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正編 第2章 パンドラの箱〜聖女の痕跡を辿って〜

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 舞台は再び現世に戻る。
 アッシュ王子の心の深層に潜り呪いを解除したアメリアは、もう一度治癒魔法を施す。すると、黒いドラゴンによって傷つけられた肉体が回復し始めた。

(完治は無理でもせめて歩けるくらいには、治してあげないと!)

「……ん、うぅん……。アメリアさん?」
「アッシュ君っ。良かった、目が覚めたのね」

 美しく青い瞳がアメリアを映し、お互いが見つめ合うような形でアッシュ王子は目覚めた。思わずアメリアが手を握ると、アッシュ王子もまだチカラが戻らない手で優しく握り返す。

「あぁ……約束、守ってくれたんだ。ありがとう……ごめん、まだ眠い」
「ふふっ。傷は殆ど治したから、安心して眠っていいわよ、アッシュ君」
「うん……お休み。アメリアさん」

 アメリアとアッシュ王子のやり取りを一部始終見ていた王宮関係者は、驚いて顔を見合わせた。まるで産まれる以前からずっとずっと一緒だったかのように、二人は親しげな様子だったからだ。
 その理由は、アメリアとアッシュ王子が心の深層で長い時間話し合ったから……というだけでは説明がつかないほどだった。

『これは……予言が上手くいけば、アッシュ王子は無事に18歳の誕生日を迎え、延命出来るかも知れぬぞ』
『おぉ! 希望が見えて来たな』
『アメリア様、アッシュ王子が18歳になるまで、いやその先もずっと……王子のことをお願い出来ませんか? いやはや、すぐに返事をしなくても良いので考えて頂きたい』


 ギルドランク中級レベルに昇格したアメリアとラルドだったが、アメリアの王立騎士団関係の任務は全てアッシュ王子の回復魔法に充てられることになる。
 アッシュ王子は傷が完治するまでの間、探索任務にはつかず古代精霊についての史料集めなどを任されていた。それは彼が予言通り18歳の誕生日を無事に迎えるための、時間稼ぎに過ぎなかった。

「史料集め? それが、しばらくの間の任務なのか。ポックル君」
「はい。アッシュ様はしばらく鎧の類は装備出来ませんし、軽装備で出来る任務といったら史料集めだとのこと。良い機会ですから、例の悪魔像について調べましょう。クルックー」
「私は基本、アッシュ王子のお手伝いを任されるから、同じ任務ね。無理せずやっていきましょう」

 本来、アメリアとパートナーであるはずのラルドは、アッシュ王子と任務を組みたがらなかった。

「えっと、ラルド様は……?」
「あぁアッシュ君、すみません。僕は王立騎士団の装備錬金を依頼されてますので、史料集めは手伝えないんです。ほら、剣聖が長期任務で不在の間、戦力が不足してるとか……」
「はい。分かりました。その、また何か機会があったら一緒の任務お願いします」

 ラルド曰く、産まれた時の予言を行った精霊と当事者は行動を共にし過ぎない方が良いとのこと。が、アッシュ王子はラルドに避けられている気がしてならず、周囲からは傷ついているように映ってしまう。

(……やっぱり、オレ……ラルド様に嫌われてるのかな。アメリアさんを独占してるから)



「さてと……もう少し、王立図書館で史料を集めて……ッと。あ、また……立ちくらみかよ。チッ……どうしてオレの身体は、こんなにも言うことをきいてくれないんだ」
「無茶しちゃダメよ、アッシュ君。今日はね、ギルドカフェにお願いして眩暈に効くお茶を入荷してもらったの。一緒に飲みましょう」
「うん……」

 18歳の誕生日まで肉体が保てば、アッシュ王子はその後も生きられる。
 だが、皆の期待は虚しく……アッシュ王子はやはり病弱なままだった。

 むしろ目眩、頭痛、心臓の痛み、過呼吸、症状が徐々に増えていく。砂時計がサラサラと落ちていくように、アッシュ王子の寿命は尽きて来ているかのようだ。
 次第に、外出する機会が減り、アメリアがアッシュ王子の自室に訪問する形に変わっていった。

「ごめん、アメリアさん。今日はどうしても身体が言うことを聞かなくて、ベッドから出られそうもない。代わりにこの鷹を使って、素材集めでもさせておくよ」
「まぁ立派な鷹ね。最近はこの鷹で、ラクシュ姫ともやり取りを?」
「ああ、精霊鳩よりも大きな物を運べるからさ。あっポックル君には内緒だぞ」
「ふふっ!」

 けれど、アメリアと共に時間を過ごせることで、苦しみながらも笑顔でいることも増えた。二人がお互いを想いあっているのは誰が見ても明らかだったが、その仲は手を繋ぐのがようやくのプラトニックなもの。

『嗚呼、予言だと聖女様が来てくださればアッシュ王子は延命出来たはずなのに』
『黒いドラゴンの攻撃から回復出来ただけでも奇跡だったんだろう。延命は出来たんだよ、延命は……』
『せめてあと5年、アッシュ王子の寿命が長ければ。アメリア様との間にお世継ぎだけでも望めただろうに……』


 ――それは死の間際の儚い恋だった。


 * * *


 アッシュ王子の寿命が目に見えて迫ってきたある日の夜、ラルドの元に分霊のエルドから魔法で通信連絡が入る。精霊鳩を介さずに連絡が来ることは珍しく、おそらく予言が外れつつあることを咎められるのだろうと、ラルドは内心気が気じゃなかった。

『よぉラルドの兄貴、久しぶりだな。どうだ? アンタが昔延命の予言を出したアッシュ王子、芳しくないんだってな。せめて、精霊の祈りで18歳を超えられるように手助けしてやったらどうだ?』
「言われなくても、毎日祈っているんだ。けれど、何故か彼に対して僕の祈りは効かない。効いてくれないんだよ!」

 地位で人を見るべきではないが、隣国の王子の延命の予言を出しておいて、私情で潰したのでは精霊としての信用は無くなる。人間界にはバレなくても、精霊界は狭い。話はあっという間に広がるだろう。それも理由が、惚れた人間の娘を取られそうだから……なんて理由では。

 だが、ラルドが懸命にアッシュ王子の延命を祈っても、不思議なくらい祈りは届かない。まるでラルドの本音を映し出して、アッシュ王子に早く退場を願っているかのようだ。

『……精霊神が、恋に狂って加護した相手を死なせてしまったケースがある。もし、辛いんなら今からでも加護役を代えた方が、アッシュ王子のためだ。もうすぐ死ぬであろう若い男に、頼れる綺麗な女が優しく手を差し伸べる……。あのガキが今の状況でアメリアに恋したって、無理もない。アッシュ王子を逆恨みするのもおかしな話だぜ』
「分かってる! 僕だって……」

 皮肉なことにラルド自身が、アメリアへの恋心が本気であることを自覚したのは、今回のアッシュ王子のことがきっかけだ。

(僕は精霊神なのに、神のいとし子アメリアのことも予言を与えた御子アッシュのことも助けてあげられないのか。何故、絶対に当たるはずの神格から授かった予言が外れる? けれど、こんな時……精霊神の僕は一体誰に祈ればいいんだ!)

 ――アッシュ王子の運命の分岐点である18歳の誕生日まで、あと数日。それは、祖国アスガイア滅亡のカウントダウンの合図でもあった。
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