37 / 147
第1章
第31話 運命の分岐ルート
しおりを挟むブランローズ邸の自慢である魔法庭園は、ほんのりと花々や石像をライトアップしており夜も美しい。今夜は特にいつもよりも夜の景色が、煌めいて見える気がする。茶番と呼ばれるかも知れないが、『乙女ゲームのシナリオ』を演じきり、私はアルサルと、もう1人のガーネット嬢はヒストリア王子と結婚することになった。
アルサルに肩を抱かれながら、彼の住む庭園を管理するための館へと向かう。庭園管理の館は、それなりの広さで地球の感覚でいうと4LDKの一軒家くらいの大きさだ。もちろん、一階部分は庭園管理の事務所として使うから、私とアルサルの住まいは二階部分となるけれど。それでも、地球の感覚で新婚生活を送る家と考えても充分な広さと言えるだろう。魔法の庭をいつでも眺められる洋館……ここが私達の新しい住まいとなるのだ。
私がパラレルワールドからやって来た『もう1人のガーネット・ブランローズ嬢』であることをお父様に告げると「なんとなく気づいていて、前世を思い出すブローチをプレゼントした」とのこと。どんなに容姿が似ていても、それがパラレルワールドの同一人物であっても、魂が違うものなら別人だ。それに、親は自分の子供の区別くらいつくのだろう。
けれど、心優しいお父様は、私がこの世界のガーネット嬢でないことを認識した上でこう仰ってくれた。
「紗奈子、お前もガーネット・ブランローズであることには変わりないんだよ。結婚後の方針決まるまではしばらく、アルサルの住む庭園管理のための館で暮らしなさい。もし2人が良ければ、そこで新婚生活を送ってもいいし……移動しないのであれば、ゆっしり暮らしても良い。いろいろあったし、先のことはのんびり考えよう」
「お父様……本当にいいの? 私、パラレルワールドのガーネットなのに。前世の記憶を持つ紗奈子なのに……! ありがとう、本当にありがとう」
ふと、噴水コーナーを横切り数日前にヒストリア王子からキスの予行練習を受けたことを思い出す。彼は、乙女ゲームのトロフィー的王子様なだけあって、とても優しくカッコ良かった。けれど、あの美麗な天使の微笑みは私ではなく元々この世界にいる『ガーネット・ブランローズ嬢』に向けられたものだった。
だから、彼のことは忘れてしまうのがいいんだ。あの素敵な恋のレッスンのすぐ後に、アルサルにキスをされてそのまま恋人になった私。ヒストリア王子は、本当に好きな男性が誰なのかよく考えるようにとアドバイスしてくれたけど、私は考えるよりも先に口付けをくれた男性を選んだ。
アルサルは、大人のステップである『口付け』に興味があった私を、素敵な話術と柔和な仕草でスムーズに手を引いてエスコートしてくれる。
「お疲れ、ガーネット。いや、紗奈子。これで、今夜は安心してお前と初夜を迎えられる。愛しているよ……キス、していいか」
そうか……ついに、初夜を迎えるのか。前世の紗奈子も繰り返されるタイムリープの間も、私はすべての初めての純潔をアルサルに捧げているようだった。いつまでも、私が乙女としての花を頑張って咲かせても……口付けもハグも殆どしてくれなかったヒストリア王子より、少し早い時期に花を摘んでくれるアルサルを選んだのだ。
ヒストリア王子は私のことを幼いと考えて、抱くようなことは絶対にしなかった。純潔は結婚するまで必ず守るようにと、いつでもお説教と配慮をしてくれた。それは、彼が自分自身に言い聞かせるようにしていたとは、当時の私は知る由もない。
アルサルの唇が……何度も口付けを交わした男性の唇が、そっと私の唇を捉える。きっと、こうして綺麗な場所でキスをして衝動をお互い抑えられずに、今宵は純潔を喪う甘い痛みを味わうのだろう。
「……アルサル、私……」
本来ならばここで、「私も早くあなたと初夜を迎えたい」と了承の意を囁くのが円滑に純潔を捧げるための暗黙のルールなのだろう。けれど、本当に一瞬だけ……私の脳裏にヒストリア王子の哀しげな微笑みが浮かんでしまう。
私は、何度も彼を裏切りアルサルに純潔を捧げた。きっと何度タイムリープをしても、彼への裏切り行為が私達の安定した未来を許さずに贖罪として、不幸が待ち受けるのだ。
確かにヒストリア王子から婚約破棄を宣言されたものの、その実はきちんとした手順を踏んでいない。結納金を返していないし、関係者の全てにもきちんと連絡出来ていない。おそらく、とても世間の認識は中途半端な状態だ。そもそも、ガーネット嬢が2人同じ世界に存在しているという紛らわしい設定だが、それをもっと関係者に認識してもらう必要がある。せめて、いろいろな手続きや連絡事項を済ませてから、アルサルと正式な婚約をして……それから初夜でも良いのではないか。
「ん、どうした紗奈子。具合でも悪いか、歩き疲れちゃったか?」
「ごめんなさい、アルサル。今夜のパーティーって、いろいろあったでしょう? その、心も身体もボロボロだし……初夜はもう少し待ってくれる? それに私、心の準備がまだ出来ていないの」
おそらくこれは、今までのタイムリープとも前世の紗奈子とも違う解答だ。雰囲気とキスに流されて、毎回、毎回、アルサルに純潔を捧げて来た私なりの、新たな解答。
そして、毎回裏切ってきたヒストリア王子へのせめてもの償いの気持ち。いっそのこと私とアルサルの結婚はヒストリア王子がもう1人のガーネットと正式に結婚してからの方が良いのかも知れない。
そんな風に考え始めると、まるで乙女ゲームの分岐ルートを選択したかのごとく、何かが変化した。
「紗奈子、分かった。けど、お前は近いうちにオレが貰うからな……。今日は、何もしないから2人で一緒のベッドで眠ろう……せめて、お前が側にいることを確認したい……」
「アルサル……うん、それなら……」
恋人同士が一緒のベッドで眠って何も起きないのは至難の業だと思うが、以前宿泊施設に泊まった時に同室であったにも関わらず手を出されなかった記憶があるため、それなりに信用して承諾する。
だが、その答えすらおそらく間違えているのだろう。すぐ近くまで、誰かが全速力でで向かって来ている音が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……。やっと、追いついたっ! 紗奈子、アルサル」
「ヒストリア王子?」
「あ、兄貴……一体、どうしてここに」
額に汗を流しせっかくの王子様衣装を乱して、それでも全速力で走り抜けて来たヒストリア王子は、いつもよりも男らしく感じた。
――ついに、本当の意味での私達の終わりの見えない『メビウスの輪』が断ち切られようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。
Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。
歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。
気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。
私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。
しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。
いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね!
悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。
魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。
やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。
そして、鍵とはいったいーー。
※毎日6時と20時に更新予定。(全114話)
★小説家になろうでも掲載しています。
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる