雪と月

ススキの帝王。

　こんなフラれ方を聞いた事がない。……想像を凌駕、あまりな不条理は、静まる部屋に短針をアリスのように廻し続けていた。

「衝動を抑えきれるのか自信が持てないんだよ……君を差し出してしまいそうでさ」

　きっかけは１２年前の夏、早朝に渓流にと１人で釣りに出た時だ。朝靄落ちる月夜は、茂る道中をまるで黄泉の洞窟かのよう紫色に照らしていた。

　GPS等無い時世、朝釣りのポイントを探して手探りで脚を進めていると 『……ぽちゃんっ、』 と渓流に棲むモノではない雫に意識を取られた。

　仕掛けを用意した竿をほうらせ、僕を魅入らさた “ 異質 ” 。……そう、それが初めて見た雪乃さんだ。

　渓流から分かれ、漂っているだけの水溜まり……その浅い水面みなもに浮き上がる後ろ姿は、月明りを一糸纏わぬ濡れた白肌にキラキラと跳ねらせ、異国の湖かのような幻影を放っていた。

　あまりにも幻想的だった光景、それはまるでキツネにでも化かされたようで、僕の言葉を奪ったままだったんだ……。

「……初めて逢った日ね、私が " 何 ” をしていたのか……きっと君は本能的に疑問を閉じ込めたんだろうけれどさ」

「……え、ススキの帝王？」

　愛を打ち明けた直後にこんなマヌケな言葉を口にしたのは世界中できっと僕だけだろう。だけれどこの後に続いた雪乃さんの思惑は、この部屋に永遠とアリスを踊らせる事になった。『……じ、じゃぁ、あの時雪乃さんの足元には佳奈子かなこさんと……もう一人の “ 誰か ” が居たとでもいうのか』

　ススキタティオゥ。ヒプノスス、スキターティオーって言うのだけれどね、ラテン語とギリシャ語が混ざっているから私なりのオリジナルだよ。意味は “ 破壊 ” と “ 覚醒 " そして復活。 

　あぁ、女々しいものだよ。私はね、あの時佳奈子先生を甦らせようとしていたんだ。そう、俗に言う黒魔術。だけれどもね……死者を生き返えらせるにはさ、やっぱり必要なんだよ “ 同等の対価 ” が。

ーー「君にはできる？　こんな私を愛し続ける事なんて……」