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第4章
第15話 パラレルワールドの王子様
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この異空間の聖堂で暮らすようになって、もうすぐ二週間。前世の因果を学ぶために閉じ込められた聖堂だけど、それなりに過ごしやすく家庭菜園や裁縫などの楽しみも出来た。一方、エクソシストという特殊な職業のクルルはスローライフもそこそこに、書斎の文献からこの世界の秘密を調べてくれているようだ。
アフタヌーンティーの時間は、お互い気付いたことの報告タイムになっていて、今日はそれに進展があった。
「パラレル、ワールド……?」
「はい、もしかするとこの異空間……パラレルワールドと呼ばれるものかも知れません。書斎で歴史書を読んでいて気付いたんですけど、魔法国家ゼルドガイアの流れが少しずつ違うんですよ。偽書でなければ、この異空間そのものが、僕達の知る世界のパラレル設定のような気がするんです」
クルルの見解が真実であれば……この閉ざされた空間の外には、私達の世界とは似て非なる魔法国家ゼルドガイアが広がることになる。
「時代背景や文明に関しては、現代と同じということが既に確認済みよね。電気もガスも水道も私達の文化と同じで、初代乙女剣士の追体験しながらだけど文明は今の時代そのものだわ」
「これで聖堂の敷地外に出られれば、外の様子が分かるんですが。出られないのではパラレルワールドという設定も推測の域を超えませんし」
未だに外の世界へ出るためのバリアは解除されておらず、定期的に届けられる食糧や日用品入りの箱の存在が外部との接点を予感させているに過ぎない。
「えぇと確か、自分達が存在する世界とは似て非なるもう一つの現実世界をパラレルワールドって呼ぶのよね」
「はい。鏡の向こう側とでも呼ぶべきでしょうか。けど基本的な設定は似ているはずですが、左右逆に見える感じで所々違うんですよ。歴史とかの分岐点とか……それにこの紅茶のブランドやクッキー、見たことのないメーカーだと思いませんか?」
今食べているお菓子は支給された箱の中に入っていたもので、私達の好みで選んだものではない。けれど、送り主のチョイスは確かなのか、美味しいものばかり。ただし、そのどれもが初めて見るメーカーで、食品モニターか何かになったような気分だったけれど。もしかすると、パラレルワールドにしか存在しないメーカーなのだろうか。
「あぁそういえば、輸入メーカーなんだとばかり思っていたけど。このイチジクのイラストなんか、記憶に残りそうなものだわ。知らないのは不自然なのかも……」
「紅茶にしろお菓子にしろ僕がブランローズ邸で働いていた頃には、存在していないメーカーなんですよね。ティータイムを担う仕事をしていた立場からすると、これでもお菓子情報には詳しいつもりでしたが」
「アルダーパティシエシリーズ、イチジクジャムクッキー。原産国は……ゼルドガイアだわ。しかも【ヒット商品20年】って、普通だったら知ってるはずよね」
イチジクのジャムを挟んだクッキーは、甘味がありながらもくどくなく男女問わず食べやすい味と言える。このアルダーパティシエシリーズというメーカーの商品、20年も前から人気なら存在くらい認識していても良さそうだ。
(んっ? アルダーパティシエシリーズ。そういえば、初代乙女剣士の婚約者候補だった王子の一人がアルダーって名前だったような。アルサル似の、イケメン錬金術師……。いや、ゼルドガイア王家ゆかりの人物名を継承しているメーカーは多いはずだし、考え過ぎか)
「まぁこちらで食品の種類を選ぶ権利がない以上、美味しいものを届けて頂けるのは有り難いですし。毎日の糧に感謝しなくてはなりませんね……イチジクは聖典にも載っている神聖な果物。変な気を起こさないようにとの警告と思っておきます」
「取り敢えずは、食べ物があるだけでも助かっているわけで。イチジクに関しても、深読みし過ぎるのは良くないわ」
「すみません……つい。あっそうだ毎月のカレンダーが折り込まれるみたいなので、行事日程から外の様子も徐々に判明するでしょう。どちらが現実の世界なのか、そのうち分からなくなってしまいそうです。お嬢様との暮らしが心地よくても、いずれは離れるべき世界……気をつけないと……」
クルルが少しだけ残念そうに微笑んだ気がしたけど、見て見ないふりをすることに。確かに二人きりの暮らしは、夫婦のようで勘違いしてしまいそうだ。例え前世で私達が夫婦だとしても、今の私達はそういう関係ではないのだから。
このような暮らしは寂しくもあるけど、これで外へ出られるようになれば、安定した生活なのだと思う。乙女剣士の修行をせずにスローライフ的な生き方をする選択肢が、私にも存在していたという証拠だ。
それにしても同じゼルドガイアという国名でありながら、流行も歴史も異なるパラレルワールド。興味深い分、不安な点もチラホラ。
(私の知る世界では存在していないものがこちらでは存在する。だとすると、存在してるはずの人物は、一体どんな扱いになっている? 私は、クルルは……? ヒストリア王子達は……)
もしも鏡の向こう側に映る世界が、独立した別の世界であったら……そこに自分は存在しているのだろうか。
――決して口に出して言えなかった疑問の答えは、想像よりもずっと早くにやって来た。
* * *
「バリアが……消えている?」
「みたいですね……お嬢様。聖堂の門もいつの間にか開いていて、周辺の地図も見られるようになりましたよ」
ようやく……というべきか、ついにというべきか。翌日になると聖堂の外へのバリアが解除されて、晴れ間も手伝い外界の様子がはっきりと分かるようになった。そして連動するように、聖堂出入り口に設置されている周辺の地図も解禁された。
聖堂の場所は私達が現実世界で倒れた闘技場の地上に当たる部分で、現実では古代博物館に該当する。やはりクルルの予測通り、パラレルワールドと言うものなのだろう。
「ずっと篭りっきりも良くないし、いい機会だから二人で散策してみましょうか」
「そうですね、用心してなるべく目立たないように行動すれば……おや?」
ガラガラガラガラ……!
白馬が地面を蹴る音が道路に響く、品の良い馬車が聖堂の門前で停止した。中から颯爽と現れたのは、金髪碧眼の良く見知った王子様と似て非なる別の誰か。
ウェーブがかった柔らかな金髪は緩い三つ編みで一つに束ねられ、青いローブは彼が魔術の心得があるであろうことを彷彿とさせた。コツコツと黒いブーツを鳴らし、ゆっくりとこちらへ近づいて来て。ふと、時が止まる。
「貴方は……」
「初めまして、鏡面世界からの来訪者達。バリアが解除されたと聞き、ご挨拶に伺いました。私の名は……リーアとでもお呼び下さい」
ニコッと微笑む彼は、成人した天使が地上に舞い降りたかのように麗しい。私は彼と瓜二つの王子様とかつて婚約していたはずだが、初対面のように頬を赤らめてしまう。
いや、おそらくこのパラレルワールドにおいて彼……ヒストリア王子にそっくりなリーアさんとは、初対面なのだろう。
「はっ初めまして、リーアさん。紗奈子・ガーネット・ブランローズです」
「サナコ……ではサナ、とお呼びしてもよろしいでしょうか? お近づきの印に、貴女の手の甲に口付けを……」
跪いてから私の手を取って宣言通り、手の甲に唇を落とす。この日より本格的に鏡の向こう側……パラレルワールドへの誘いが、始まったのだった。
――もう一つの魔法国家ゼルドガイアへ。
アフタヌーンティーの時間は、お互い気付いたことの報告タイムになっていて、今日はそれに進展があった。
「パラレル、ワールド……?」
「はい、もしかするとこの異空間……パラレルワールドと呼ばれるものかも知れません。書斎で歴史書を読んでいて気付いたんですけど、魔法国家ゼルドガイアの流れが少しずつ違うんですよ。偽書でなければ、この異空間そのものが、僕達の知る世界のパラレル設定のような気がするんです」
クルルの見解が真実であれば……この閉ざされた空間の外には、私達の世界とは似て非なる魔法国家ゼルドガイアが広がることになる。
「時代背景や文明に関しては、現代と同じということが既に確認済みよね。電気もガスも水道も私達の文化と同じで、初代乙女剣士の追体験しながらだけど文明は今の時代そのものだわ」
「これで聖堂の敷地外に出られれば、外の様子が分かるんですが。出られないのではパラレルワールドという設定も推測の域を超えませんし」
未だに外の世界へ出るためのバリアは解除されておらず、定期的に届けられる食糧や日用品入りの箱の存在が外部との接点を予感させているに過ぎない。
「えぇと確か、自分達が存在する世界とは似て非なるもう一つの現実世界をパラレルワールドって呼ぶのよね」
「はい。鏡の向こう側とでも呼ぶべきでしょうか。けど基本的な設定は似ているはずですが、左右逆に見える感じで所々違うんですよ。歴史とかの分岐点とか……それにこの紅茶のブランドやクッキー、見たことのないメーカーだと思いませんか?」
今食べているお菓子は支給された箱の中に入っていたもので、私達の好みで選んだものではない。けれど、送り主のチョイスは確かなのか、美味しいものばかり。ただし、そのどれもが初めて見るメーカーで、食品モニターか何かになったような気分だったけれど。もしかすると、パラレルワールドにしか存在しないメーカーなのだろうか。
「あぁそういえば、輸入メーカーなんだとばかり思っていたけど。このイチジクのイラストなんか、記憶に残りそうなものだわ。知らないのは不自然なのかも……」
「紅茶にしろお菓子にしろ僕がブランローズ邸で働いていた頃には、存在していないメーカーなんですよね。ティータイムを担う仕事をしていた立場からすると、これでもお菓子情報には詳しいつもりでしたが」
「アルダーパティシエシリーズ、イチジクジャムクッキー。原産国は……ゼルドガイアだわ。しかも【ヒット商品20年】って、普通だったら知ってるはずよね」
イチジクのジャムを挟んだクッキーは、甘味がありながらもくどくなく男女問わず食べやすい味と言える。このアルダーパティシエシリーズというメーカーの商品、20年も前から人気なら存在くらい認識していても良さそうだ。
(んっ? アルダーパティシエシリーズ。そういえば、初代乙女剣士の婚約者候補だった王子の一人がアルダーって名前だったような。アルサル似の、イケメン錬金術師……。いや、ゼルドガイア王家ゆかりの人物名を継承しているメーカーは多いはずだし、考え過ぎか)
「まぁこちらで食品の種類を選ぶ権利がない以上、美味しいものを届けて頂けるのは有り難いですし。毎日の糧に感謝しなくてはなりませんね……イチジクは聖典にも載っている神聖な果物。変な気を起こさないようにとの警告と思っておきます」
「取り敢えずは、食べ物があるだけでも助かっているわけで。イチジクに関しても、深読みし過ぎるのは良くないわ」
「すみません……つい。あっそうだ毎月のカレンダーが折り込まれるみたいなので、行事日程から外の様子も徐々に判明するでしょう。どちらが現実の世界なのか、そのうち分からなくなってしまいそうです。お嬢様との暮らしが心地よくても、いずれは離れるべき世界……気をつけないと……」
クルルが少しだけ残念そうに微笑んだ気がしたけど、見て見ないふりをすることに。確かに二人きりの暮らしは、夫婦のようで勘違いしてしまいそうだ。例え前世で私達が夫婦だとしても、今の私達はそういう関係ではないのだから。
このような暮らしは寂しくもあるけど、これで外へ出られるようになれば、安定した生活なのだと思う。乙女剣士の修行をせずにスローライフ的な生き方をする選択肢が、私にも存在していたという証拠だ。
それにしても同じゼルドガイアという国名でありながら、流行も歴史も異なるパラレルワールド。興味深い分、不安な点もチラホラ。
(私の知る世界では存在していないものがこちらでは存在する。だとすると、存在してるはずの人物は、一体どんな扱いになっている? 私は、クルルは……? ヒストリア王子達は……)
もしも鏡の向こう側に映る世界が、独立した別の世界であったら……そこに自分は存在しているのだろうか。
――決して口に出して言えなかった疑問の答えは、想像よりもずっと早くにやって来た。
* * *
「バリアが……消えている?」
「みたいですね……お嬢様。聖堂の門もいつの間にか開いていて、周辺の地図も見られるようになりましたよ」
ようやく……というべきか、ついにというべきか。翌日になると聖堂の外へのバリアが解除されて、晴れ間も手伝い外界の様子がはっきりと分かるようになった。そして連動するように、聖堂出入り口に設置されている周辺の地図も解禁された。
聖堂の場所は私達が現実世界で倒れた闘技場の地上に当たる部分で、現実では古代博物館に該当する。やはりクルルの予測通り、パラレルワールドと言うものなのだろう。
「ずっと篭りっきりも良くないし、いい機会だから二人で散策してみましょうか」
「そうですね、用心してなるべく目立たないように行動すれば……おや?」
ガラガラガラガラ……!
白馬が地面を蹴る音が道路に響く、品の良い馬車が聖堂の門前で停止した。中から颯爽と現れたのは、金髪碧眼の良く見知った王子様と似て非なる別の誰か。
ウェーブがかった柔らかな金髪は緩い三つ編みで一つに束ねられ、青いローブは彼が魔術の心得があるであろうことを彷彿とさせた。コツコツと黒いブーツを鳴らし、ゆっくりとこちらへ近づいて来て。ふと、時が止まる。
「貴方は……」
「初めまして、鏡面世界からの来訪者達。バリアが解除されたと聞き、ご挨拶に伺いました。私の名は……リーアとでもお呼び下さい」
ニコッと微笑む彼は、成人した天使が地上に舞い降りたかのように麗しい。私は彼と瓜二つの王子様とかつて婚約していたはずだが、初対面のように頬を赤らめてしまう。
いや、おそらくこのパラレルワールドにおいて彼……ヒストリア王子にそっくりなリーアさんとは、初対面なのだろう。
「はっ初めまして、リーアさん。紗奈子・ガーネット・ブランローズです」
「サナコ……ではサナ、とお呼びしてもよろしいでしょうか? お近づきの印に、貴女の手の甲に口付けを……」
跪いてから私の手を取って宣言通り、手の甲に唇を落とす。この日より本格的に鏡の向こう側……パラレルワールドへの誘いが、始まったのだった。
――もう一つの魔法国家ゼルドガイアへ。
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