緑の竜と赤い竜 〜僕が動くと問題ばっかり なんでだよ!〜

琴音

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二章 緑の精霊竜として

6 机の釣書

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 僕らはひとつ年を重ねて結婚記念日を迎えた。去年のゴタゴタ結婚式がしこりとして残ったから、自分たちだけ城の片隅の教会に出向いて祈った。城の敷地の教会は王族専用で普段は司祭もいなくて、庭師がついでに手入れしているだけ。竜まつりでもなければ開放もしない。

「あの時のイライラや不安が思い出されますね」
「ああ、俺は絶対手放さないとしか。あの時は、リシャールを俺に振り向かせるんだとしか考えてなかった」
「なんだかとても昔のような気がします」
「ああ」

 僕らは中央の火竜を見上げていた。猛々しく炎を吐いているかのように口を開けた姿の像。僕らは戦闘を見てはいないけど、このまんまだったそうだ。特に王のひと吐きは閃光の如く一瞬にして敵を焼き尽くす白い炎。見る者に衝撃を与えたそうだ。

「麓からも見えてたそうで、ドオンッてすごい音がしてね。他の王族とは全く違ったそうだよ」
「ああ、俺も聞いた。兄上もルーカスも絶大な力に驚いたそうだ」

 その力が俺にはあるが、出来れば行使しなくていい世の中であればいいなあと思うよって。

「そうだね。敵を殲滅なんてロベール耐えられないでしょ」
「いやいや俺だってやる時はやるさ」
「嘘っぽいね」

 こっち向けと言われてロベールを見つめた。

「俺は民のためなら頑張るさ。たぶんその後弱るからたくさん愛して慰めて」
「うん。それくらいしか僕には出来ないから、誰よりもあなたの味方でいるよ」

 僕らはキスをして誓い合う。あの時の挑戦的な「してやろうじゃないか!」って気持ちではなく、愛しい旦那様と言う気持ちで。

「ロベール……愛してます。僕の大好きなお兄様から愛しい伴侶になった。これからもよろしくね」
「ああ。リシャール俺も愛してる。命尽きるまでお前だけだ」

 なんて幸せに浸っていたある日。寝室にわすれものぉってロベールの部屋に入ったら、彼の執務机の上に何やら大量の装飾された本みたいなの……あれなに?と近づいて見た。ゲッこれ釣書だ!一番上のを開いてみると……うんやっぱり。

「ほうほう、東の男爵様の姫か。すげえ美形だな」

 中に肖像画が貼ってあるんだ。魔法で大きな絵を転写したもの。この発明はすごいよね。この技術で会ったことない人の顔は確認出来るし、景色も色んな所のが見られる。今や宣伝用の絵の注文で風景画家は引っ張りだこだ。当然肖像画の人もね。遠くの家族に手紙で送ったり出来るから、庶民にも広かってて紙屋さんも大忙し。

「この紙いい紙だねぇ。まあ当然か」

 次はと開くと西の外れの子爵様の姫。これまた黒髪青い目のマッチョ。なんて美しいんだ。

「僕の見劣り感半端ねえなあ」

 なんて言いながら次々と見ていく。個人の釣書の内容も貴族として申し分なく、王族の側室として不足なし。てか、僕が一番見劣りしてるんだけど?

「うーん……」
「リシャール様ありました?」
「あ、はい」

 ミレーユがどうされましたと隣に来て、ああと。これはねえって。

「王族にはエッチ出来なくなるまで来ますよ。王にも他のお二人にもね」
「へえ……王様はいらっしゃらないと伺ってますが?」
「ええ。だから王子を三人こしらえて終わりになさって、全部いらないとお断りしてますね。アルフレッド様はお二人迎えられて今妊娠中です。もうすぐ産まれますかね」
「それは知ってます」

 僕はジーッと釣書を睨み、ロベールも迎えるのかな?と言ってみた。

「どうでしょうか。あなたを愛してますから他の方とお子様……作るとは思えませんが、今は断っても、情勢が変われば致し方なくなんてのもあるかもです」
「だよね」

 ラウリル様はすごいと思う。あれだけアルフレッド様を愛してるのが見えるほどなのに側室……嫌じゃないのかな?僕はうーん……そんな時が来たらどうしよう。

「ラウリル様はそこは弁えておられるのでしょう。次期王妃ですから、ご自分の気持ちを抑えていらっしゃる」
「うん……僕ね。ロベールが誰かを愛するなんて耐えられそうもない。馬鹿みたいに好きなんだ」

 ええ。見ていれば分かります。初めの頃とは全く違いますからねと笑われた。

「リシャール様はロベール様といるといつも目がキラキラしてますもの。愛してるって言って歩いてるみたいです」
「そ、そこまでではないでしょう?」
「そこまでですよ。ロベール様も同じようなものですから」

 バカ夫婦でしょそれ。

「でもね。我ら側仕えも幸せをお裾分けされてるようで気分はいい。だからそのままでいて下さいませ」
「うん。これどうするの?」
「お断りをロベール様の文官が書いて送りますね。ジークハルト・ライゼンガングです。たまに来ているでしょう?」
「ああはい。あの美形」

 あはは。あなたはマッチョ好きですねえって笑われた。ロベール様の周りで一番体が大きいですね。でも性格が文官で、騎士にはならなかったんです。あの家は騎士の家系なのにね。

「ふーん。でも素敵な方だよね」
「ええ。奥様もあなたふうに言えば美人ですよ。近衛騎士です」
「え!奥様なのに辞めてないの?」

 驚いてミレーユを見上げた。

「ええ、家にいると死ぬと。私兵の中にいても物足りなかったようです」
「なんとまあ」

 たまにお茶会にも出席されてますよ。えっと……背が高くゴツいお顔立ちでノシノシ歩く方で…そのぉと。あー……なんか思い出した。レッツェル様だ。

「そうそう!」
「確かに美人だ……僕の理想のような体型の」

 え?リシャール様があれ?いやあ……私はあの方なら側仕え降りてますねえって。

「なんで?」
「おほほほ……私の美の基準から外れてますし、私は王族こそ美しい人たちと思ってますからね」

 それに好戦的な方は苦手ですからと苦笑い。そっか、適材適所なんだね。

「リシャール様。世の中マッチョが人気ですが、みんながみんなそうではありません。程よい筋肉と美しいお顔と立ち居振る舞い。総合的に見る方も実は多いんですよ」
「ほうほう」

 ほら見て下さい。この方のような方を私は美人と感じます。ミレーユが差し出した釣書の方は僕より少し体が大きく、愛らしい笑顔の方だ。ふーん。

「このくらいが一番美しいと思います。二の腕に血管浮いてるくらい極太に発達しすぎてる方は、そのね?」
「ほほう。父上と母様は駄目だな」

 あの二人はねえって笑う。あなたはお母様に似てなければ養子みたいですものねって。

「そうなんだよね。どこの先祖返りやらだけど、母上の家系だね」
「でも私はかわいくてあなたが好きですよ」
「んふふっありがとう」

 この金髪の巻き毛も青い瞳もとてもステキです。本当に鳥族の方のようでうっとりしますよって。

「あはは。好みは色々だね」
「ええ。私の夫も細めですね。自分好みの方を探しましたから、とても愛してます」
「うん」

 ミレーユの夫は西の侯爵家の二子の方で、領地運営を主になさっているそう。彼は基本的に王都の貴族街の屋敷にいることが多く、街の商会の取引を一手に抱えて忙しく働いているそうだ。

「だから私は宮中で仕事をしています。今は子どもがいても外で働く貴族が増えてますね」
「へえ……なんでかな?」

 そうですねえと、ミレーユは顎に指を当てた。

「奥様家業だけだと家に引きこもるからかな。結婚相手を見つけるために出歩いてたのに、結婚後は全く外に出掛けなくなるから、家にいるのが辛いんですよ」

 ああそっか。デートやなんかで出歩いていたのが、いきなり奥様はお家に引きこもれば辛いね。僕は宮中だからそんな気分にもならないけど、確かにそうね。

「私のようにフルに働く者は多くはありませんが、週に何度かとか、月に何日だけ家庭教師にとかいますね」
「ふーん。ミレーユはなんでこんなにガッツリ働くの?」

 それはねってかわいく微笑む。

「私は未婚の時からここにおりますし、お金はいくらあっても困りませんから。あはは」

 それに楽しいのですよって。私の家もあなた同様王族を敬愛する家柄。お側にいられるのは幸せなんですよって。

「だからあなたの側仕えは楽しいです」
「ありがとう。あちらに戻ってお茶の続きをしよう」
「はい」

 自室に戻ってミレーユと楽しくお茶を飲んでいたら、焦った顔のロベールが内扉から入って来た。

「リシャール!あれ見たのか?」
「はい?……あ、あの釣書?」
「ああ」

 ガッツリ見ました。あまりに美しい姫たちで、テンションは激下がりしたのをミレーユに慰めてもらいましたと、しっかり見つめて話した。

「そ、そうか」

 フラフラと僕の隣に座り、ミレーユお茶と催促した。その間にクッキーやタルトをバクバク食べてゲフッと。

「俺は側室を迎える気はない。断っても来るんだよ」
「はい。ミレーユに聞きました。エッチ出来る間は来なくならないと」
「うん……」

 ロベールは父上が悪いとブツブツ。母上を大切にし過ぎて側室を取らずに来てしまって、下賜する姫も王子もいない。それを貴族は面白く思ってないんだと言う。

「姫や王子を下賜された家はそのな……魔力もそうだが持参金が出るんだ」
「そうだね」

 僕のお家もお嫁にもらったから報奨金が出ているけど、普通の貴族の場合、お嫁さんが持参金を持って行き、その代わりそのお金で不自由なく大切にしてねってお金なんだ。

「王族の場合、年に一度死ぬまで支度金として姫たちにお金が渡る。王家の一員として恥ずかしくない生活をさせてねってことで」
「ふーん」

 実際そのお金は領地の運営に使われることがほとんどで、それによって生活している貴族もいる。

「だから税もかからない安定した収入を欲しがる家は多いんだ。領地は不測の事態はままあるからな」
「うん。あー……結構キツキツのお家が出て来たんだね?」
「うん」

 姫や王子が天に帰ると当然支度金は止まる。それを当てにしていた家ほど苦しくなり、また姫を王子をとねだる。だけど王には俺たち以外いなくてなあって。公爵家からとかだと支度金は一度だけ、その後はない。だから魔力目的の人以外欲しがらない。

「この部分では父上は嫌われてる」
「はあ……それはまた」

 下賜された姫や王子の子には当然お金はでなくて、そのお家の子でしかなく……うーん。

「ウィリアム様も側室はひとりでな。二人下賜したっきり」

 王の兄弟は他はアンでとっくにお嫁に出てて、今期は四人だけだそうだ。

「それで今は仕方ないが、俺たちの代はと来るんだ」
「お姫様が来るの?」

 ガタッと音が鳴るくらいロベールは飛び跳ねた。はい?

「嫌だ。俺はお前がいればいい。もうほかの誰かを抱きたくないし、そんな子どものためだけにいてもらうのは心苦しい」
「はあ」

 なんだろう。ミレーユの話とロベールの話を聞いたら仕方ないのかなと思った。貴族は民のために動き、民はその代わり税を納める。姫たちもお家のために結婚ではなく、側室を選んだのだろうし。

 ミレーユが説明いたしましょうと言ってくれた。それによると、王族の側室なら衣食住は完璧で、子を産めば好きにしてていいらしい。王子に選ばれるくらいだからと、満期が来たら他の貴族はその後姫を妻にする者もいる。姫にとっては悪いばかりではなく幸せになれる。

「後でお嫁に行くパターンは、側室になる前の恋人の場合が多いですね。夫側が妻の家の事情を汲んでくれるからです」
「そう……なら幸せになれるんだね」
「ええ。そんな方たちはあんまり多くはありませんが、側室より貧しくなっても幸せに生きていますよ」

 お前この話の流れだと、俺に側室を迎えろと言ってるのか?と睨まれた。

「違うよ。姫様方はどんな気持ちで側室になるのかと思ったんだ。家の駒で王家の駒でもある。お金のためとはいえ辛いだろうなあって」
「「ええ?」」

 二人の声が重なった。なんだよぉ

「あのねリシャール様。例えばロベール様がこの姫には二人産んで欲しいとなる。そして姫は二年おきくらいに二人産む」
「うん」
「そしたら側室の契約は解除が出来るんですよ。役目は果たしたから」
「ええ?子育てせずに?そんなに早く?」

 はいとミレーユ。この場合だと体の静養も含め五年いれば済む。報奨金をもらってさようならも可能な制度なんですよって。

「ならなぜ残るの?」
「それは子どもがかわいいから、お母様だからとしか言いようがありませんね」
「そっか……自分の子はどんな理由があろうとかわいいもんね」

 与えられた屋敷でメイドさんや乳母と子どもを育て、時々見に来る王子と語らい、それで満足と思える方たちだそう。性格の良い方ばかりが側室になられますからね。本妻を脅かすような、そんな肝っ玉の姫は来ないそうだ。

「だから生涯そのお屋敷にいることが多いのです。その子たちが下賜されても会いに来てくれるしね」
「ふーん……そんなに不幸なことではないのか」
「はい」

 本心は分かりませんが、端からはそんなに不幸には見えませんよって。それに王子が妻を見限ってる場合などはそこに住み着いたりもしますし、一概には言えないそうだ。

「そっか……僕売られる馬くらいに思ってた」
「やめてくれ。さすがの王家もそんなことはしない。姫は大切にしてるんだ」

 そっか……なら僕も側室でもよかったのか。ふーん。口に出てたのかいきなり抱かれた。

「ふざけんな。俺はお前が側室なんて認めない。絶対に妻にしてたはずだ」
「うん。ありがとう」

 今は妻でよかったと思う。ロベールの腕にいることがとても幸せで嬉しくてどうしようもない。

「あのね。本心を言えばその、あなたが誰かを仕事としても抱くのも嫌。当然心を姫に寄せるのも嫌です」
「うん」
「僕との子どもでない子が存在するのも嫌です。ごめんなさいわがまま言ってます。でもね、あなたは僕のだから……誰のでもなく僕のだからと思ってしまう。王族としてはダメなんだろうけど」
「うん……」

 やはりロベール様夫婦はこのくらいがちょうどいいです。目に痛いくらいの仲良しで愛し合ってて欲しいですねって、ミレーユが笑った。

「俺もそう思う。誰に何言われてもリシャールだけを愛していたい」
「ありがとう」

 あっ俺仕事でここに来てて、リシャールの顔見たら行こうと思ってて……ヤバッ行って来ると走って出て行った。

「愛されてますね」
「うん」

 なんでもない日常が、こんなにも幸せとは思わなかった。愛する夫は近くにいて、こうして隙間をぬってでも会いに来てくれる。本当は側室を取らなくてはならないんだろうけど、僕のわがままも聞いてくれる。なんて恵まれた環境にいるのだろう。

「ねえミレーユ。あのさ……」
「リシャール様。妃殿下は多少のわがままはありです。アルフレッド様には頑張っていただきましょう」
「あはは。うん」

 そんな昼下がり。

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