転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
105 / 147
第4章

第15話 パラレルワールドの王子様

しおりを挟む
 この異空間の聖堂で暮らすようになって、もうすぐ二週間。前世の因果を学ぶために閉じ込められた聖堂だけど、それなりに過ごしやすく家庭菜園や裁縫などの楽しみも出来た。一方、エクソシストという特殊な職業のクルルはスローライフもそこそこに、書斎の文献からこの世界の秘密を調べてくれているようだ。
 アフタヌーンティーの時間は、お互い気付いたことの報告タイムになっていて、今日はそれに進展があった。

「パラレル、ワールド……?」
「はい、もしかするとこの異空間……パラレルワールドと呼ばれるものかも知れません。書斎で歴史書を読んでいて気付いたんですけど、魔法国家ゼルドガイアの流れが少しずつ違うんですよ。偽書でなければ、この異空間そのものが、僕達の知る世界のパラレル設定のような気がするんです」

 クルルの見解が真実であれば……この閉ざされた空間の外には、私達の世界とは似て非なる魔法国家ゼルドガイアが広がることになる。

「時代背景や文明に関しては、現代と同じということが既に確認済みよね。電気もガスも水道も私達の文化と同じで、初代乙女剣士の追体験しながらだけど文明は今の時代そのものだわ」
「これで聖堂の敷地外に出られれば、外の様子が分かるんですが。出られないのではパラレルワールドという設定も推測の域を超えませんし」

 未だに外の世界へ出るためのバリアは解除されておらず、定期的に届けられる食糧や日用品入りの箱の存在が外部との接点を予感させているに過ぎない。

「えぇと確か、自分達が存在する世界とは似て非なるもう一つの現実世界をパラレルワールドって呼ぶのよね」
「はい。鏡の向こう側とでも呼ぶべきでしょうか。けど基本的な設定は似ているはずですが、左右逆に見える感じで所々違うんですよ。歴史とかの分岐点とか……それにこの紅茶のブランドやクッキー、見たことのないメーカーだと思いませんか?」

 今食べているお菓子は支給された箱の中に入っていたもので、私達の好みで選んだものではない。けれど、送り主のチョイスは確かなのか、美味しいものばかり。ただし、そのどれもが初めて見るメーカーで、食品モニターか何かになったような気分だったけれど。もしかすると、パラレルワールドにしか存在しないメーカーなのだろうか。

「あぁそういえば、輸入メーカーなんだとばかり思っていたけど。このイチジクのイラストなんか、記憶に残りそうなものだわ。知らないのは不自然なのかも……」
「紅茶にしろお菓子にしろ僕がブランローズ邸で働いていた頃には、存在していないメーカーなんですよね。ティータイムを担う仕事をしていた立場からすると、これでもお菓子情報には詳しいつもりでしたが」
「アルダーパティシエシリーズ、イチジクジャムクッキー。原産国は……ゼルドガイアだわ。しかも【ヒット商品20年】って、普通だったら知ってるはずよね」

 イチジクのジャムを挟んだクッキーは、甘味がありながらもくどくなく男女問わず食べやすい味と言える。このアルダーパティシエシリーズというメーカーの商品、20年も前から人気なら存在くらい認識していても良さそうだ。

(んっ? アルダーパティシエシリーズ。そういえば、初代乙女剣士の婚約者候補だった王子の一人がアルダーって名前だったような。アルサル似の、イケメン錬金術師……。いや、ゼルドガイア王家ゆかりの人物名を継承しているメーカーは多いはずだし、考え過ぎか)

「まぁこちらで食品の種類を選ぶ権利がない以上、美味しいものを届けて頂けるのは有り難いですし。毎日の糧に感謝しなくてはなりませんね……イチジクは聖典にも載っている神聖な果物。変な気を起こさないようにとの警告と思っておきます」
「取り敢えずは、食べ物があるだけでも助かっているわけで。イチジクに関しても、深読みし過ぎるのは良くないわ」
「すみません……つい。あっそうだ毎月のカレンダーが折り込まれるみたいなので、行事日程から外の様子も徐々に判明するでしょう。どちらが現実の世界なのか、そのうち分からなくなってしまいそうです。お嬢様との暮らしが心地よくても、いずれは離れるべき世界……気をつけないと……」

 クルルが少しだけ残念そうに微笑んだ気がしたけど、見て見ないふりをすることに。確かに二人きりの暮らしは、夫婦のようで勘違いしてしまいそうだ。例え前世で私達が夫婦だとしても、今の私達はそういう関係ではないのだから。
 このような暮らしは寂しくもあるけど、これで外へ出られるようになれば、安定した生活なのだと思う。乙女剣士の修行をせずにスローライフ的な生き方をする選択肢が、私にも存在していたという証拠だ。

 それにしても同じゼルドガイアという国名でありながら、流行も歴史も異なるパラレルワールド。興味深い分、不安な点もチラホラ。

(私の知る世界では存在していないものがこちらでは存在する。だとすると、存在してるはずの人物は、一体どんな扱いになっている? 私は、クルルは……? ヒストリア王子達は……)

 もしも鏡の向こう側に映る世界が、独立した別の世界であったら……そこに自分は存在しているのだろうか。

 ――決して口に出して言えなかった疑問の答えは、想像よりもずっと早くにやって来た。


 * * *


「バリアが……消えている?」
「みたいですね……お嬢様。聖堂の門もいつの間にか開いていて、周辺の地図も見られるようになりましたよ」

 ようやく……というべきか、ついにというべきか。翌日になると聖堂の外へのバリアが解除されて、晴れ間も手伝い外界の様子がはっきりと分かるようになった。そして連動するように、聖堂出入り口に設置されている周辺の地図も解禁された。
 聖堂の場所は私達が現実世界で倒れた闘技場の地上に当たる部分で、現実では古代博物館に該当する。やはりクルルの予測通り、パラレルワールドと言うものなのだろう。

「ずっと篭りっきりも良くないし、いい機会だから二人で散策してみましょうか」
「そうですね、用心してなるべく目立たないように行動すれば……おや?」

 ガラガラガラガラ……!
 白馬が地面を蹴る音が道路に響く、品の良い馬車が聖堂の門前で停止した。中から颯爽と現れたのは、金髪碧眼の良く見知った王子様と似て非なる別の誰か。

 ウェーブがかった柔らかな金髪は緩い三つ編みで一つに束ねられ、青いローブは彼が魔術の心得があるであろうことを彷彿とさせた。コツコツと黒いブーツを鳴らし、ゆっくりとこちらへ近づいて来て。ふと、時が止まる。

「貴方は……」
「初めまして、鏡面世界からの来訪者達。バリアが解除されたと聞き、ご挨拶に伺いました。私の名は……リーアとでもお呼び下さい」

 ニコッと微笑む彼は、成人した天使が地上に舞い降りたかのように麗しい。私は彼と瓜二つの王子様とかつて婚約していたはずだが、初対面のように頬を赤らめてしまう。
 いや、おそらくこのパラレルワールドにおいて彼……ヒストリア王子にそっくりなリーアさんとは、初対面なのだろう。

「はっ初めまして、リーアさん。紗奈子・ガーネット・ブランローズです」
「サナコ……ではサナ、とお呼びしてもよろしいでしょうか? お近づきの印に、貴女の手の甲に口付けを……」

 跪いてから私の手を取って宣言通り、手の甲に唇を落とす。この日より本格的に鏡の向こう側……パラレルワールドへの誘いが、始まったのだった。

 ――もう一つの魔法国家ゼルドガイアへ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。

Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。 歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。 気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。 私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。 しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。 いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね! 悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。 魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。 やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。 そして、鍵とはいったいーー。 ※毎日6時と20時に更新予定。(全114話) ★小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...