転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

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第1章

第16話 キスの予行練習02:ヒストリア王子の甘いご指導【後編】

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「よし、まずはキスをする箇所の意味を覚えよう。ガーネットは手の甲のキスは受けたことがあるよね」
「あっはい。ヒストリア王子がお見舞いに来てくれた時にも、してもらって素敵だなぁって」

 ヒストリア王子は、私の手の甲をそっと握って、指で撫でるようにキスの意味を解説し始めた。いきなりいろんな箇所にキスされたらどうしようかと思ったが、指でその部分を触って意味合いを教えてくれるつもりらしい。

「ふふっ。そう言って貰えると、王子としてカッコつけた甲斐があるけど、手の甲にキスをする場合の『意味』は知っているかな?」
「えっと、親しい異性への挨拶にするものだと思っていましたけど」

 よく、偉いマダムなんかも挨拶がわりに手の甲へとキスをしてもらっている気がする。絵画などでも、騎士が女性にひざまづいて手の甲にキスするのが定番だ。

「うん、まぁ実際にはそういう場合が多いよね。一般的には、敬愛を意味するんだ。相手を敬う気持ちを手の甲へのキスであらわしているんだよ」
「そうだったんですかっ! わ、私、そんな深い意味があるなんて気付かなくて……ごめんなさい」

 あのお見舞いの時のキスには、そんな意味が込められていたんだ。私の方が年下だし、なんせヒストリア王子は我が国の王子様だし。そんな相手に敬愛のキスをしてもらって意味をこれまで知らなかったなんて申し訳ない気持ちになる。

「これから覚えてくれれば、それでいいよ。それに、意味が分かってくれた分、キスの価値も上がるしね。じゃあ次は、もっと身近なほっぺたのキスはなんだと思う?」

 次は、ヒストリア王子の指先が私のふっくらとしたほっぺたをツンツンと軽くつついた。柔和に微笑みちょっぴりイタズラな雰囲気は、キューピッドか何かのようで、ドキドキしてしまう。

「おやすみなさいが一般的かな? それ以外でも、お別れの時にしたりもするし」
「うん、ほっぺたのキスは親愛の情をあらわしているんだ。気軽な挨拶だと勘違いしている人もいるけど、それなりに気心が知れていたり好意がなければしない方が良いね」

 もう少し、フランクな意味だと思われていたほっぺたのキスだけど、軽々しくするのはNGみたい。

「分かりました! 気をつけます」
「うん、じゃあ次はバリエーション違いでおでこのキス。よく小さな子どもにもするけど、どういう意味か想像つくかな?」

 今度は私の前髪をそっと上げて、おでこを確認しながら質問してくるヒストリア王子。いつも前髪でおでこを隠しているし、顔を全部見られてしまうのは恥ずかしい。

 おでこのキス……幼いカップルがしているポストカードなど、よく売られているような。割と、マイルドな意味合いだと思われる。

「えっ。私、おでこのキスって、ほっぺたのキスと似たり寄ったりなのかと思ってました。親愛に似た別の何か……うーん、何でしょう?」
「あははっ。まぁちょっと難しかったか。おでこはね、友情のキスの意味でするんだよ。でも、家族間でも行うけどね」
「友情っ? 顔にするキスなのに、意外と恋愛的な意味じゃなかったのね」

 つまり、幼いカップルのイラストでおでこにキスしているものは、友情をあらわしていたということ? 

「まぁこれから発展しそうなフラグを見せたい時にも効果があると思うよ。例えば、君とアルサルみたいな……ねっ」
「えっ? 私とアルサルがですか。うぅ……そんな風に見えたんだ」

 少しだけ、意地悪な雰囲気でアルサルの名前を出されて、思わずギクリとする。アルサルとは昨日、今日と長く一緒にいたし。何より会食で突然、大胆な告白をもらったばかりだ。いろいろと思い出してしまい、思わずポポポ……と顔が赤くなってしまう。

「ふふっ。からかってゴメン、ちょっとだけ意地悪を言ってみたくなっちゃった。そして……最後は唇のキス。これは愛情だね。でも、唇の場合はもう一つ特別なものがある」
「えっ……もう一つ?」
「そう、『ファーストキス』だよ。ガーネットはファーストキスはまだかな?」
「えぇええっ? はい、まだですっ」
「そうか。じゃあ今回の仮契約で、その貴重なファーストキスを僕かアルサルのどちらかとしてしまうわけだ」

 突然、明日の仮契約でするキスが『ファーストキス』になるという現実を突きつけられる。

「あっ……そういえば。動揺しすぎて深く考えていなかったけど。私、唇にキスするの初めてなんだ」
「ファーストキスは、人生にとって特別な意味を持つ。例えばさ、その相手と将来離れてしまったとしても、心に痕跡を残すもの。僕は、そう考えているんだ。だから、契約とかそういうのじゃなくて……きちんと『好きな人』を相手に選ぶんだよ」

 なんだか、哀しい結末を予感させる言い方に、心がチクリと痛くなった。

「えっそれって、どういう……」
「ふふ。明日までの宿題! じゃあ、もうすぐアルサルがここに着く時間だから……。弟は大人っぽく見えるけど、中身はまだ子供の部分があるから、大目に見てやってくれよ。では、良いデートを……」

 ヒストリア王子は、少しだけ寂しそうに笑って、私のほっぺたに軽くチュッとキスをしてくれた。
 ほっぺたのキスは、『親愛の情』だ。けど、親しくない人にはしない方が良いとも言っていたもので。

 私は真っ赤になった顔と熱を、アルサルが来るまでのあいだに、夜風で冷ますのに精一杯だった。
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