転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
83 / 147
第3章

選ばれなかった庭師アルサル目線:01

しおりを挟む
 ――ある日の穏やかな昼下がり。
 腹違いの兄ヒストリアとその妻である紗奈子が、新婚旅行に旅立って数日が過ぎていた。有名庭師デイヴィッド先生に弟子入りしたオレは、兄夫婦の庭を流行りのデザインに改築すべく、師匠とともに造園作業に勤しんでいたわけだが。

「アルサル様っ! デイヴィッド様っ! 大変でございますっ。ヒストリア様と紗奈子様が……旅行先でトラブルに見舞われたそうで……」
「えっ……トラブルって、まさかまた変なモンスターやら何やらに襲われたっていうのか」

 慌てた様子で邸宅の庭に駆け込んできたのは、紗奈子のお付きをしていたメイドのクルルである。確か紗奈子が嫁いだ時にお役御免となり、故郷に帰らさせられたはずだが、非常時の召集だったのかメイド職に復帰したようだ。息を切らして胸を抑えた様子から察するに、よっぽどの緊急事態のよう。いや、よく考えてみればここしばらくの間、平和すぎたくらいなのだから、いつも通りの展開がやってきたと言えるだろう。

「うぅ……それが、それが。ヒストリア様は呪いの力が降りかかり、意識が戻らず。紗奈子様は守護天使様とお薬の原料を採りに出かけられて、辺境の里に閉じ込められて……。あぁっ! やっぱり、ブランローズ公爵家は呪われているでしょうかっ。お嬢様が呪いのブローチを誕生日プレゼントに貰ったあの時に、私がもっと悪魔祓いを頑張ればこんなことにはっっ!」
「落ち着けっ落ち着けよ、クルル」

 紗奈子が呪いのブローチを誕生日プレゼントに贈られたのは、もう数ヶ月も前のことだし。それがきっかけで、自分が転生者であることに気付いてしまったのだ。あのブローチ事件がなければ、現在の『異世界転生者・紗奈子』は存在し得ないのである。


「そ、そうだよ、キミ。お茶でも飲んで、少しひと呼吸してから対策を練ろう」
「えぇいっ悪魔め、何処にいるっ? このクルル、我が信仰心に変えてでも悪魔の本性を見つけ出して、成敗してやるわぁああああっ。何のためにエクソシストのこの僕が女装までして、お嬢様のお付きのメイドをしていたと思うのだっ! てやぁああああっ」
「だから、落ち着けっ! てゆうか、お前やっぱり男だったのかよ?」

 今度はお団子に結んだ頭を強く抑えて、手にした十字架のペンダントで何やらぶつぶつと呪文を唱えるクルル。しかもキレ気味に実は自分がエクソシストで、尚且つ女装した男だということを暴露し始めたあたり、相当切れているようだ。

(クルルの奴、オレに色目すら使わないと思っていたけど、エクソシストとして派遣されていた女装の特派員だったのか。もしかすると、今目の前にいるデイヴィッド先生の正体が堕天をした天使、即ち悪魔であることに勘付き始めたのかも……。二人が揉めないように、気を付けないと)

 まずは室内へとクルルを誘導しようとしたデイヴィッド先生が、呪文を聞いて一瞬だけ、ビクリと肩を震わせた気がする。もしかすると、結構強力な効力の呪文を目の前で唱えられてしまったのかもしれないが、幸いデイヴィッド先生は悪魔祓いされなかったようだ。

「取り敢えず、今の状況を把握したいから、室内の落ち着いた場所で話し合おう」


 * * *


 実は、エクソシストの特派員で尚且つ女性ではなく男性だったというメイドにクルルをミルクティーで落ち着かせ、一息ついた頃。紗奈子が辺境の里に閉じ込められている現状に関する正式な資料を携えて、ブランローズ公爵家お抱えの爺やさんが話し合いの席に加わった。

「実は今朝方、ヒストリア様のお抱え執事と伝書精霊で、細かく連絡を取りましてな。国の上層部には大したことはないという報告をしているが、予想よりも危なそうだから救援を要請したいとのこと。しかも、守護天使のフィード様が里の女神様に気に入られてしまったとかで、どうしてもフィード様と夫婦になりたいのだとか。橋を落としたのも多分、作為的ではないかとの意見も」
「フィード様まで巻き添いなんて……確かデイヴィッド先生は、フィード様と面識があるんですよね」
「ああ、まぁね。古い顔馴染みだよ……今ではすっかりオレの方がオジさんだけど、昔は彼らの方がちょっぴりお兄さんだったくらいだ。そうか、橋か……魔法技術を用いた建築方法を使わないと、里に渡る橋は作れないだろう」

 どうにも、この乙女ゲーム異世界は、悪役令嬢というキャラクター設定だった『紗奈子・ガーネット・ブランローズ』嬢を幸福な女性にしたくないらしい。彼女を苦しめるべく、どう逃げ果せても破滅ルートが追いかけてくるようだ。
 楽しい新婚旅行のはずが、夫のヒストリアは紗奈子を庇い大怪我をした挙句、呪いをかけられて眠りっぱなし。そして紗奈子の方はというと……土砂崩れの影響で橋が落ち、山奥の辺境の里に閉じ込められて、ヒストリアの元に戻るに戻れない状態だという。彼女を守るはずの守護天使フィード様に至っては、まさかの女神様からターゲットにされて、最大のピンチの様子。

「ヒストリアが呪いのせいで倒れて、入院。紗奈子は薬草を取りに向かい、辺境に閉じ込められている。しかも守護天使様は女神様に気に入られて、里に残留を促されている……そこまでは理解しましたが……その辺境ってそんなに危険な場所なんですか」
「危険……というより、異世界転生者にとっては居心地が良過ぎて、本来の家に帰って来なくなるという不思議な因縁の場所なんだそうです。また、一説によると今回のように短期間滞在の予定だった者が、アクシデントに巻き込まれて定住する羽目になってしまったり。しかも、村の宣伝としてこんなキャッチフレーズが……紗奈子様が異世界転生者であることを考慮すると、どうしても嫌な予感がして……」

 曇った表情で、爺やさんがスッと一枚の紙を手渡してくれる。辺境の里を観光客向けにアピールするためのチラシは、スローライフ系ゲームを彷彿とさせる田舎暮らしに誘う内容のものだった。

『ようこそ、最後の輪廻で訪れる雨宿りの里へ……』

 けれど、爺やさんが指摘する通り、異世界転生者としてはかなり気になる宣伝文句。

「最後の輪廻、か。異世界転生者にターゲットを絞って、何かしていそうな里ではある」
「女神様に落とされた橋を修復するなんて、建築家の腕の見せ所……だよな。行くしかないみたいだろう、アルサル」

 端正な顔立ちを少しだけクシャリと歪め、黒髪をかき上げながらニッと笑うデイヴィッド先生。その表情は、まるで難しいゲームを攻略しているプレイヤーのような眼差しだった。同性ながら思わず見惚れてしまいそうなその仕草、随分と余裕ありげで、流石は堕天使といったところ。

 ヒロインに選ばれなかった側のキャラクターである庭師アルサルとしては、二人と距離を置いてようやく心機一転しようと奮闘していたのに。きっと、因縁の女神様が呼んでいるんだ……オレのことも、そして堕天使であるデイヴィッド先生のことも。

 このシナリオは、オープニングもチュートリアルもとっくに超えてしまった新たな乙女ゲームそのもので。登場人物であるオレ達に、リセットする選択肢なんて用意されていないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。

Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。 歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。 気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。 私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。 しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。 いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね! 悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。 魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。 やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。 そして、鍵とはいったいーー。 ※毎日6時と20時に更新予定。(全114話) ★小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...