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第1章
第32話 あなたの腕の中で見るリアル異世界
しおりを挟む「ヒストリア王子? そんなに息を切らして、どうしてここに。ガーネット嬢は……この世界のガーネット嬢と結婚するんじゃなかったの」
「ガーネット嬢なら、女神像として天に旅立ったよ。きちんとした薬を手に入れたとしても限界だったそうだ。そして、彼女に言われた……男を見せるようにって」
この世界のガーネット嬢は、一時的に石像から人間の姿に戻れたものの、また女神像に戻ってしまったそうだ。いや、今度こそきちんとした女神として天で生活するのだろう。気がつくと、大きな台車に女神像を乗せて、男の人達が設置作業を始めていた。お父様がハンカチで涙を拭きながら、愛する娘だった石像を遺言通り庭園に飾る作業を手伝う。
「すいませーん。じゃあ、女神像はここの台座で良いんですか? 固定しちゃいますね。いやぁ……それにしてもお美しい女神様だ」
「ははは……綺麗だろう? 世界で一番綺麗な、自慢の娘だからな」
不思議なことに、この魔法庭園には元々設置予定の女神像があったらしく、あとは台座の固定するだけだったらしい。あらかじめ、今日という日に業者さんを予約していたのだ。若しくは、お父様はすでにいろいろと先の展開を悟っていながら、今回の誕生日パーティーを開催してくれたのかも知れない。この世界は、タイムリープを何度も繰り返している……そして、繰り返される記憶を覚えているのはヒストリア王子1人だけではないのだ。
「さて、紗奈子、アルサル……それにヒストリア王子。お取り込み中悪かったねぇ……ガーネットの遺言通り、ヒストリア王子は男を見せるんだぞ。この女神像ガーネットの前では、嘘は禁物だからな」
「ありがとうございます。ブランローズ公爵」
設置されたばかりの女神像ガーネット嬢が見守る中、ヒストリア王子が私に伝えられなかったメッセージを贈ってくれるという。
「紗奈子、聞いてくれ。僕は、気がついたら君のことが好きだった。いつから君のことが気になっていたかというと……多分、君が乙女ゲームで僕達の世界に接触して来た頃からだ。僕達の世界では、水晶玉の向こうから異世界の若い娘が何やら遊んで話しかけているような感じだった」
「えっ……ヒストリア王子って、私のこと地球時代から知っていたの?」
「あぁ……それに、僕に告白をしてくれるたくさんの女の子の中に『紗奈子さん』という女学生がいた。ガーネット嬢を黒髪にして幼くしたような東の都の子でね。よくよく考えると、あれはアバター体というもので現れた君だったのだろう」
ヒストリア王子は、これまでの出来事をゆっくりと振り返りながら、楽しそうに……だけど、時折辛そうに語る。
「気がついたら、パラレルワールドからガーネット嬢の身体に紗奈子の魂を宿した君がこの世界にいた。だけど、僕がうかうかしているうちに、アルサルに君を……君の初めてのキスも純潔も奪われていた。僕は、当時の君とアルサルを恨んだ……どうして、2人とも僕を裏切るんだって。振られた僕は哀しみにくれながらも、君達を祝福するように努めた。けど、君達はいずれのタイムリープでも死んでしまった……」
「そ、そんな……まさか、毎回裏切っていたなんて。ごめんなさい……ヒストリア王子」
「謝らなくてもいい。僕が欲しいのは、そんな一般的な謝りじゃない。ただ、僕が辿り着いた結論を君に伝えて、今回のタイムリープを終わらせたいと思う」
「えっ……終わらせるって、ヒストリア?」
今回のという意味深長な言い回しにアルサルは嫌な予感がするのか、私がそれ以上ヒストリア王子に近づかないようにグッと肩を抱いてきた。
「紗奈子、アルサル! 僕はタイムリープを重ねる度に、どうして君達が僕を裏切るか悩んだ。何度も何度も試みても、君達だけじゃなく世界が僕を裏切るんだ。なんで僕を理解してくれないのか、試みは空振りに終わり乙女ゲームのシナリオに反することは出来ない。どうして何度試みても失敗するのか……原因は僕自身だった。僕は世界が変われば、自分の人生が変わると思い込んでいた。だけど、変わるべきなのは自分自身だった……僕次第で、僕が勇気を出せば僕の世界は生まれ変わる。結局、僕の目で見たこの世界が生まれ変わるには……僕の心が明るくならなくてはならない」
ひと呼吸おいて、ヒストリア王子は想像しなかったような台詞を続けた。
「だから、言ってしまおう。この乙女ゲーム異世界の『秘密』に反する言葉であったとしても。僕は……この乙女ゲームのトロフィー的存在であるヒストリア・ゼルドガイアは画面の向こう側にいる時から、あなたのことが好きでした! 君が、僕を二次元の存在だと思い込んでいる時から……僕と君、そしてアルサルも含めて、ずっと三角関係だったんだ! 今、改めてその三角関係に終止符を打ちたいと思う」
驚いたことにヒストリア王子は、自分が乙女ゲームに実装されていることを前提として、私に告白をしてきた。それは、この異世界の秘密に反することらしく、気がついたら夜空にガラスのヒビが入り始めて……この異世界が崩壊することを意味していた。
ピキ……ピキピキキ……。綻びが出来始めた世界は、嵐の前の静けさのように……風も星も動かなくなっていた。
「紗奈子、君は僕や騎士団長のことをカッコいいとか、素敵だとか言いながらも、所詮二次元の存在だと思い込んで、本気には相手にしていなかった。だから、現世の頃から同じ時を過ごすアルサルを必ず選ぶんだ。同じ世界で肉体を共有し、キスしたり抱きしめたり、男女の交わりで熱を確かめあえる彼を選ぶんだろう。君の選択肢はいつも沢山あるようで、アルサル……つまり朝田先生1人しか存在していなかったんだ!」
「えっ……そっそれは……。確かに、地球にいた頃は朝田先生しか恋愛対象はいなくて、乙女ゲームは二次元の世界だって判別して生きていたから」
「地球にいた頃は、それでもいいんだ! けど、今はもう君もこちらの世界の人間だ! 僕ヒストリア・ゼルドガイアは二次元ではなく、生きとし生ける若い男だっ。手を繋ぎ愛を語り合い、キスをして……君を抱くことだって出来る。けど、君がいつまでも僕を平面の画面越しの存在として見ていて、ハートで認識してくれないから……」
まるで、実写ドラマか映画の金髪碧眼の王子様のように……端正なヒストリア王子がコツコツとブーツを鳴らして私とアルサルのところへと歩み寄る。
夜空はひび割れ、暗雲は雷雲に変わり、稲光が辺りに鳴り響き……激しい雨が音を立てて私達の罪を洗い流すように降り始めた。
「紗奈子、僕をちゃんと見て、僕の体温は冷たいガラス越しのものか。僕の肌は、アラひとつない描かれた平面のものかい? 違うだろう……君たちと同じ皮膚、身体には赤い血が流れ、触れれば体温があり、骨ばった男の肉体があり……衝動を心に持ち。それに、人として普通に恋をして……君と口付けを交わすことだって……出来る。紗奈子、認めてくれ……僕がもう『乙女ゲームに出てくる二次元の王子様』ではなく、君と同じ世界に生きる『現実のヒストリア・ゼルドガイア』であることを……」
「ヒストリア王子……!」
これまで、決して私と口付けを交わすことなんてしなかったヒストリア王子が、まるで奪うように私の唇をその柔らかな唇で覆う。そのキスは、甘く切なく……到底二次元のものとは思えないリアリティのあるもので……。
その日、私の心の淵に根付いていた固定観念は、音を立てて崩れ始めた。
――私とヒストリア王子がいる異世界は、この手でお互い触れ合える現実のものなのだ。ただし、何かのシナリオに支配されていることも、また事実である。
* * *
早乙女紗奈子の通学カバンに眠るひび割れた携帯ゲーム機から、明るい通知音が鳴始めた。
「おめでとう紗奈子さん、第1章のメインシナリオクリアしました。『第1章ヒストリア王子と庭師アルサル~腹違いの兄弟に奪い合われて~』後日談ストーリー終了後は、いよいよ第2章ストーリー本編が開始します! 楽しい異世界ライフを!」
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――答えは、また次のシナリオ以降に。まずは、後日談をお楽しみください。
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