12 / 37
第1章
12話 新たなステージへ
しおりを挟む再びオレの意識が覚醒すると、今度こそ救護コーナーの診察台の上だった。30代くらいのメガネ美女の獣医さんが、懸命にオレを手当てしてくれたおかげで、肉体は無事だったようだ。
「ふぅむ。一応、回復呪文をかけておきましたが、結構危ない状態でしたよ。ただのMP切れに見えて、魂まで消耗していたように見えました」
深刻そうな表情で、どうしてオレが倒れたのか説明する獣医さん。彼の見解が合っていれば危うく魂まで持っていかれるところだったのだろう。
「魂が消耗? どうしてハチは、そんな大変な状態に。私、試験官の人に手渡された呪文を普通に読み上げただけなのに。ゴメンね、ハチ。辛い思いさせて」
「きゅいーん(大丈夫だよ、ブルーベル)」
責任を感じているのか、ブルーベルが申し訳なさそうにオレの頭を撫でる。しっとりとしたロングコートチワワの毛並みは、少女の手をスルスルと滑らせていく。先程まであった息苦しさのようなものが、次第に弱まっていく。飼い主に撫でられることで、安心しているのだろうか。
「実は、通報を受けた第三者機関が、早速試験の呪文を調べに来ましたの。術者がある系譜を組んでいる時のみに、発動する強力な呪文が使用された可能性が高いと、判明しました」
あれだけ大勢の人の前で、びっくりするほど強い魔法を発動する呪文を使用させたんだ。試験そのものに問題があったのではないかと、通報する人が出てきてもおかしくない。そういう意味では、公開型の試験で助かったのかも。
第三者機関の調べが確かなら、今回ブルーベルが唱えさせられた呪文は、特定の血族にのみ反応するものだった。
つまり、オレたちの前に同じ呪文を唱えた猫などの使い魔の飼い主は、その系譜には当たっていなかったから魔法が暴発せずに済んだ。たまたま、魔王の血筋であるブルーベルだけが、その系譜だったということだろうか。
「えっ? それじゃあ、特定の一族のみに発動する呪文を偶然に手渡されていたってことですか」
「ええ、ここだけの話ですが。偶然か故意かはともかくとして、そのような呪文が最近巷に出回っていることは確かです。ブルーベルさんは、魔王の末娘という少々目立つポジションにいますね。ブーケ姫の伝説もありますし、そういった特定の血統の人を狙ったものなのかと。系譜が不明の民間人の中に、魔王の系譜が混ざっている場合もありますし」
言い方は悪いがこの試験を利用して、誰かが系譜の人間を調べたかったようにしか見えない。だけど、ブルーベルの場合は世間が魔王の娘だというとこを知っているのだから、わざわざ罠に嵌めるような真似をしなくても周知の事実のはず。
と、なると。やはり、作為的にブルーベルを魔力暴走させるのが狙いだったのか。
「そ、そんな。やっぱり、私のせいでハチが? それに、この試験そのものも無かったことになっちゃうのかしら」
「いえ、それが。数値自体は嘘のないものみたいなんです。にわかに信じ難いかも知れませんが、そのチワワ君の潜在能力は本当に『88万8000ポイント』を記録しています。紛れもなくS級ランクのトップ使い魔ですよ。幸か不幸か、今回の呪文じゃなかったら、完全な潜在能力は引き出せなかったでしょう」
「でも、どんなに数値が高くても、あんな風に倒れられたらと思うと、ハチを無理させられないし……。私はもう、魔法使いには慣れないのかなぁ」
責任を感じているのか、ローブの裾をキュッと握ってポロポロと泣き出すブルーベル。魔法使いになりたい、使い魔と一緒に勉強したいという彼女の夢を、こういう形で諦めさせるのは可哀想な気がする。
それに、魔王の娘というポジションのせいで、今後もいろいろな人に狙われるのであれば、いっそのこと強い魔法を使いこなせた方が身を守ることが出来るだろう。
ふと、思い出したように獣医さんが有名な伝説について語り始める。
「もしかすると、ハチ君は伝説の聖なる獣テチチ族の末裔なのかも知れませんね」
「テチチ? チワワのご先祖様は大体テチチなのかと思っていたけど、その聖なる獣と呼ばれたテチチだけは特別なの? けど、ペットショップでたまたま見つけたのがハチなんですよ」
一般的にチワワのご先祖様は、今はいない犬種のテチチだと言われている。オレのようにロングコートタイプのチワワには、さらにパピヨンやポメラニアンの系譜も混ざっているそうだ。
だから、現代のチワワには様々な犬の系譜を経ているのは当然なのだが。今回の話はあくまでも『伝説の聖なる獣と呼ばれた犬』の直接的な子孫ということだろう。
「ええ、実はブルーベルさんと同じ魔王一族の伝説の人物であるブーケ姫は、聖なる獣の血を引く犬を賜ったと言われています。例え、ハチ君との出会いがペットショップだとしても、犬の神様が2人を巡り会わせたのかも知れません。コンビを組んで魔法界のトップを目指すことだって、夢じゃないはずです」
「けど、ハチの身体に負担がかかるのに、これ以上魔法を使わせるのは可哀想」
「実は、ハチ君が成長するまでの魔力を制御出来れば、魔法の勉強を継続するのは可能なんです。あの魔法の首輪は、通販か催事場でなら手に入るはず。
確か、今日もメーカーさんが特別催事場に参加していたような……」
コンコンコン!
すると、会話を遮るように救護コーナーのドアがノックされた。それは、オレが新たなステージに上がるために必要な合図の音でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる