メイって言います。よろしくね」
「メイちゃん、こちらこそ! 予備寄宿舎の人達は皆、タイムリープ以前のこと記憶しているのね。私、自分が消されたみたいで不安だったけど、まだ存在出来ていてよかったわ」
おそらくインスタントであろうコーンスープも、ごく普通の市販の黒糖パンや手頃なプロセスチーズ、目玉焼きだって。以前だったら、ここまでありがたみを感じなかっただろう。もし、記憶のある状態でルクリアやレグラス伯爵が今のカルミアを見たら、仮の暮らしに感謝をする姿に驚くはずだ。
「えっと、カルミアさん。この世界線ではレグラスっていう苗字は、次期王妃のルクリア様と同じで目立つから。名乗らないようにした方が無難だと思うよ。ごめんね、余計なこと言って……」
生きていけることの大切さを噛み締めながら食事を進めていると、メイが遠慮がちにカルミアにアドバイスをくれる。
「あっそうか。私って、今はレグラス伯爵の娘って認められない存在だったんだ」
「予備寄宿舎の生徒は他の生徒に混ざらず、全員で魔法学の講義を受けるから記憶のない生徒とはそんなに接点がないけれど。しばらくは、私みたいに名前だけの名乗りでいる方がいいと思う」
「分かった、教えてくれてありがとう。そっか、予備寄宿舎生って授業まで分離しているのね。いざとういう時にトラブルにならないように配慮してるのかな?」
どうやら、しばらくは異母姉のルクリアやオニキス生徒会長と接触出来なさそうだと、カルミアは残念に思う。けれど、どこかでまだ自信がなくて、ホッとしている自分にも気がついていた。
カルミアの新しい暮らしの朝は、穏やかに過ぎていった。
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