ループ五回目の伯爵令嬢は『ざまぁ』される前に追放されたい

星井ゆの花(星里有乃)

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初めてのループ

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 島の歴史を学ぶためにと、ヒメリア達が博物館を見学してから一週間が過ぎた。南国蚕の糸車や島の絹糸作りなど、島の伝統や文化を学ぶことが出来て収穫があったはずだ。しかし、その日以来ずっと落ち込み気味なのが、中央大陸からやってきたフィオだ。

「ごめんなさい、具合があんまり良くならなくてこれ以上お勉強出来そうもないの。先に帰ってもいいかな、ヒメリアちゃん、王太子様」
「えっ……うん。顔色も悪い感じだし、早くお部屋で眠った方がいいのかもね。お大事に、フィオちゃん」
「体調が優れないのに、無理して聖書の勉強をする必要はないよ。神様は、みんなが健康でいるのが一番だと考えておられるのだから。フィオちゃんの具合が良くなるように、後でお祈りをしておこう」

 普段通りの教会での勉強会にも身が入らず、体調不良で早めに切り上げてしまう。馬車に乗る前に、フィオは教会の屋根の上にある十字架を見上げてふと呟いた。

「神様か、みんなの健康のことは心配でも、フィオのママや南国蚕さんのことは見殺しにしたのに。神様はフィオのことも、嫌いなのかな?」

 空は曇っていまいち晴れず、屋根の上で輝くはずの十字架も光を浴びれずにくすんで見えた。それはフィオの心にある信仰の十字架のように、光を失っていた。

 次第にその呟きが呪いの台詞に変貌するとは、フィオ自身も思わなかっただろう。

 ヒメリアとクルスペーラ王太子は彼女の母親が遺してくれた形見の品は偶然にも、南国蚕の絹糸で出来たハンカチだったことを思い出した。

「フィオちゃん、最近ちょっと元気がないね。博物館で南国蚕の仕組みを聞いてから、あんまり笑わなくなったんだ」
「そうだね。早めに下宿先に帰って体調が良くなるといいんだけど。フィオちゃんは島について早々、カシス姉さんの葬儀に出ることになったし、疲れや心の傷が癒えないのだろう。まだ亡くなったお母さんの思い出に、触れるべきじゃなかったか」

 島に来てからずっと良い子だった赤毛の少女フィオの心に、翳りが見え始めたとクルスペーラ王太子も教会の司祭達も感じていた。そしてそれは、花嫁候補の勉強や付き合いのために休む間を与えなかった大人達の責任でもあった。

 きっかけは些細なことで南国蚕の糸車を見学してからというもの、少しずつ様子がおかしい。ちょっとしたエピソードが心の傷を抉り、今まで抑えられていたものが滲み出るようになった。大切な形見の品の正体は、他の生き物を犠牲にした産物だった。
 まさか、自分の母親が遺してくれたシルクのハンカチが、南国蚕達を茹でてようやく得られるものだとは思わなかったのだろうとクルスペーラ王太子は感じる。

「けど、私も他の島の子も最初は蚕さんのことショックだけど、だんだん受け入れられるようになるよ。それともフィオちゃんは大陸育ちだから、蚕さんの存在そのものに慣れていないのかな」
「そうだね、環境の違いというのも大きいんだろう。ヒメリアちゃんはもうなんとなく理解しているようだけど、生き物にはそれぞれ定められた宿命というものがあるんだ。蚕は絹糸を残すことで、その生きた輝きを形として残す。それは哀しいけれど素晴らしいことだとぼくは考えている。いつか、フィオちゃんも心の中で折り合いがつく日が来るだろう」

 蚕というのは殆どがそのような生き方をしていて、茹でられなくとも早めに死んでしまうという。何故なら、彼らは絹糸を作り出すために改良された品種だからだ。どっちみち、死んでしまう命ならば生きた証である美しい絹糸を取ってやるのが良いと考えられるようになれば……とクルスペーラ王太子は思った。

 だがフィオが悩んでいる理由は、もっともっと根深いところに核となるものが潜んでいた。それは即ち、蚕のように釜で茹でられて死ぬという魔女の血である。


 * * *


 フィオの下宿先は、中央大陸から渡ってきた魔導師の隠れ一族の家だった。島に来た当初は王宮の一室に泊まっていたフィオだったが、カシス嬢が不慮の事故で亡くなり、状況が変わった。同じく花嫁候補フィオも危険であるとして、暗殺をしたと噂の王宮暗部と離れて暮らすようにと指示があったのだ。
 結果的にフィオは孤児院にいた頃のように、貧しい環境のもとで成長することになった。体調不良で帰ったフィオだが、下宿先の魔導師達は仕事で留守だった。
 フィオが借りている部屋は納戸を片付けて作った狭いスペースで、窓が小さく外の明かりがあまり入らない。カーテンを閉めて一人で着替えてベッドに潜り、やがて悪夢に苛まれる。


『魔女の血を引く娘フィオ、赤毛に生まれた貴女は所詮魔女なのよ。さあいらっしゃい……貴女のママや南国蚕のように、釜に茹でられて死にたくないのなら』


 やがて繰り返し見る悪夢の影響で、フィオの心は魔女の方へと傾いていき……時は満ちた。
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