39 / 147
第1章
第33話 後日談と言う名のプロローグ
しおりを挟む波乱の誕生日パーティーから1週間が経ち、私……異世界転生者である早乙女紗奈子の日常は落ち着きを取り戻していた。ヒストリア王子のまさかの決死の告白により一度は崩壊しかけた乙女ゲーム異世界だったが、第1章がクリア認定されたお陰で、どうにか元どおりの綺麗な状態に戻っている。
パラレルワールドの『ガーネット・ブランローズ嬢』と言う複雑なポジションに置かれた私だったが、結局ここブランローズ家の『養女になる』と言う形で落ち着いた。魔法大学ではパラレルワールドの研究を以前から行っていたそうで、今後は研究に協力するという名目で僅かながら社会的な地位も保たれそうだ。
しかし、この世界における本物のガーネット嬢は一時的に石像から戻ったにも関わらず、石化の断罪から逃れることが出来ずに女神像になったままである。きちんとした薬を練金したとしても人間には戻らないそうだが、女神像としてブランローズが誇る庭園を見守っているのだった。
この世界では本物のガーネット嬢ではない『紗奈子』が、ガーネット嬢の個室を占拠するのも申し訳ないし、予定通りアルサルと一緒に庭園管理の館で暮らすことになった。
「紗奈子、剣術理論の勉強終わったか? そろそろお茶の時間にしよう。お前の好きな食用薔薇の砂糖漬けを紅茶に浮かべようと思うんだ」
「わぁ! 私、その紅茶の飲み方大好き。クッキーも用意して一休みしましょう」
アルサルはブランローズ邸の庭園全体の管理を任されていて、決まった時間にお花のお世話をするのが仕事。私は、この数日間は乙女剣士の基礎理論をテキストで勉強しながら、館でのんびりさせてもらっている。ヒストリア王子が派手な婚約破棄パフォーマンスを行ったせいで、あまり外に出られないというのも実情だけど。
と言うわけで、この館での暮らしはいわゆる同棲状態であるが、私とアルサルは婚約しているし、世間から見ても問題ない……問題ないはずなのだったのだが……。
ピンポーン!
軽快に鳴るベルの音……この庭園は、特定シーズン以外は一般開放されていないため、来客は顔見知りがほとんどだ。
「やぁもうすぐ、ティータイムだね! 美味しいマカロンを一緒にと思ったんだけど……」
インターフォン越しでも伝わる甘いテノールの麗しい王子様ボイスは、正真正銘この魔法国家ゼルドガイアの第三王子であるヒストリアだろう。アルサルとは腹違いの兄弟であるが、金髪碧眼のヒストリア王子と亜麻色の髪に飴色の眼のアルサルは双子のようである。
そんな超イケメン王子が、なぜこの館に……弟さんに会いに? と思われる方もいるかも知れない。だが、彼がこの館に訪問してくる理由は弟に会うためだけではなかった。一応、兄を迎えるためなのか、はたまた本音は帰って欲しいのか……アルサルが心底面倒くさそうに玄関ドアを開ける。
「……ヒストリア、お前懲りずにまた来たのかよ」
「ふふっ。だって、愛しの婚約者に会うためだからね! 紗奈子、さぁ一緒に愛のマカロンを食べて、結婚へのフラグポイントを僕と高めようじゃないかっ。あっちなみに今晩は、ここの館に泊まることにしたから」
「はぁあ? 泊まるって何? その……なんだ。今日はオレと紗奈子が『初めての夜』を迎える予定で……おいっ! 人の話聞けよっ。バカ兄貴っ」
そう……婚約破棄となるはずだったヒストリア王子とは、この世界のガーネット嬢が女神像になったこともあり、完全には婚約破棄とならなかった。それどころか、雨嵐さらにカミナリが吹き荒れる中、女神像の前で行われた一代告白イベントの際に交わした奪うようなキスは『乙女剣士のパートナー契約成立』とみなされた模様。
例の洞窟でもないのになぜ契約が成立したかと言うと……1つは契約を見守る女神像が目に前にあったこと。もう1つは、この魔法庭園自体があらゆる契約儀式に対応した巨大魔法陣であったことだ。
偶然なのかそれとも作為的なのか……ヒストリア王子は、私とアルサルが本契約を交わす前に『もう1人のパートナー』として仮契約者となったのだ。つまり、今の私には婚約者が2人いる状態。すなわち、アルサルとは正式なパートナーが決まるまで本契約……初夜を迎えることが出来なくなった。
お陰で同棲状態でありながらもまだ、清らかな『純潔」を保つことが出来ている。アルサルのことは好きだけど、恋愛に慣れていない私にとっては、進展の速度が早すぎたのも事実。すぐに身体を重ねるのではなく、愛を育む時間を持ちたいと思う。ヒストリア王子曰く、純潔を第1章のラストまで保つことで、第2章へのフラグが立つらしい。
穏やかな午後の昼下がり、複雑な三角関係のティータイムが行われ、雑談もそこそこ話題は例の乙女ゲームに。
* * *
「ところで、その乙女ゲームのシナリオがどれくらいリンクしているかは、冒険者スマホでも確認出来るんだ。ちょっと、アプリを立ち上げて覗いてごらん」
「へぇ……アプリかぁ。もしかして、私が倒れた日に実装予定だったスマホ版とリンクしているのかな? どれどれ……」
「まったく、紗奈子はまた乙女ゲームになんか夢中になって! 目の前にいる恋人の方に気持ちを傾けなさい!」
アルサルは時折、家庭教師の先生のような口振りになるが、それも彼の前世が私の家庭教師である朝田先生だった影響だろう。思えば前世から朝田先生は、下宿人というポジションで一緒に暮らしていたし、内緒の恋人でもあった。今の状況は、地球での生活と環境が近づいたに過ぎないだろう……ヒストリア王子の存在以外は。
懐古的な言い方だが、るんるん気分でアプリを確認すると『新しいデータがあります』の文字。Wi-Fiルーターを起動させて、ダウンロードを開始。随分と長いけれど……結構容量がありそう。
「あれっ……すごい、乙女ゲームなんだけど本格的なスマホRPGって感じ。わっ! オープニングってムービーと主題歌がある?」
「へぇ……どれどれ、なかなかいい曲じゃないか……って、このムービー。イケメン多過ぎだろっ! イケメンカタログかよ、なんじゃこりゃっ? いかんいかん、こんなホストクラブも真っ青なヴィジュアル系イケメン軍団が出てくるゲーム今すぐ辞めなさい! 現実の彼氏である朝田先生ことアルサルを大切にしろっ」
アップテンポのオープニング曲に合わせて、様々な国のイケメン達が次々と紹介されるムービーはさすがスマホ版と言ったところ。携帯ゲーム機版では実装されなかった『東の都』も登場するらしく、和装ヴィジュアル系イケメン達に胸が高鳴る。
「ふふふ……携帯ゲーム機との連動も可能な第2章以降は、他所の国への通行手形が実装されて、東の都にも行けるようになるんだ。イベントクエストも増えるし、自信作だから紗奈子も楽しみにしててねっ! 特にアルサルは、これから実装されるイケメン達に負けないようにスキルやファッションを工夫しないと……。初期メンバーのキャラなんてあっという間に、バトルメンバーから外されちゃうよ」
まるで、ゲームの宣伝動画のごとく今後の実装予定を熱く語るヒストリア王子は、やり手のプロデューサーかディレクターのようである。だが、ゲームにトラブルが起これば弾圧されるのも責任者の宿命……。そんな覚悟を胸に秘めた悲壮感さえ、ヒストリア王子は忠実に醸し出していた。
「ヒストリア? なんでお前が新たなイケメン軍団達のことでドヤ顔してんの? っていうか、ヒスちゃんはこのゲームと一体どのようなご関係?」
「ナ・イ・ショ!」
アルサルもさすがにヒストリア王子の不思議な発言に違和感があるのか、ツッコミを入れるが私としては乙女ゲームで遊べればいいだけなので、細かい事情はどうだって良かった。ヒストリア王子もアルサルを華麗に無視して、自らゲームの操作方法をレクチャーしてくれるらしい。
「まずは、第2章が始まるまで、イベントクエストで遊んでみようか? レクチャーしてあげるね。今回のイベント報酬は、可愛いパステルカラーの家具で限定品なんだよ」
「うわぁ……すごい、イケメンがたくさんだしバトルも多いし、お部屋作りも楽しいし。乙女ゲームってサイコー!」
――そんなこんなで、今日も楽しく乙女ゲームを楽しむ。私達の乙女ゲームは終わらない……ううん、これからが本番なのだから!
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。
Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。
歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。
気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。
私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。
しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。
いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね!
悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。
魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。
やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。
そして、鍵とはいったいーー。
※毎日6時と20時に更新予定。(全114話)
★小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる