追放される氷の令嬢に転生しましたが、王太子様からの溺愛が止まりません〜ざまぁされるのって聖女の異母妹なんですか?〜

星井ゆの花(星里有乃)

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第二部 第二章

第07話 あの歌声には敵わない

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 レグラス邸の自宅デートは、取り返した隕石ナイフが本物であったお祝い会に変更された。お祝い会と言っても、ルクリアとギベオン王太子の二人きりだから、本当に気持ちの問題だ。

 そう……今日は珍しく、ルクリア以外にレグラス邸に人の気配がない。一応、ルクリアが邸宅で一人きりにならないように、ギベオン王太子到着までは使用人がいたが。それもほんの一瞬で、ギベオン王太子と入れ替わりで出掛けて行った。

 二人きりになるのは本当に久しぶりで、否応なしにルクリアのことを必要以上に意識する。何か話題を……と思い、不在の家族や使用人について質問することに。

「……そういえば、今日はキミ以外は皆出払っているけど。何か特別な用事でも?」
「実はね、ギベオン王太子が地上に出張している間、演奏会の企画が立ち上がったの。会場は、王立アトランティス学園のホールを借りるそうよ。お父様とローザさんは選曲のために出てるし、レンカはボイストレーナーのところで練習するんですって。使用人は楽器のレンタルを交渉しに行ってるわ」
「へぇ……大忙しだね。ということは、レンカさんが歌うのか。そうか……」

 ルクリアをはじめとするレグラス家の人々は皆、本来の異母妹であるカルミアの存在をすっかり忘れて、未来人のレンカを家族と認識している。レンカが存在していた未来は既に無く、夢見の魔法だけがレンカを構成する全て。

 ただ一つ、問題があるとすれば……カルミアがそれまで行ってきたことの大半を、レンカがしていると記憶違いしていることだろう。
 カルミアは勝気で我儘なキャラクター性に反して、歌声は天使のように美しかった。ちょっぴり悔しいが、カルミアが聖女という肩書きであることを認めざるを得ない実力だ。


「以前、地上の演奏会で別れの曲を演奏した時に、楽曲にのせた歌声がすごく評判良かったのよね。お客さんも期待しているし、きっとレンカもそれに応えるために頑張っているんだと思うわ」
「僕も楽しみだよ。ただし、せっかく地下に根付くのだから選曲は別れの曲以外がいいと思うけど」
「もうっ当たり前じゃない! 何か前向きで素敵な曲があるといいんだけど。別れの曲って、クラシック会屈指の美しいメロディーラインで有名だし、なかなか対抗できそうなものが思い浮かばないのよね」

 楽曲が変わってしまえば、レンカとカルミアの歌声が違くてもお客さんの心にそれほど違和感は起きないはずだ。けれど、既にアトランティス国民の中で不思議な記憶違いが起きていることは、共通認識となりつつある事実。

(まさかレンカの擬態が、歌声ひとつで危うくなるとは……)

 そしてギベオン王太子の焦りと嫌な予感は、時限制の何かのように刻一刻と迫ってくるのだった。


 * * *


「どうしたのレンカさん? なんだか発声に元気がない様に感じられるけど」
「すっすみません。今日はちょっと調子が悪くて」
「そう? じゃあ背中を壁につけて姿勢を直して……あとは、もっと腹式呼吸を意識して。だんだん音域を上げていくから、ついてきてね」

 防音設備が整った一室で、ピアノの音と女性二人の発声の歌声が鳴り響いている。
 ボイストレーナーの元で基礎の発声から学び直すレンカだが、思うように歌えないことに言い表せないくらい動揺していた。

(どうしよう? まさか、声の出し方どころか姿勢を直すところからやり直させられるなんて。私、普段はそんなに猫背じゃないのに……歌う場合は姿勢とか違うのかしら?)

 こんなことなら、カルミアの立場を奪わずにもっと違う形でレグラス家の一員になればよかったと後悔する。

「うーん……このままじゃ、演奏会で難しい曲を歌うのは心配ね。地下都市に移動するときにPTSDを起こしている子も多いし、以前と同じ歌唱力を期待する方が無理なのかも知れないわ」
「そんな……家族もお客さんも、凄く期待しているみたいで。今更、裏切ることなんて出来ない」
「……実はね、凄く歌の上手い子が貴女と同じ学校にいるらしいのよ。私の知り合いが王立アトランティス学園に音楽講師として最近派遣されていてね、情報を得たんだけど。その子に頼んで一緒に歌ってもらったら、演奏会のクオリティも維持できるんじゃないかしら?」

 先生としては助け舟を出したつもりなのだろうが、レンカの中ではより一層不安が生じてしまう。そこまで絶賛されるほどの歌唱力の持ち主なんて、学園内にいただろうか……と嫌な予感がよぎる。

「……その子の名前は? もしかしたら、私の知っている子かも」
「知り合いではないと思うけど……隕石災害の仮設施設で引き取られた女の子だから、校舎そのものが違うはずだわ。名前は……カルミアさんよ」
「カルミア……そう。カルミアさんっていうの。その女の子」


 予感的中、と言えば聞こえがいいがレンカが最も聞きたくなかった名前だ。自分がカルミアのポジションに成り代わってしまった罪悪感と、贖罪が一気に押し寄せてきたのではないかと心が軋む。

「これまでは仮設暮らしの生徒達と一般生徒は別れて授業を受けていたけど、いつまでも分断するのは良くないでしょう。ここは生徒会役員のレンカさんが橋渡しの役になるチャンスだと思うわ。私も演奏会を通じて王立アトランティス学園の行事に携わるつもりだから」
「ありがとうございます、先生。とても……心強いです」

(仮設施設で引き取られた女の子……そうか、夢見の魔法の影響で皆の記憶から弾かれた人々は、仮設施設で暮らしていたんだ。けど、カルミア伯母様が、この夢見の世界に復活していたなんて)


 カルミアへの対抗意識からレンカが無理矢理、愛想良く作り笑顔をして空元気で答えると、先生はようやく安心したらしい。

「そうよ、その方が貴女らしいわレンカさん。貴女はそうやっていつも笑って、他の人を心からの笑顔に導いていったんでしょう? 意地でも明るくしていれば、本当に良いことが引き寄せられるって、格言でもあるのだから」
「はい、頑張ります!」

 まるでカルミアの功績が、そのままレンカの功績であったかの様に言われてますますレンカは焦る。

(どうしよう……王立アトランティス学園のホールを借りて行う演奏会には、生徒会が主催として関わっている。遅かれ早かれ、オニキス生徒会長はカルミア伯母様と会ってしまう。オニキス生徒会長は、あんなにもカルミア伯母様に夢中だった。記憶を失っていても、あの歌声を聴いたら……もう一度カルミア伯母様を好きになってしまうかも知れない! 結局、私は永遠にあの歌声には敵わないの?)

 そしてそれ以上に嫌だと感じる理由は、恋人であるオニキス生徒会長とカルミアがいずれ再会するということだった。
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