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高田美奈の件。
しおりを挟む「何を見ているのかって? そうだね……どうやらそれは病気らしいのだけれどさ、私は必要な時だけしか左脳を動かしていないようなんだよ」
ーー幼少の雪乃さんと級友である高田美奈さんが店を訪れた翌週、連れ立って彼女の家を訪れた。
残暑の暮れを遮らないマンションの高層階、しかし閉ざしたカーテンのせいなのか室内は随分と湿度を溜めたような冷たさだった。
『……子供二人が自殺した家』
躊躇は遠くなる二人の背に、用意されたスリッパを履き倦ねてしまうほど想い余した僕を余所目に、雪乃さんはスタスタと脚を運んだリビングで片隅の壁を眺め倦ねていた。
「今どき、他は時分のインテリアで揃えているのに……美奈さん、こうゆうのは旦那様の?」
雪乃さんが指をさした先、そこにはバラバラの時を示したアンティークの振り子時計が四つ壁に掛けられ、目下には黒電話が2つ置かれている。……確かに不釣り合いだ、そこだけがまるで別世界のように。
「次男が自ら刃物を刺した直後あたりに美奈さんのパート先へ旦那様から電話があったんだよね? 確か」
何でも亭主は美奈さんの再婚相手らしく、子供達も慣れた頃合いだからと一年程前にようやく籍を入れたばかりのようだ。
だけれど順風満帆とはいかず、亭主が営む機械関係の輸入業は昨今の時勢で厳しさが増し、美奈さんもパートに出るようになったらしい。子息も十歳と十一歳なのだから事は無いだろうとの思惑もあったようだ。
しかし、家屋に保護者が空白となる日中の頃に “ ソレ ” は起きてしまったのだと言う。
「水月を私の部屋に寄こすからさ、美奈さんは彼の部屋に住み移って欲しいんだ。手筈は私が引き受けるから旦那様とは離婚して便りを断たなきゃね……美奈さん、おそらく次の自害者は “ 君 ” になってしまうんだ」
ーー夜逃げのよう美奈さんの荷物を運び、すっかりに暮れ落ちた後、ようやく夏の喉にコタツの二人がビールを流した時、紫煙を覗かせる隙間から雪乃さんが言った「とびきりのホラー話だからね、漏れなく聞いた者も呪われるのだけれどね……耳を傾けてみたい?」と。
ーーどこで学んだのやらだけれど……あの振り子時計、全部違う時刻を指していたでしょ? あれね、 “ 秒刻み ” のタイミングで拍子を打っていたんだよ。
宗教なんかではよくあるのだけれど無意識にトリップさせるんだ、催眠術みたいにね。そこに二台の黒電話が鳴り周波数、デビルトーンで暗示を加速させる……あとはまぁ電話越しに「死ね」とでも言えばいいのさ。
……何ひとつ “ 証拠 ” は無いけれどね、伊丹さんにでも探ってもらったら出ると思うよ。二人の子息が自害する寸前の通話履歴が。
相手は既に “ 二人 ” も殺めているんだから、それはもう “ 人 ” の思考ではないんだよ。もしも美奈さんと私が死んでしまった後、水月が思わず出会ってしまったのなら犯人に悟られずに済む事はね、恐らく無いのだもの。
ーーだからと雪乃さんは “ 霊障 ” だと美奈さんを諭したらしい……真相を知るのは僕と雪乃さんの二人だけだ。
覚悟はある? あとは任せるよと雪乃さんは紫煙を揺らしていた……『お前もこちら側だ』とでも微笑むように。
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