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第九部 魔獣と夜空の召喚士編

第九部 第26話 再び、オレたちの異世界へ

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 異世界スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』史上最大のマルチイベントである『いにしえの魔獣討伐戦』も無事に終了。
 みんなの祈りが届いたのか、ミチアの手術も無事に成功し、ゆっくりと回復に向かっている。順調にいけば、もうすぐ退院出来るそうだ。

 気がつけば、奥底にあった心の悩みでさえ雪どけのように消えていき、季節は春になっていた。

 そんな穏やかな春休みの夜……オレは動画生放送を自宅の居間で眺めていた。久々に、寄宿舎制のお嬢様学校から帰郷中の双子の姉萌子も一緒だ。
 風呂上がりのまったりとした夜のひと時をスマホゲームの今後の情報収集にあててしまうあたり、やはりオレたちは双子である。

「大型イベントが終了しても、まだまだこのゲームは終わらないよ。実はRPGパートが一区切りついただけだからね」
 公開動画生放送では、ミチアの兄である超絶イケメンのリゲル氏が微笑みながら今後の計画を語っている。一応、100万文字越えで一区切りつくテキストになるように計算されているらしい。

 そして計画としては、【もう一つのメインテーマ】を強化するイベントを今後は実装し、さらにその後は再びRPGパートの第2幕と展開する予定だとか。

 今後のスケジュールを聞いて、安堵するとともに予想よりも長い計画の作品だったことにびっくりしてしまった。

「おかしいな……こういうスマホRPGものは100万文字越えのテキストで完結すると思っていたのに」
「たぶん、流行のWEB小説サイトの文字数がインフレしているのが原因なんじゃない? 最近では、100万文字を越えても普通に連載し続ける作品が増えてきているらしいわよ」

 寄宿舎生活の余暇は、WEB小説とスマホゲームだという萌子。オレよりもその辺りの情報網には詳しいのだろう……多分。

「ふぅん……そういうものなのか? まぁしばらくの間【サ終】しなさそうだな」
「ええ、まだこの異世界スマホRPGのサービスは終了しないから、これからもよろしくねってメールがリゲルさんから来たし……。じゃあ、私はもう寝るから……お休みなさい」

 今、リゲルさんから~とか言わなかったか? 
 てっきり、ゲーム内でアバター同士が婚約していたマルスか、ルーン会長の兄であるランターンさんとフラグがたっていると思っていた萌子だが。

「えっ……ああ、お休み……」

(リゲルさんからのメール? なんで萌子ってリゲルさんと個人的なやりとりしてるんだ? 2人が会ったのなんて、一度か二度くらいだぞ……確か。そういえば、萌子のゲーム内婚約者マルスをさんざんディスって謎のアカウントBANしたのって、リゲルさん本人だったんだっけ……。まさか、まさかね……)

 萌子とリゲルさんのことは、もういいや……ただの相談相手か何かなのだろう……ゲームの話題に思考を戻そう。

 じゃあ、このゲームのもう一つのテーマってなんだっけ……と思い起こせば、美少女たちがたくさん出てくる恋愛シミュレーションゲームのテイストが売り文句だった気がする。

 だが、オレはイケメンであるにもかかわらず呪われし【女アレルギー】だ。そのオレに恋愛シミュレーションパートの攻略なんて……これ以上、考えるのはよそう。
 疲労でグルグルする頭を抱えながら、歯を磨いて自室へ向かい就寝の準備。

 まどろむ夢の中……ベッドで横になったはずだが、気がつけば異世界にある自分のロフト付き個室。
 そして、寝食をこの異世界で共にしていた守護天使エステルとリス型精霊ククリの姿。

「エステル! ククリ! これは夢……? それとも本当に異世界? おかしいな……ゲームは攻略して、しばらく新しいシナリオの実装待ちのはず……」

「うふふ。お久しぶり、イクト君! 最近まったりしてるみたいだけど、ある意味これから本番でしょう? 君は、伝説のハーレム勇者にならなきゃいけない宿命を背負っているんだよ」
「そうですよ、イクトさん! このリス型精霊ククリ。ようやく、美少女モードククリも実装されて、これからって時に何を言っているんですかっ? 今までのイクトさんの冒険は、スマホRPG愛好家にしてハーレム勇者認定協会の監査役の私からすると、攻略ヒロイン紹介の一部分に過ぎません!」

 しっぽふわふわでドングリを持つのがやっとのちっちゃな手のリスが、一体どうやってスマホを操作するんだよっと突っ込みそうになったが、ククリは人間モードを持つ精霊。たまに、人間形態に戻ってはゲームをポチポチとプレイしているのだろう。

「まぁ私たちみたいに、リセマラも当たり前のプレイヤーだと、今までのストーリーはチュートリアルみたいなもんだよね」
「ええ、スマホRPGパートの第九部まで実装……ようやく攻略対象の大半が揃いましたから! まだ増えますけど……」
「それに、そろそろ高難易度ダンジョンにも挑戦したいし……ベリーハード周回して……」

 どうやら、これでもかというほど周回クエストをプレイして、ようやく満足するタイプのようだ。
 絶え間なく続くスマホRPG談義だったが、そろそろ地球では朝が近づいている様子。

 オレの意識が自然と、現実世界に呼び戻されつつあるのを感じ取る。周囲の景色にモヤがかかり始めて、徐々にエステルとククリの姿が遠ざかる。

「あっ! そろそろ時間みたいだね、イクト君。まぁ、そんなわけで今日からまた異世界のゲートを開いておくから。あとでクエストを受注しに、こっちに来てねっ」
「久しぶりに会うからって、本当に気を遣わなくていいですからッ! マロングラッセとか剥き甘栗とか……このリス型精霊ククリ、本当に気持ちだけで充分ですのでっ!」
「えっ? つまり、今日ゲートが開くから、手土産にマロングラッセと剥き甘栗持って来てねってこと? ちょっと……エステル……ククリ……ッ」


 * * *


「お兄ちゃん、起きてよぉ……もう、朝だよ!」

 聞き慣れた妹アイラの萌え萌えしたラブリーボイス。せっかく春休みなんだから、もう少しゆっくり寝かせてほしい。アイラには悪いが、無言の拒否として布団をさらに被る。
 起きる気配がないと察したのか、どうやら別の人物を呼びに一階へと降りていった様子。
 再び、誰かがオレを起こしに部屋までやってきた。

「イクトさん……起きてください。朝食、出来てますよ……今日は久しぶりのギルドクエストなんですから」

 このいかにも清楚な声はマリアだ……そっか、そういえばエステルとククリがゲートを開けておくって言ってたもんな。
 そろそろ、ギルドに復帰しないと……って……マリアだと?

「なんで、マリアがこの部屋にいるッッ?」
 思わずガバリと起き上がり、マリアの白魚のような手を握る。柔らかな感触といい、体温といい……二次元のものではない。三次元のれっきとした生きた人間のものだ。

「お兄ちゃん……憧れのマリアさんが起こしに来てくれたからって……興奮しすぎっ。マリアさんは近所の女子大生で、小さな頃から一緒にご飯をしたりお付き合いが昔からあるでしょっ。もう……恥ずかしいよぉ……」
「ふふっ目が覚めたみたいで良かったです……イクトさん。ゆっくりでいいので支度して下さいね」

 絵に描いたような黒髪清楚系ヒロインタイプのマリアさんは清らかで美しく……まるで新妻のよう。なおかつ、細身の体に似合わずバストサイズはFカップの巨乳……多感な年頃のオレが過剰反応しても許してほしいものだ。

 聖母のような笑顔でオレを起こして、颯爽と食事の支度に戻るマリアさん。
 いつかはオレの嫁になるかもしれないマリアさんの後ろ姿だ……くっきりと目に焼き付けてから一階へと行こう。


(あれっ? 最初っからこういう人間関係の設定だったけ。なんだか記憶が改変してあるような……気のせいか。なんでこの設定を忘れていたんだろう……?)


 ひと通り身支度をして一階のダイニングルームの扉を開けると、すでにみんな揃っていて朝食を食卓に並べ始めていた。

「本日の朝食メニューは、鮭のムニエル、とろけるチーズオムレツ、フレッシュなシーザーサラダ、そしてライ麦パンです! フルーツジュースもどうぞ」

 テキパキとメニューを紹介しながら、マリアさんが次々とお皿を並べていく。オレも役に立つため、みんなにコーヒーを淹れる。

 ちなみに美少女ハーレムゲームのようなお約束展開で、何故か両親は長期の海外出張で不在。
 そして、下宿人である血の繋がらない遠縁の美少女占い師エリスが日課である朝の水晶占いに励んでいる。

「おはようございます! イクトさん。今日のラッキーアイテムは甘栗……ちょうどククリさんからの納品クエストとぴったりですわね。吉方位は南東方位ですわ」
「おはよう、エリス。そっか、じゃあ幸先がいいな。ククリが喜びそうな栗のお菓子が売っている南東方位の調達ポイントに行こうな」
「うふふ……頑張りましょうね!」

 神秘的な銀髪ロングが特徴のエリスは、抱きしめたくなるような華奢な身体としっかりとした精神面の持ち主。幼さと大人っぽさをほどよく内包したオレ好みの美少女だ。
 もしかすると、将来オレの妻になるかもしれないエリスの占いをもとに、今日のクエストアイテム調達場所の方位が決まる。

 女アレルギーのくせに朝から鼻の下を伸ばしていると、玄関のベルが鳴る。どうやらもう1人来訪者の予感……だがオレには誰が来るかすでに予測が付いていた。

「チィースっ! 久しぶりのクエストだって言うから、気合い入れて来たぜっ。イクト、相変わらず女の子に囲まれてるなぁ……けど、アタシのことも忘れちゃダメだぞ! おっ朝食はムニエルとオムレツがメインかぁ」
「あ、アズサ! うわっ子供扱いしないでくれよ」

 オレのことを実の弟のように可愛がってくれるアズサは、クォーターの金髪美人でマリアさんと同じ女子大に通っている。両親同士が知り合いで、昔から縁があり小さな頃からオレをからかうのが趣味のようだ。

「あはは、ごめん! 弟みたいでつい……いや、でも最近イクトは大人っぽくなってきて……ちょっと寂しいかな? そうだ、クエスト用のランチにサンドウィッチセット作ってきたんだ」
「ありがとう! ギルドクエストなんて久しぶりで……。ランチまでは気が回らなかったから、助かるよ」

 大人になりつつあるオレに、女性としての顔を見せ始めたヤンキーお姉さんキャラのアズサ。
 何かのはずみでオレと国際結婚するかもしれないアズサとのフラグを感じ取りながら、みんなで朝食を楽しむ。

「そういえば、萌子は今日のクエストどうする? 一緒に行くか?」
「えっ……ああ、実は予定があって……ミチアちゃんの退院に必要なものを揃えるのを手伝うの。ほら、リゲルさんだけじゃ買いにくいものもあるでしょう?」

 ミチアの退院が近づいているのは、喜ばしいことである。けど、その準備をどうして萌子が?

「えっ……それならオレも手伝ったのに……」
「……女の子にはいろいろ事情があるんだから、ほら分かるでしょう? イクトには下着とかそういうものは……見られたくないのよ。乙女なんだし、恥ずかしいのは当然だわ。だから、今はギルド復帰を優先して……」

 女の子特有の事情……確かに、独身男性のリゲルさんでは、妹さんの下着や女性に必要な衛生用品を購入するのは気がひけるだろう。オレにだって……見られたくないだろうし。

 だけど、わざわざ萌子とリゲルさんが2人で買い物に行く意味って何だろう?

 ピンポーン! 噂をすれば何とやら……またもや来訪者を報せるベルが響く。

「やぁ……イクト君、久しぶりだね。実はミチアの退院後の生活に必要な物を揃えるのに、萌子さんが協力してくれることになったんだ。もちろん、萌子さんのことは全身全霊をもって大事に扱うよ……ご家族が許してくれるなら、これからも2人で会いたいと思ってる。きちんと門限までには帰宅するからね」
「リゲルさんッ! イクト……そういうことだから……行ってきます」
「えっ? あぁ行ってらっしゃい……」

 特徴のあるローマ字三文字のマークが、キラリと光る銀の外車に乗り込む2人。高級車にはどれも異なる魅力があるそうだが、二十代後半の成功者であるリゲル氏にとって某ローマ字三文字ブランドは程よい若さもあり、ぴったりの外車といえるだろう。
 自分には縁のない外車だと思っていたので、ローマ字三文字がなんの略称なのか知らないけれど……。

 ただ分かることは、リゲルさんと萌子が2人並ぶと想像以上にお似合い……ということだ。
 全身全霊をもって大事に扱うらしいし……。ご家族が許せば、これからも2人で会うつもりらしいし。もしかして、交際宣言?

(スマホRPG蒼穹のエターナルブレイクシリーズの運営会社社長、行柄リゲルさん……将来、オレの義理の兄になるかもしれない人……か)

 なんともいえない気持ちでダイニングへと戻る。すると、マリアさんが「萌子さん、このままうまくいけば玉の輿ですね! この会社の株を大きく買って……ふふふ……。私も株で儲かれば外車が買えるかも……そしたら、みんなで一緒にドライブしましょうっ」などと言いながらスマホRPG『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』のセールスランキングをチェックしていた。

「ミャー。アタシは外車に乗るなら、猫のマークの外車がいいのにゃ」
「ふふっ。いくつかネコ科の動物をテーマにした外車がありますわ。マリアさんの株が大きくなるのを期待しましょう」

 ナチュラルに人間語を話し始めた黒猫のミーコに、当然のごとくほのぼのと答えるエリス。これが、正常なオレたちの日常なのだ。

「じゃあ、お食事も終わりましたし……久しぶりの号令はリーダーであるイクトさんがお願いします」

 みんなの手にはスマートフォン……運営からのお知らせに、【第10部の実装は、5月を予定しております】とのメッセージが入る。

 それまでの間、レベル上げに励むのも良いだろう。RPGのアプリを起動するとまばゆく光があふれ……クエスト実行のボタンが輝く。

「あぁ! 分かっているよ……初級納品クエスト、レア級モンスター乱入の可能性あり……実行っ。いざギルドクエスト!」

 再び、オレたちの異世界へ。
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