雪と月

𝓐.女装きつね

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支配者。

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 テレビが無い。住処すみかには店から持ち帰った忘れ物の新聞、雪乃さんが世間を得ると言えばその位だろう。
 僕はと言えば、勤務先で飛び交う時事や肌身に付くスマートフォン……もれなくそれは毎日毎夜溢れるばかりだ。だけれどそのようはどうやら興味をそそら無いらしく、重なっている古新聞を手に取る姿すら見た事がなかった。

「……そうだねぇ、硝子箱で蟻を飼ってる子供、まるで夏休みの観察日記みたいなモノなんだよ」 

 何気ない世間、昨今の時事じじ話。それだけのはずの世界は絶望的なまでの虚無となった……だけれども雪乃さんと向き合えている “ 確かなモノ ” は何時いつもよりも暖かく僕を打ち抜いていったんだ。

ーー雪乃さんから聞いた話だ。

 都市伝説のように世界の支配者が居るとするじゃない? そうなるとそれはもう “ 神 ” だよね、地球上の人類にとっては。
 そこでなんだけれどね、今すぐ神様、全知全能になれると言ったら君はどうする? 一般的であればさ、恐らく『はい、なります』と言うでしょ? ……だけれどもね、オモシロくないんだよ、そうなってしまったら。

 硝子箱で蟻を飼う君は砂を入れたり水や食料を与えて、いづれ巣が完成するのをさぞ楽しみにすると思うんだ。でもいつかは巣が完成して蟻の世界に平穏で幸せな日々が訪れる。
 そうなるとさ、ヤル事が無くなるんだよ。蟻から見れば全知全能の君は間違いなく “ 神 ” なんだけれどね、ただ平穏な蟻を見ているだけの毎日が訪れるんだ。それはもう退屈でしかないのさ。

「硝子箱の巣をひっくり返したり、蟻の天敵を入れてみたりしたくなるでしょ?」

 野心でも陰謀でもないし、まして世界を良くしようだなんてのは無いんだよ、支配者が考えている事なんてのは子供じみた退屈凌ぎでしかないのさ。

 だからね、蟻にとって本当の自由があるとするなら巣箱から出るしかないんだよ。有名なシュレディンガーの猫、毒ガス入りの箱に入っている猫は観察者が確認するまでは生死が分からないってヤツね。あれを観察者じゃなくて猫の立場から考えるのさ。

「さも、偉そうに観察している者の目を盗み猫が抜け出していたとしたら……クス、こんな間抜けな事は無いと思わない?」

ーー『確かにそれはマヌケもいいとこだ』……僕はそれでも暖かくて小さな雪乃さんの手を握りしめていた。
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