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しおりを挟む形式上の婚約者から、本当の恋人同士になったエイプリルとフェナス王太子。お互いに気持ちを伝えたものの、フェナス王太子には影武者の存在という秘密があり、嘘を嫌うエイプリルは真実を話してくれないことに失望していた。
昨日、観覧車の中で涙を零していた愛しい彼女を思い出すだけで、フェナス王太子は胸が苦しくて痛い。
(ごめんよ、エイプリル。僕に勇気がないから、キミを泣かせてしまった。けれど何故、影武者を立てなくてはいけなくなったのか、そのことを説明するにはどうしても……もっと重要な秘密に触れることになる)
今日のデート予定は場所を変更して、フェナス王太子の王宮自室である。大切な自分自身の……そして、この世界の隠された秘密を自分の知りうる限りエイプリルに伝える場所として自室を選んだのだ。
(この、禁断の書物とも言える【例の書籍】をキミに見せて、そしてこの世界の本当の姿をキミに教えたとして……信じてくれるだろうか?)
フェナス王太子の本棚には、神聖魔法王国フェナカイトの次期国王に相応しく帝王学の本や神聖魔法の本がズラリと並んでいる。著名な学術書から少しマニアックなものまで、種類は様々だった。が、フェナス王太子の指はそれらのコーナーをすり抜けて、本棚の裏側に隠したとある書籍を選ぶ。
【人気乙女ゲーム・神聖魔法王国の聖女と輝きの学園完全攻略本】
この書籍は、素敵な王子様達と聖女に選ばれたヒロインが、学園生活を愉しみながら恋をしていくいわゆる恋愛シミュレーションもの【乙女ゲーム】の完全攻略本だ。ただのゲームの攻略本だったら、フェナス王太子が覚悟をして婚約者にこの内容を見せる必要は無い。
問題はその攻略本の内容、そして舞台設定や登場人物だ。ソファに座りため息を吐いて、フェナス王太子はパラパラとその攻略本のページを捲る。
そこには、乙女ゲームの舞台である神聖魔法王国のフェナカイトの設定や、攻略対象のフェナス王太子やその他の魅力的なキャラクター、ヒロインのイミテについて美麗イラスト付きで解説されている。
【王太子フェナス】
神聖魔法王国フェナカイトの第一王太子。
銀髪碧眼の美青年で、若い女性達の憧れの存在。本来は、聖女イミテの異母姉エイプリルの婚約者だったが、イミテの治癒魔法で病気を治して貰って以来、イミテを気にするようになる。
生まれついた時は双子だったが、双子の王子は不吉だという伝承に従い、片方は影武者となった。病気が治るまでは入れ替わりが多かった為、実は本人達もどちらが本物の第一王太子であるか分からないという説も。
ストーリーの展開上、王太子か影武者の片方が死ぬ可能性もあり、ヒロインの手腕に彼らの命運はかかっている。
【聖女イミテ・カコクセナイト】
公爵家の次女で、実は神に選ばれし聖女の生まれ変わりであるヒロイン、つまりプレイヤーの貴女自身。容姿端麗、成績優秀、魔法も得意と一見完璧だが、プレイヤーの育て方次第では設定に反して成績が下がってしまうため注意しよう。後妻の娘であるため、異母姉エイプリルに虐められることも多いが、健気に頑張っている。
また、ゲームの設定上、異母姉エイプリルからの注意が入る時は、ステータスが顕著に下がっている時であるため気を引き締めて頂きたい。
王道のルートでは病気にかかったフェナス王太子を治癒して恋仲になるが、他の貴族や賢者、聖騎士などとフラグを立てることも可能だ。
ただし、フェナス王太子の影武者である【彼】を攻略することは非情に難しく、特別な裏技を使わなくてはいけないらしい。
【異母姉エイプリル・カコクセナイト】
王国一番の美人と名高いイミテの異母姉であるエイプリル、だが美しい容姿とは裏腹に性格はとにかく厳しく冷酷。貴族教育を受けてこなかった異母妹イミテに対して、躾けという名の虐めをしてくる。
俗に言う悪役令嬢のようなポジションだが、実は彼女がそのように振る舞うようになったのには秘密があるらしい。
一説によると、彼女の前世はフェナカイト王国と敵対していた女性魔王ゲーサイトで、因縁の相手であり聖女の生まれ変わりであるイミテには前世の人格が厳しくあたっているという。
果たして初めて会った時の優しいエイプリル嬢に戻る日は来るのだろうか?
(僕だって最初は信じられなかったことだ。すぐに、エイプリルが乙女ゲームについて理解してくれるかどうか分からない。けど、嘘をつきたく無いのであれば教えないとダメだ)
即ち、この世界は【乙女ゲーム】の舞台であり、定められたシナリオがあると言うこと。
そして、残酷なことにフェナス王太子の最愛の女性である公爵令嬢エイプリル・カコクセナイトの設定は、異母妹であるヒロインの聖女イミテを虐め抜く悪役令嬢。ストーリー最後には、ヒロインが結婚相手に誰を選ぼうとも魔女裁判で断罪されるというものだった。
例外があるとしたら、攻略本にすら記載されていない裏ルートを見つけた時だと言う。
コンコンコン!
「フェナス王太子様、エイプリル様が到着致しました。ご準備を……」
「分かったよ、すぐに出迎えに行くから」
* * *
「いらっしゃい、エイプリル。今までもたまに王宮に招いていたけれど、デートという形は初めてだね。緊張しなくていいよ」
「ええ、お邪魔します……」
いきなりこの世界は乙女ゲームの舞台でシナリオが設定されていると伝えても、首を傾げられるだろうと考えたフェナス王太子。まずは夏休みらしく、アイスティーやひんやりとした菓子でリラックスしてもらいながら、少しずつ秘密を明かすことにした。
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