転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
106 / 147
閑話

エクソシストの秘めたる想い

しおりを挟む
 魔法を操るジョブには初級職、上級職、特別職の三種類があり、悪魔祓いを専門とするエクソシストは上級職の賢者に勝るとも劣らない特別職だ。知能・魔力に優れた選ばれし男子のみが就けることから、エリート志向の貴族の家庭からも大勢の志願者が殺到することで知られている。
 そんなエリート集団の中でも一際目立つ美少年が、クルーゼ・ウィルガード……愛称クルルだった。美形一族として名高いゼルドガイア王家を縁戚に持つだけあって、華奢で中性的な彼に恋心を抱いてしまう者も少なくはない。

『今日のお祈りの実習はクルル君と一緒かぁ。どっからどう見ても女の子だよなぁ……嗚呼、天使様ごめんなさい……修行中の身でありながら、クルル君のことを女の子として考えてしまった』
『クルルさんは、きっとお家の事情で男装してエクソシストの勉強をしているじゃないかな。クルルさんに変な虫が付かないようにオレが守らないと!』
『けど最近クルル君、グングン背が伸びてるらしくて……まぁそれでもまだ年相応の身長だけど。このまま順調に成長したら普通の高身長イケメンに。もしかしたら、本気で男の子なんじゃないかって噂だよ』
『まっさかぁ!』

 十代前半だった修道院時代は、本気でクルルを女の子と勘違いする者も多く、性別を確認しては涙ながらに修道院を立ち去る者もチラホラ。
 男子のみの修道院という禁欲空間で、危うい存在として異彩を放っていたクルル。だが、そんな彼もついに卒業が決まり、指令を受ける日となった。


「クルーゼ・ウィルガード君、キミを優秀なエクソシストと見込んで頼みがある。頼みというより、指令と言った方が正しいが……公爵令嬢ガーネット・ブランローズのことはご存知かな。彼女のボディガード役をキミに任せたいんだが」
「確かガーネット・ブランローズ嬢というと、第三王子ヒストリア様の婚約者ですよね。私のような若輩者にそのような大役……務まるでしょうか? エクソシストといえども、一応若い男ですし……まぁゼルドガイア王家が僕とガーネット嬢がお近づきになることを承諾しているのなら、話は別ですが」

 散々同業者達に女の子扱いされていたクルルだったが、本人としては年若い男としての自覚があったらしい。ヒストリア王子と婚約中のガーネット嬢のお付きになることに遠慮しつつも、もしかしたら自分が奪っちゃうかも的な雰囲気を醸し出していた。
 亜麻色のサラサラした前髪をかきあげて、イケメンとしてのプライドをアピールするクルル。しかし、どんなに頑張ってもイメージを短期間で覆すことは難しい。即ち、所詮は男の娘にカテゴライズされていた存在。残念ながら、修道院としても彼専用の依頼を用意済みだった。

「いやいや、少女に扮装出来るエクソシストが必要なんだよ。キミにしか出来ない任務なんだよねそれが……。単刀直入に言おう! 女装メイドとして、公爵令嬢を守りなさいっ!」
「…………はいっ?」


 * * *


 若き悪魔祓い師、クルーゼ・ウィルガードに公爵令嬢のボディガードの指令が下ったのは、一体何度目のタイムリープだっただろう? 魔法国家ゼルドガイアが、闇の賢者の時魔法の効果により延々と一定の年を繰り返すようになってからは、女神様とてそのタイムリープの回数を数えるのは困難だ。
 だが、公爵令嬢ガーネット・ブランローズの傍らには、いつも中性的な可愛らしいメイドが寄り添っており、おそらくタイムリープの初期段階においてクルーゼ・ウィルガードがそのポジションに配属されたことが判る。


「お嬢様、もうすぐお茶の時間でございます」
「あら、もうそんな時間なの? 今日もヒストリア様は来ないけれど、いつかこの庭園に彼が迎えに来てくれるのを気長に待つわ」

 薔薇が咲く庭園を眺めながら午後のティータイムを愉しむ姿は、絵に描いたような御令嬢とメイド。だが、終わりの見えないタイムリープを解決策も見えぬまま過ごすのは、エクソシストとしての任務をこなせているか疑問でもあった。

「……憂鬱な気分には、このクルル特製シナモン入りアップルパイがオススメですよ。紅茶との相性も抜群です」
「ふふっありがとう。わたくしね、ヒストリア様とのことでいろいろ嫌な思いをしているでしょう。けど、あなたが淹れてくれるお茶を飲むと元気になれるのよ。何だか、わたくし……あなたとは何年も一緒にこうして過ごしている気がするわ。不思議よね、いっそのことこのまま時が止まってしまっても良いのかも」
「……勿体ないお言葉。光栄です」

(可哀想にガーネットお嬢様、この世界がタイムリープしていることに気がついていないのだろうか。それとも、何処かで気付いて? 最初は女装メイドなんて嫌だったけど、延々と繰り返す世界で僕がお役に立てるならそれもいいか……)

 幾度も幾度も繰り返される時間の中で、ガーネット・ブランローズ嬢は二人いることが判明する。一人はゼルドガイアを守護する女神の魂を継承すると囁かれる当家のガーネット・ブランローズ嬢。そして、もう一人は鏡の向こう側の世界からやって来たとされる紗奈子・ガーネット・ブランローズ嬢。
 悲劇が重なり当家のガーネット嬢はコカトリスの呪いによって石像となり、女神像として崇められる存在となってしまう。そして入れ替わりに現れた瓜二つの紗奈子は異世界転生者であり、従来の御令嬢達との志の違いから伝説の乙女剣士になる資格を持っていた。

「紗奈子・ガーネット・ブランローズよ。あなたが私のお付きのメイドさんのクルルね。よろしく」
「こちらこそ、精一杯頑張ります!」

(憧れの女性ガーネット・ブランローズ嬢のことを僕は守り切ることが出来なかった。果たして、乙女剣士たる紗奈子お嬢様のことを悪魔の手から守れるだろうか)

 乙女剣士の修行に挑む紗奈子をサポートする日々もまた、繰り返されるタイムリープにより何度も何度もスタート地点に戻る。紗奈子は当家のガーネット嬢よりも、庶民に近い感覚の持ち主だった。流石は異世界転生者というべきか、主従関係というよりも友人に近いポジションをクルルと築き上げていく。

 気がつけばクルルの心には、淡い恋の感情が芽生え始めていた。ブランローズ公爵家はゼルドガイア王家ゆかりの家柄と結婚することになっており、本来ならばクルルもその候補となれるはずだった。

(馬鹿だな、僕は。所詮、女性に扮装したボディガードの僕が、紗奈子お嬢様と特別な関係になれるはずないのに)

 チャンスが巡って来ないことに落胆しながらも、心のどこかで失恋するよりもこのままメイドとして接していた方が気楽だとさえ思うようになっていた。しかし、女神像ガーネットにはそんなクルルの逃げ腰な考えは、お見通しだったのだろう。
 ある日の夜、クルルの夢枕に女神像ガーネットが現れてこう告げた。

『クルル、ひさしぶりね。わたくし、女神像になってからも何度もタイムリープの世界を体感しているけど、どうやら次でタイムリープは最後みたいなの。だからね、あなたにチャンスをあげる。クルル……あなた、紗奈子のこと好きでしょう?』
「えっ……ガーネットお嬢様、何故それを……」

 夢の中なのだから、クルルの胸のうちなんか女神様にお見通しなのは当然である。けれどクルルは、自分が知らず知らずのうちに想いが外に漏れていることを恥ずかしく思った。女神像ガーネットは恥ずかしがるクルルに気も留めず、話を進めていく。

『わたくしとあなた、長い付き合いだもの。わたくしの魔法で、きちんとした男性のエクソシストとして紗奈子のお付きになれるように手配するわね。わたくしにとっての一番はヒストリア様だけど、紗奈子の一番は決まっていないの。乙女ゲームのシナリオは、攻略対象となるキャラクターが全員で揃わないと、本当の意味で一番を決められないわ』
「決まっていない? 攻略対象が出揃わないって、もしかして僕が性別を隠してメイドに変装していたから……」

『そうよ、最後のタイムリープで登場する攻略対象の一人……それが悪魔祓い師クルル。そしてあなたは初代乙女剣士サナの正式な夫クルーゼの生まれ変わりでもある。もし、あなたの誠意が紗奈子に伝われば、振り向いてくれるかも知れない。けど、大変よ……今回はこの世界のヒストリア様だけじゃなく、鏡の向こう側にいたあのお方まで恋敵になるのですから……もう一人の攻略対象たるあのお方がね』

 もう一人とは一体誰なのか、聞くことすら出来ないまま……その日の夢は覚めてしまった。その後、女神像の予言通りクルルは男性のエクソシストとして紗奈子の旅に同行することになる。そして鏡の向こう側に紗奈子と共に飛ばされて、閉鎖空間の聖堂でまさかの新婚生活のような暮らしをすることに。

(女神像ガーネット様の仰る通りなら、初代乙女剣士サナの夫の生まれ変わりである僕にもチャンスが……。けど、もう一人の攻略対象がまだ現れていない。一体、誰が……)

 穏やかな二人きりの生活にピリオドを打つように、閉鎖空間は解除されてしまう。そして、ついに『彼』が姿を現した。

『初めまして、鏡面世界からの来訪者達。バリアが解除されたと聞き、ご挨拶に伺いました。私の名は……リーアとでもお呼び下さい』

 もう一人の攻略対象、その正体は鏡の向こう側の王子であるリーア・ゼルドガイア。クルルは愛する紗奈子の手の甲に唇を落とすリーアから、紗奈子を奪回すべく一歩前に踏み出した。

 ――エクソシストの秘めたる想いは、迷いを振り切りその先へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。

Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。 歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。 気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。 私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。 しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。 いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね! 悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。 魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。 やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。 そして、鍵とはいったいーー。 ※毎日6時と20時に更新予定。(全114話) ★小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...