42 / 87
旅行記3 時を超える祝祭
10 少年の淡い初恋
しおりを挟む
ジェラートで頭を冷やしたティアラは、少し客観的にこのタイムワープの流れを見ていくことにした。町中にたなびく旗に記された祝祭の年号から、現在いる場所が二十年前なのは確かである。
「はぁ! ジェラート美味しかったね。精霊様の銅像が移動することになって、ご利益が減るなんて言ってる人もいたけど、思ったよりも良い日になっちゃった。お姉さん、ワンちゃん、そろそろ移動出来そう?」
「ええ、ついにお目当ての精霊様の銅像前にいくのね」
「くうーん」
ティアラのガイド役を請け負っているこの少年が、自分の夫であるジルの少年時代かは定かではない。ジル少年の母親が、ティアラをこの時代に召喚した本人か否かも分からないのだ。
もしこの少年が夫ジルとは別人であったとしても、こうして楽しくガイドをしてもらっているのだから、ありがたく精霊像前まで案内してもらうのが良いだろう。
賑やかな祝祭の人通りを器用に潜り抜けて、奥まった水路側の小径に到着する。サラサラと流れる運河の水はまるで小さな川のようで、この水の流れが町中全てに通じているのが不思議でならないくらいだ。
気がつくと小径にはジル少年、ティアラ、そしてポメだけがいて、そのゴール地点には可愛らしい花々に囲まれた美しい精霊像が佇んでいるのであった。先ほど会話したジル少年の母親によく似たその精霊像は、未来の状態と同じく優しげな表情で微笑んでいる。
「この精霊様は、願い事を一つ叶えてくれるらしいよ。オレとしては暮らしが楽になるように、いい加減お爺さんと親父が仲直りしてくれるようにって祈っているんだけどさ。結局ハルトリア公爵家に、この精霊像が移動することになっちゃった」
「お祈りをしてもジル君の願い事は、叶わなかったの?」
「うーん、どうなのかな? 将来的には精霊像にお祈りするためにハルトリア本宅に家族と行けば、喧嘩状態のお爺さんと会うことになるよ。うちのお爺さんは一応、この国の大公だからね。でも、親父と母さんは駆け落ち結婚だから、お爺さんが表向きオレ達家族を認めていないんだ」
やはりというか、ジル少年はティアラの夫であるジルと同一人物のようだ。しかし、想像していたよりも家庭のことで悩んでいる様子で、イメージしていたよりも苦労の多い少年時代だったことが窺える。
「もしかしたら、精霊様はハルトリアの未来のためにも自分が移動することで、ジル君のお父さんとお爺さんを仲直りさせる気なのかも。ジル君だってこのままの暮らしで大きくなって、いきなり公爵様のお仕事を手伝うのは難しいだろうし。そろそろ家庭を修復してもらって、貴族としての勉強をする時期なんだと思うわ」
ティアラは二十年後の未来から来たものの、残念ながら嫁いで間もない状態のため、どのようにしてハルトリア公爵家が家族関係を修復したのか知らなかった。そのため何となく、自分が素直に感じた一般論を述べるにとどまってしまう。
「う~ん。けどまさかそのために、精霊像が移動することになるなんて、思わなかったから。いや……ただの偶然なんだろうけど」
「偶然じゃないわよ、それにほら。この精霊様って、何となくジル君のお母様によく似ていらっしゃるし。本当にお母様のことを認めていなかったら、ご自宅で精霊像を預かるなんて言わないと思うの」
ふと、ジル少年の瞳が大きく見開く。本当は……この精霊像と母親が似ていることに気付いていたのだろう。だがその事実は、彼としては認めたくない様子だ。
「ははっ。お世辞でも母さんのこと精霊様に似てるなんて、褒めてくれて嬉しいよ。でも母さんは修道院で育った普通の人間だし、精霊様では決してないからさ……」
「そう……ああ、せっかく来たんだから、私もお祈りするわね。私の夫とその家族が今も未来も、幸せになれますように……」
目を瞑り胸元のアミュレットを手に取ってお祈りを終えると、ジル少年がショックを受けた表情で、ティアラの薬指の指輪に注目する。
「おっと……夫って。ティアお姉さんって、その若さで実は人妻だったの? えっ既婚者ってヤツ?」
「えっ? う、うん。正確にはまだ婚約中で、書類が揃えば正式な夫婦なんだけどね。ん……どうしたの、ジル君?」
「そんな……オレの淡い初恋が、こんなにあっさりと……」
気のせいでなければ、初恋と呟いている気がしたが。あまり過去に介入して、未来を変えてしまうのは良くないと思い、ティアラはジル少年の独り言を聞き流すことにした。
気がつけばタイムワープ魔法の時間切れが刻一刻と近づいているようで、運河の水面や景色がゆらゆらと歪み始めていた。
「はぁ! ジェラート美味しかったね。精霊様の銅像が移動することになって、ご利益が減るなんて言ってる人もいたけど、思ったよりも良い日になっちゃった。お姉さん、ワンちゃん、そろそろ移動出来そう?」
「ええ、ついにお目当ての精霊様の銅像前にいくのね」
「くうーん」
ティアラのガイド役を請け負っているこの少年が、自分の夫であるジルの少年時代かは定かではない。ジル少年の母親が、ティアラをこの時代に召喚した本人か否かも分からないのだ。
もしこの少年が夫ジルとは別人であったとしても、こうして楽しくガイドをしてもらっているのだから、ありがたく精霊像前まで案内してもらうのが良いだろう。
賑やかな祝祭の人通りを器用に潜り抜けて、奥まった水路側の小径に到着する。サラサラと流れる運河の水はまるで小さな川のようで、この水の流れが町中全てに通じているのが不思議でならないくらいだ。
気がつくと小径にはジル少年、ティアラ、そしてポメだけがいて、そのゴール地点には可愛らしい花々に囲まれた美しい精霊像が佇んでいるのであった。先ほど会話したジル少年の母親によく似たその精霊像は、未来の状態と同じく優しげな表情で微笑んでいる。
「この精霊様は、願い事を一つ叶えてくれるらしいよ。オレとしては暮らしが楽になるように、いい加減お爺さんと親父が仲直りしてくれるようにって祈っているんだけどさ。結局ハルトリア公爵家に、この精霊像が移動することになっちゃった」
「お祈りをしてもジル君の願い事は、叶わなかったの?」
「うーん、どうなのかな? 将来的には精霊像にお祈りするためにハルトリア本宅に家族と行けば、喧嘩状態のお爺さんと会うことになるよ。うちのお爺さんは一応、この国の大公だからね。でも、親父と母さんは駆け落ち結婚だから、お爺さんが表向きオレ達家族を認めていないんだ」
やはりというか、ジル少年はティアラの夫であるジルと同一人物のようだ。しかし、想像していたよりも家庭のことで悩んでいる様子で、イメージしていたよりも苦労の多い少年時代だったことが窺える。
「もしかしたら、精霊様はハルトリアの未来のためにも自分が移動することで、ジル君のお父さんとお爺さんを仲直りさせる気なのかも。ジル君だってこのままの暮らしで大きくなって、いきなり公爵様のお仕事を手伝うのは難しいだろうし。そろそろ家庭を修復してもらって、貴族としての勉強をする時期なんだと思うわ」
ティアラは二十年後の未来から来たものの、残念ながら嫁いで間もない状態のため、どのようにしてハルトリア公爵家が家族関係を修復したのか知らなかった。そのため何となく、自分が素直に感じた一般論を述べるにとどまってしまう。
「う~ん。けどまさかそのために、精霊像が移動することになるなんて、思わなかったから。いや……ただの偶然なんだろうけど」
「偶然じゃないわよ、それにほら。この精霊様って、何となくジル君のお母様によく似ていらっしゃるし。本当にお母様のことを認めていなかったら、ご自宅で精霊像を預かるなんて言わないと思うの」
ふと、ジル少年の瞳が大きく見開く。本当は……この精霊像と母親が似ていることに気付いていたのだろう。だがその事実は、彼としては認めたくない様子だ。
「ははっ。お世辞でも母さんのこと精霊様に似てるなんて、褒めてくれて嬉しいよ。でも母さんは修道院で育った普通の人間だし、精霊様では決してないからさ……」
「そう……ああ、せっかく来たんだから、私もお祈りするわね。私の夫とその家族が今も未来も、幸せになれますように……」
目を瞑り胸元のアミュレットを手に取ってお祈りを終えると、ジル少年がショックを受けた表情で、ティアラの薬指の指輪に注目する。
「おっと……夫って。ティアお姉さんって、その若さで実は人妻だったの? えっ既婚者ってヤツ?」
「えっ? う、うん。正確にはまだ婚約中で、書類が揃えば正式な夫婦なんだけどね。ん……どうしたの、ジル君?」
「そんな……オレの淡い初恋が、こんなにあっさりと……」
気のせいでなければ、初恋と呟いている気がしたが。あまり過去に介入して、未来を変えてしまうのは良くないと思い、ティアラはジル少年の独り言を聞き流すことにした。
気がつけばタイムワープ魔法の時間切れが刻一刻と近づいているようで、運河の水面や景色がゆらゆらと歪み始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜
咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。
全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。
「お前から、腹の減る匂いがする」
空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。
公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう!
これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。
元婚約者への、美味しいざまぁもあります。
冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~
上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」
触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。
しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。
「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。
だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。
一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。
伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった
本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である
※※小説家になろうでも連載中※※
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる