千夜の一夜な境界ランプ

星井ゆの花(星里有乃)

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第1夜 魔法の境界ランプ

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 ――その魔法のランプは黄金色に輝きを放ち、散りばめられた魔石は魔力を閉じ込めきれずに持ち主に奇跡をもたらす。

 生命の源であり、永遠の命をもたらすという神の涙を閉じ込めたクリスタル、高貴な精霊王の尊いプライドと気品を映しこんだとされるアメジスト、魔族の王の血液を凝縮してルビーとし、草木の生命力と明るく自然なグリーンはエルフの手によりペリドットに変えられた。

 これらの魔石ひとつひとつが、ランプを美しく装飾している。ある国の錬金術士が持ち主を玉座へと誘うために作ったとされるそのランプは、この世を統べる王とは程遠い、ごく普通の考古学好きな高校生の手元にある。

「このランプ、いいものなんだけど持ち主がどんどん命を落としてね……処分するのもランプの製作者に申し訳ないし君こういうの好きでしょ、タダであげるから持っていっていいよ」

 バイト先の骨董品で店主から譲り受けたこのランプは、まるでおとぎ話の世界から出てきたような代物で、買い手がついてもすぐにその持ち主の命を奪い店主の手元に戻って来たという。

 ランプを手にした俺は、もう戻れないところまで来てしまったことを自覚する。

 オレはさっきまで六畳の自室にいたはずだ。小学生の頃から使い古した子どもっぽい机は処分し、バイト代を貯めて購入した少しお高いレトロなデスク、ほんのりと手元を照らしてくれるスタンド、テスト勉強に向けて付箋を貼った歴史の教科書に対策を独自に練ったノート……その周りにはシャーペン、消しゴム、蛍光マーカーが散乱していた。

 傍らに置いた、いわくつきの魔法のランプはよく見ると異国の言葉で、
「精霊よ出でよ我の願いを叶えたまえ」
 と、刻まれていた。

 考古学者かぶれのオレは、異国の言葉をテスト勉強そっちのけで辞書を引き、丁寧で流暢な異国語でその呪文を唱えてみた。

 今、目の前に広がっている光景は遮光1級の少し重めのグリーンのカーテンでもなく、少しキシキシ音が出るようになった黒のアイアンベッドでもなかった。

 ――抜けるような青い青い空の下、いかにも元気の出そうな赤すぎる赤や、心理的に決断力を精神に促すとされるオレンジ色の派手な布地がたくさんかけられた市場では、熟れたトマトやみずみずしいキュウリなどのおなじみの野菜に加えて、見たこともないような巨大な緑野菜や数えきれない種類のスパイスが並んでいる。

 雑貨店の入り口には、美しい紋様があしらわれた飾り皿や今オレが手に持っているランプを少しシンプルにしたような、鈍色のランプがたくさん並べられている。

「ここが、私達の拠点になるラピス市場です。この先に境界ランプの製作者である錬金魔導師のリー老師がいらっしゃいます。挨拶に行きましょう!」

 鈴を転がしたような可愛らしい声で意気揚々とオレに話しかけるのは、境界ランプの精霊で名前はセラ。

 美少女セラはオレと同い年くらいの16~17歳程の容姿で、ツヤのある長い黒髪を夜空から持ち込んだという美しい星型髪飾りでツインテールに結んでいる。

 精霊セラの美貌をオレの足りない言葉で説明すると、青い瞳は海よりも空よりも美しく、輝き長く艶のあるまつげがパッチリとした大きなカタチを印象付けている。

 優しいカーブを描く三日月型の眉は、いかにも従順そうな印象だ。鼻筋は美しく通っていて唇は厚過ぎず薄すぎず、ピンクベージュの品の良いルージュがほんのりとひかれていて、清楚で可憐。耳元を飾る華奢なピアスは、シトリンのさざれ石を散りばめたもの歩くたびに揺れて目を引いた。身体の細さに似合わず大きく揺れる胸は、淡い水色のシースルーのアラビアンテイストの踊り子風衣装で扇情的に男心をくすぐる。
 ヘソを出して可愛さの中にも色香を漂わせており、短めのスカートから覗くスラリとした白い美脚が眩しい。
 サンダルとともに足元を飾るアンクレットは「契約の夜にオレの所有物になった証」だと耳元でそっと囁いて教えてくれた。

 セラに連れられて市場を進んでいくと、屋台が密集する通りに着いた。オレがふと美味しそうなニオイの先を見ると、コロッケのような丸い形の揚げ物や平たい形のパンが売られていた。

「あれはファラエルですキュ。ひよこ豆で作ったホクホクまんまるコロッケなんですキュ。薄いパンで包んでソースをかけてくるくるって! あっボク買ってくるキュ!」

 俺の肩に乗っていた小さいドラゴンが、パタパタと赤い翼を羽ばたかせながらコロッケ屋に向かった。ドラゴンの名前はルル、オレの専属使い魔でオレのことをマスターと呼ぶ。おしゃべりなドラゴンである。

「マスター千夜、セラ姫お待たせ! お店の人がオマケしてくれたキュ!」
「おーサンキューな!」
「ルルありがとう! 」
「キュー美味しいキュッ!」

 初めて食べるのになぜか懐かしい味のする、この世界の定番フードファラエルサンドを食べながらオレ達は目的地に向かう。

 行き交う人々はそれぞれ食料品や布地小物などを眺めながら、ウインドウショッピングを楽しんでいるようだ。大量買いする人もチラホラ見かける。普通の市場と違うところは、肩に乗るくらいの小さいドラゴンやネコに羽根が生えたような可愛らしい生き物達を、当たり前のようにみんな連れて歩いているところだろうか? 時折、カーペットに乗って低空飛行で移動している人もいるくらいだ。

 ――この国の名は『境界国』という。
 オレが今まで住んでいた現実世界と、精霊たちの住む世界である精霊国や魔導のチカラを司るとされている魔導国をつなぐ境界線の国……俗に言う『異世界』にやって来たと言うべきか。

 境界国の存在は、現実世界の人間にも認識されてはいるものの魔法のチカラを持たない者は入国できないとされていて、ごく普通の一般人だったオレには無縁の場所だった……つい最近までは。


 どうしてオレがこんな不思議な世界に突然ワープしたのかというと、やはりこの手に持っている黄金色に輝くランプが原因なのだろう。

「マスター千夜! 早く行きましょうっキュ!」

 ――ミニドラゴンルルは羽を広げ、その小さな背中が俺を導く、オレはこの異世界で果てしない旅を始めたのだ。

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