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 無事に学校が終わり、下校時刻になった。その日のフェナス王太子の様子がおかしいことに気づいた者は、学校内でもごく少数だった。
 いつも通りのスケジュールなら、その日の授業を終えて車で王宮に帰るはずだ。しかし、今日の王太子はソワソワと落ち着かず、いつもの車をパスして別の車が到着するのを待っている様子。

「ねぇねぇエイプリルお姉様。フェナス王太子様って、昨日高熱が出たばかりなのに元気よね。お姉様、婚約者なんだし何かひと言声をかけてあげないの?」

 お世辞にも仲が良いとはいえないカコクセナイト公爵家の異母姉妹だが、同じ中学校に通わなければいけないため行き帰りは二人セットで車で送迎されていた。
 送迎車が待機する駐車場を利用する者は一割ほどだが、その日は他の生徒達が早く帰っていたせいで駐車場は寂しげな雰囲気だ。

 思春期のため恥ずかしいのか、それとも他に理由があるのか。婚約者同士なのに距離を置いている二人に疑問を抱いたイミテは、異母姉が声をかけないことを不思議に思い指摘する。

「それが、王宮の教育係があまり学校内では婚約者という立場を見せびらかさないようにって、注意して来て。特に今日は具合が良くないからそっとしておいてほしいとか……けど、一応下校時すぐに帰りの挨拶くらいはしたのよ。ただ、駐車場で鉢合わせるなんて予想外で……」
「……エイプリルお姉様って、本当に世間知らずよねぇ。いいわ……婚約者じゃない私がお姉様の代わりにいろいろと調べて来てあげる!」

 イミテにとって駐車場で待ちぼうけをしているフェナス王太子は、捕まえるにはもってこいの存在だった。一応異母姉の許可を取り、イミテはこの幸運を活かすことにした。

「今日も授業お疲れ様です、フェナス王太子様! あれれ、そういえば……さっき迎えの車に乗らなかったけど、もしかして病院か何処かに行く予定とか?」
「ん……まぁそんなところかな。この学校はエスカレーター式とはいえ、一応僕の学年は受験生だしね。体調は万全にしておかないと……」

 しどろもどろの返答に、いよいよイミテはこの王太子には何か秘密があると確信する。後一押し、と考えたイミテは少しずつ質問内容を意地悪なものに変えていくことにした。

「ふぅん。大丈夫だと思うけどなぁ……だって、昨日高熱を出して返事すら出来なかったのに、随分と快復がお早いじゃない?」
「えっ……そ、そうかな。きっとお医者様の薬とお粥が効いたんだよ」
「お粥? お手伝いさんが用意したのは、チキンスープだった気がしたけど。それと、食事も喉を通らないってお手伝いさん嘆いていらっしゃったわ」

 フェナス王太子の肩が、びくりと震える。
 まだ中学三年生だった頃の彼は、ひょろひょろとしているだけで背もさほど伸びておらず、少しばかり少女めいた雰囲気だった。だからだろうか、イミテも遠慮なく堂々とした口調で、どんどん不審な点を追及していく。

「高熱だったから、記憶が曖昧でね。そうか、チキンスープだったのか……うん。キミら姉妹が帰ってから、食事を少しだけ摂ったんだよ」
「へぇ……私、てっきり王宮の人達がお話ししていた【緊急時に呼ばれる彼】が貴方だと思ったんだけどなぁ」
「……一体、何の話だい。緊急時っていうことから推測すれば、おそらく高熱で王子が動けないからお医者様や民間療法の専門家を当たるって意味だろう」

 顔面蒼白、という言葉がピッタリなほど、王太子の顔がみるみる青ざめていく。

「はわわ! 大変っ。王太子様、やっぱりお顔の色が優れないわ。なぜか不思議とお迎えの車とは違う別の車で何処かに行かなきゃいけないようだし、けどなぜか手配が遅れて車が来ないみたいな。あら……それとも、もしかして私とお姉様が帰宅してから車に乗るつもりとか?」
「ごめんね、イミテちゃん。僕、まだ風邪が治らないみたいで、少し静かにしてもらいたいんだけど」

 だいぶイラついて来て本性が出て来たのか、王太子の眼光は鋭くなり、今まで見たことのないような表情を見せて来た。声色も作ったような優しげな声だったのが、地声の低い声になっている。

「あの……王太子、具合が悪いならそこのベンチで少し休んだら? 車が来たら、私が教えてあげるから」
「エイプリル……! 済まない、大丈夫だよ」

 何だか揉めているような空気を出している二人のやり取りを見兼ねて、エイプリルが間に入る。

「あっ……お姉様、介抱してくれるなら王太子様に清涼飲料水を買って来てあげてよ。駐車場の手前に売店があるでしょう? 私、今日お財布忘れちゃってお買い物が出来ないの。お願い」
「……分かったわ、王太子様のことちゃんと診てあげていてね」

 せっかく詮索が進んでいたのに異母姉に介入されては困ると思ったのか、イミテが上手くエイプリルをこの場から一旦去らせる。彼女が駐車場手前に設置されている売店まで足を伸ばしている間に、イミテは影武者らしき男にとどめの一言をさす。

「助けてあげたんだから感謝してよね、王太子様の影武者さん」
「……! き、貴様……!」

 この日を境に、イミテと影武者は共通の秘密を持つ仲となっていく。
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