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旅行記6 もう一人の聖女を救う旅
09 愛情は最大の魔法
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最初は姉ティアの夫であったはずのミゼルスは、お節介とも言える世話好きなティアへの愛情を失っていき、言うことをきいてくれる『都合のよい妹クロナ』との生活を選んだ。
「ティアは小言が多いし、僕に命令ばかりしてくる。クロナちゃんと一緒にいる方が気が楽だ」
「本当……ティアお姉ちゃんよりも、私といる方が楽しい?」
「うん。僕の妻はもうキミだけだよ。おいで、クロナちゃん」
出産からしばらく経つとすぐに次の子を妊娠する妹クロナを放っておくことは難しく、ミゼルスの拠点は自然と魔女の村に定着していく。
「はぁ……今年もミゼルスは帰って来なかったわね、ポメーラ。お前も私も、あの人に捨てられちゃったのかしら?」
「きゅうーん」
「ふふっ大丈夫よ。私はあなたを見捨てたりしないから、あの人と違って。さあ、店をうまく経営していかないと」
精霊国家フェルトに残された幻獣のポメーラは、いつしかミゼルスの使い魔ではなく『ティアの使い魔』というポジションに収まっていた。ミゼルスが大事にしていたはずの店は、ティアが切り盛りするようになり、実質の経営者となっていった。
* * *
「妹のクロナは私の夫を誑かし、ついに家庭までも奪ってしまった。夫ミゼルスが商売人として、精霊魔法使いとして大きくなるのを助けたのは私なのに。夫は私をただの小言が多い、嫌な妻としか認識してくれないっ……どうして私の愛情を理解してくれないの?」
長い年月に渡る夫の不在は、ティアの優しかった心を冷たいものへと変えていった。子育てが落ち着き、クロナを助ける理由が減ってもなお、ミゼルスはティアの元へは戻らなかったのだ。
信頼していた夫に裏切られた姉ティアは、心の奥底から夫と妹を憎んだ。一夫多妻制を採用している精霊国家フェルトでは、第二の妻を娶ることは違法ではなく、富裕層であれば時折ある話だ。けれど、ティアの中には『自分の夫だけは、自分を裏切らない』という自信があったのだろう。
鬱々とした想いは膨らむばかりだったが、鬱憤を晴らす方法も判らぬまま時が過ぎていく。
ある日の夜、思い悩むティアの心の闇につけ込んだ黒い精霊が、ティアの店の戸を叩いた。
「やあ、美しい魔女ティア。風の噂ではキミの夫と妹は二人揃ってキミを裏切り、遠い田舎で仲良く新しい家庭を作っているそうじゃないか。酷いよね、店をやっていけるのはキミの手腕があってこそなのに」
「夫は私のアドバイスをただの小言だと思い込んでいるの。叱咤激励をする私よりも、なんでも夫の言うことを肯定する妹クロナを可愛がっているわ。いつの間にかクロナとの間に出来た子供の方が私の子供よりも人数が多くなって、ずっと向こうにつきっきり」
閉店間際の店には精霊とティア以外誰もおらず、思いもよらない復讐の提案を持ちかけるのにはもってこいのシチュエーションだった。
「ほう……精霊魔法使いミゼルスといえば、我が国随一の魔道士だと評判だったけど。その実態は、ただの馬鹿な何処にでもいる男というわけだね。これじゃあ来世にこの国の王太子として生まれ変わったとしても、ろくな王太子にはならないな」
「ミゼルスがこの国随一の魔道士だからと言って、伝説通りに王太子として生まれ変わるかは分からないわ。けれどもしそんなことになったら、大変でしょうね……あの人、ほとんどの財産をクロナに注ぎ込んでしまうのだもの。あんな田舎で贅沢をしたって、限界があるのに」
「ふぅん……そんな馬鹿なカップルには、来世で粛清が必要だね。可哀想なキミに復讐の手札をあげるよ……使うかどうかはキミ次第だ」
闇の精霊はティアに来世に呪いをかける禁呪の札を与えると、月夜の方へと帰っていった。
ティアが裏切り者の夫ミゼルスと妹クロナに呪いをかけたかは、定かではない。
この物語が誇張や創作であるか、真実であるかは読者の想像にお任せする。だが魔女姉妹のように憎しみで生まれた亀裂は、和解や歩み寄りによって解消するものだ。
もし、あなたも憎しみを抱いている相手がいるのであれば、憎み返すのではなく、その手を差し伸べてみては如何だろうか?
深い深い愛情は、憎悪の連鎖を断ち切る最大の魔法なのだ。
「ティアは小言が多いし、僕に命令ばかりしてくる。クロナちゃんと一緒にいる方が気が楽だ」
「本当……ティアお姉ちゃんよりも、私といる方が楽しい?」
「うん。僕の妻はもうキミだけだよ。おいで、クロナちゃん」
出産からしばらく経つとすぐに次の子を妊娠する妹クロナを放っておくことは難しく、ミゼルスの拠点は自然と魔女の村に定着していく。
「はぁ……今年もミゼルスは帰って来なかったわね、ポメーラ。お前も私も、あの人に捨てられちゃったのかしら?」
「きゅうーん」
「ふふっ大丈夫よ。私はあなたを見捨てたりしないから、あの人と違って。さあ、店をうまく経営していかないと」
精霊国家フェルトに残された幻獣のポメーラは、いつしかミゼルスの使い魔ではなく『ティアの使い魔』というポジションに収まっていた。ミゼルスが大事にしていたはずの店は、ティアが切り盛りするようになり、実質の経営者となっていった。
* * *
「妹のクロナは私の夫を誑かし、ついに家庭までも奪ってしまった。夫ミゼルスが商売人として、精霊魔法使いとして大きくなるのを助けたのは私なのに。夫は私をただの小言が多い、嫌な妻としか認識してくれないっ……どうして私の愛情を理解してくれないの?」
長い年月に渡る夫の不在は、ティアの優しかった心を冷たいものへと変えていった。子育てが落ち着き、クロナを助ける理由が減ってもなお、ミゼルスはティアの元へは戻らなかったのだ。
信頼していた夫に裏切られた姉ティアは、心の奥底から夫と妹を憎んだ。一夫多妻制を採用している精霊国家フェルトでは、第二の妻を娶ることは違法ではなく、富裕層であれば時折ある話だ。けれど、ティアの中には『自分の夫だけは、自分を裏切らない』という自信があったのだろう。
鬱々とした想いは膨らむばかりだったが、鬱憤を晴らす方法も判らぬまま時が過ぎていく。
ある日の夜、思い悩むティアの心の闇につけ込んだ黒い精霊が、ティアの店の戸を叩いた。
「やあ、美しい魔女ティア。風の噂ではキミの夫と妹は二人揃ってキミを裏切り、遠い田舎で仲良く新しい家庭を作っているそうじゃないか。酷いよね、店をやっていけるのはキミの手腕があってこそなのに」
「夫は私のアドバイスをただの小言だと思い込んでいるの。叱咤激励をする私よりも、なんでも夫の言うことを肯定する妹クロナを可愛がっているわ。いつの間にかクロナとの間に出来た子供の方が私の子供よりも人数が多くなって、ずっと向こうにつきっきり」
閉店間際の店には精霊とティア以外誰もおらず、思いもよらない復讐の提案を持ちかけるのにはもってこいのシチュエーションだった。
「ほう……精霊魔法使いミゼルスといえば、我が国随一の魔道士だと評判だったけど。その実態は、ただの馬鹿な何処にでもいる男というわけだね。これじゃあ来世にこの国の王太子として生まれ変わったとしても、ろくな王太子にはならないな」
「ミゼルスがこの国随一の魔道士だからと言って、伝説通りに王太子として生まれ変わるかは分からないわ。けれどもしそんなことになったら、大変でしょうね……あの人、ほとんどの財産をクロナに注ぎ込んでしまうのだもの。あんな田舎で贅沢をしたって、限界があるのに」
「ふぅん……そんな馬鹿なカップルには、来世で粛清が必要だね。可哀想なキミに復讐の手札をあげるよ……使うかどうかはキミ次第だ」
闇の精霊はティアに来世に呪いをかける禁呪の札を与えると、月夜の方へと帰っていった。
ティアが裏切り者の夫ミゼルスと妹クロナに呪いをかけたかは、定かではない。
この物語が誇張や創作であるか、真実であるかは読者の想像にお任せする。だが魔女姉妹のように憎しみで生まれた亀裂は、和解や歩み寄りによって解消するものだ。
もし、あなたも憎しみを抱いている相手がいるのであれば、憎み返すのではなく、その手を差し伸べてみては如何だろうか?
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