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一章 森の中の国
5 妃殿下教育が始まった
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婚約が決まれば相手が王族といえど、今後は普通の貴族と一緒だ。相手を見つける時だけはみんな必死だけど、決まってしまえば伝統にのっとり粛々と進む。貴族ならこの間も相手に会ってイチャイチャしながら結婚式の準備だけど、、王族はそうもいかない。それ以外に、
「では本日から王族、他国の王侯貴族、その歴史など、改めて勉強していただきます」
「はい……」
当然やって来るお妃指導……腕が鈍っている楽器の練習……さぼってたからね。この国はバイオリン、ピアノ他諸々一つは習得するのが貴族の嗜み。筋骨隆々のくせにそこは欠かさない。
「リシャール様サボってましたね。こんなに音を外すとは」
「はい……すみません」
僕はピアノがいいかなと子供の頃に選択したけど、成人してからはほとんど弾かなくなっていた。まさか必要になるとは思わなかったんだ。母様は今でも優雅に弾きこなすけど。兄様はチェロ、父様はバイオリン。マッチョな二人が奏でている姿は、子供用の楽器に見えるほどだ。
「ロベール様はバイオリンがお得意です。きっと素晴らしい演奏会が出来ますよ」
「ゔっ……はい」
僕は週に二度、仕事の合間にレッスンと勉強に呼ばれ通った。当然僕の結婚は正式に決まったからみんな知ってて、仕事を抜けるのを嫌な顔をする人はいないとは言わないけど(僕の分の仕事が増えるからね)大方おめでとうって。
「ねえ。なんで仕事辞めないの?」
「うん……屋敷にいてもすることないから、ギリギリまで働こうかなって」
まあねえ。貴族同士とは違うから、突然の指名で婚約だから!幸せに浸る感じでもないもんねと、二つ年上のジェームス様は考え込む。売り込んでいれば別だけどさって。
「うちの国は、結婚相手は弱肉強食のようだしなあ。僕ね、うちで一番魔力多いんだ。だからここにいるんだけどさ。父も母も少なくて土地なし男爵。ふたりとも城の役職なしの文官で、その裕福ではなかったんだ。だからお前は領地を持ってる人に嫁げって、子どもの頃から言われてねえ」
ジェームズはなんか遠い目になり、はあって息を吐いて、付与の手が止まる。
「それでジェームズは子爵様の所なんだね」
「うん。苦労して欲しくないって親心かな。だからそんな人を探したんだ」
「へえ」
僕らは窓側のカウンター席で今日のノルマ、魔法付与用の核に魔力を注ぎ込んでいた。この核はいろんな武器や甲冑、馬や竜などの装具に使う。物理防御、魔法防御、上昇や無効。動物用には疲れないようにするものとかね。毎日仕事があるのは、魔力の少ない他国に売っているから。
この国は大半が森林の国。それも以前はエルフの森だったためか魔素がとても多く、その住民である僕らは疲れを感じにくい。不思議な動物や植物にもこと欠かない魔法天国だ。
この核や魔道具は国の収入源で、技術に長けた民はいろんなグッズを生み出し、お店をやっていたりもする。
「これすごく遠い紛争地域に行ってるらしいよ。この地域は安定してるけど、東のあたりが大変なんだって」
「うん知ってる。みんな僕らみたいに小さくても穏やかに生きればいいのにね」
いやいやそれは先人のおかげだよリシャール様、ここまでになるにはたくさんの戦や内紛、王の貴族の粛清なんかの結果でしょと。そうでした。
「リシャール様はその一員になるんだ。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
そんな感じで仕事をしていたら、昼過ぎに大臣のアンリ様に団長室に呼ばれた。僕が執務机の前に立つと、
「今日でここの仕事は終わりだ。ロベール様からの要請でな。行儀見習いに専念してくれってさ」
面倒臭そうに腕を組んで言われた。黒い長髪を後ろで束ね、冷たそうなグレーの瞳。相変わらず目つきが悪く、怖い。
「かしこまりました。アンリ様、数年でしたがありがとうございました」
僕は深々と頭を下げた。召喚術士としてはダメだったけど、付与技士はとしては優秀と評価されてたからね。
「ああ。これからも顔を合わせるだろうが、ロベール様に大切にしてもらえ」
「はい。これからも変わらずよろしくお願いします」
フンと鼻を鳴らし、お前バカだろ。俺がそれを言うべきなんだよ。お前の方が身分が上になるんだから。お前の身分はこの国で一番になるんだ。結婚式までに意識改革しろって叱られた。
「この先、王太子が王になり、王子たちはその補佐になる。その妻が下の者にへりくだっているようじゃダメなんだよ。年齢など関係ない」
「は、はい」
アンリ様はまあ座れと、応接セットにふたりで移動した。彼は座ると手を叩き、メイドさんにお茶を用意させた。うー緊張する。
「お前とこうしてふたりで話せるのはたぶん、これが最後だ。俺の最後の指導だな」
「はい」
僕は冷たそうな彼の瞳が苦手。四十まではいってないだろうけど、厳しいお顔立ちで怖いんだ。美しさが霞む眼力で、ついオドオドしてしまう。
「まず」
「はい!」
その他人に怯えるのなんとかならないか?と。俺はいつもお前をいじめてるような気分になるんだよなあって。これは改善しろと、強く言われた。
「はい……頑張ります」
弱々しい僕の声にギロリと睨まれ、
「怯えを克服したら人前では微笑んでいろ。王族は顔に笑顔を貼り付けてるんだよ。誰とでも仲良く、偉ぶり過ぎず下手に出過ぎないように」
「はいっ」
もう冷や汗が額から流れ落ちる。蛇に睨まれた蛙だよこれじゃあ……膝の拳は震えるし。
「俺が怖いか?」
え?と、僕は顔を上げた。怖いというかなんというか、年上が苦手なんだよ。
「あの……申し訳ごさいません。自分では記憶にないのですが、年上の、強そうな方が子供の頃から苦手で……」
「ふーん。前にも言ってたな」
「はい」
アンリ様は顎を擦りうーんと唸る。なんだったけなあ……どこかで聞いたような?うーんと唸りながら考え込んだ。ガンブケか?……ああそうだと、何が閃いたようだ。
「お前子どもの頃いじめられてたろ。ガンブケにさ。俺はすでに成人してたんだが、あの子どもだけの園遊会とかの時に。ロベール様に王妃のことでしつこく死ぬ死ぬ言う連中がいて、それを庇ってボコボコにされた」
「覚えてましたか」
「ああ、隅で大騒ぎになってたからな」
どうもあれがきっかけらしく、僕は覚えてないけどそれから人を避けるようになり、似たような穏やかな人と一緒にいるようになりましたと、アンリ様に説明した。
ずっと考えてたんだよね。ガンブケ様は年が離れてたから学園でもほとんど絡みはなくて、そのうち忘れたんだ。でも、年上怖いって気持ちは残った。
あー……だからステフィンたちに言い寄られたらうんと返事したんだ。年上でも好意を寄せてくれる人なら安全と感じたんだ。それにお嫁に行きたいって気持ちも強くて、相手をちゃんと見てなかったかも。そんなことをつらつらと話した。
「だろうと思ったよ。見た目が色男ばかりと付き合っていたが、お前は幸せそうには見えなかったから」
「そうですか……そうですよね」
アンリ様が普段の声色より優しいから、僕は少し話せるようになって来た。
「ステフィンは見た目だけで中身の評判悪かったんだ。きれいな子を次から次へでなあ。あれは結婚する気があるんだかどうだか」
「あはは……僕はつまんないと言われました」
ずっとアンリ様の目を見ることが出來なかった。怖いではなく、今度は情けなくてね。ずっとテーブルのお茶を見つめていた。
「リシャール」
「はい」
僕は呼ばれてアンリ様を見上げた。微笑みも何もない無表情だ。なにを求められてる?わからなくてどうしたら……言葉が出ない。
「お前は優秀なのにな。ここではひよこみたいな鳥しか出せなかったが、あれフェニックスの幼鳥だろ」
「あ、おわかりになりましたか。あれが僕の契約している獣魔の家族です。僕が不安定だと成鳥は出てきてくれず、言葉も片言のひよこしか呼び出せないんですよね」
リシャールぅなにする?とか、指示も聞かず自分勝手にどっかに歩きだしたり。当然火も吐けず飛べもしない。赤い羽のひよこなんだ。でも呼び出せば肩にちょこんと乗ってくれて、スリスリと頬ずりしてくれた。僕の大切な友だちでもある。
「お前は火属性だよな」
「ええ。フェニックスは死と再生の鳥で、火山の中から生まれます。ですから火属性の者しか契約出来ませんね」
兄はフェンネル氷の属性だ。父親は水属性で水の魔物ミズチだよなあって。火は母親譲りなのかと不審げだ。なんでだよ。
「お前本当にあの夫婦の子か?」
「ふふっ僕とそっくりでしょう?中身はまああれですが……」
マジで言ってる?お前だけ浮いてるのは俺の気のせいじゃないよなと笑った。あれ、アンリ様笑うとチャーミングだね。そういや奥様はすっごい美形の観劇の俳優みたいな方で、ふたりで並ぶと彫刻夫婦なんて言われるくらいだった。ゴリゴリのマッチョが半分以上の我が国の民では、自分も含め少数派なんだけど、美しく人気の高い侯爵夫婦だ。
「僕は両親、兄にとても愛されてます。それが自慢ですね」
「ならば家族に恥をかかせないように、王族らしくなれ」
「はい」
次に会う時は妃殿下だと堂々としていろ、俺が頭を下げるからと。それを克服すればお前は伯爵家が誇る召喚術者で、王家の強い戦闘員になれるはず。
「お前なら出来るさ。それと、結婚おめでとう」
「ありがとうございます。頑張ります」
その後、アンリ様の最後の忠告を胸に、僕は努力を重ね……重ね……頑張ったんだよ?僕なりにはね?
「結婚式は来週なのに、なんであなたはそんなに汗だくなのですか」
「ごめんなさい……」
勉強もピアノもそれなりになった。王族らしく、顔に微笑みを貼り付けることも出来るようにはなった。だけど心がついていかず、三十分もすると風呂上がりのように汗だく。ならばと魔法で汗を止めたら体に熱がこもって倒れた。結果僕は、妃殿下として仕上がらなかったんだ。シクシク
「はあ。式典は長いのに……第二王子といえど盛大に行われます。宮中を見ていれば分かりますでしょう?」
「うん……」
結婚式の準備でそれはもう慌ただしく、担当の人たちが走り回っているのは見かけていた。先生は、民には遠目で誤魔化せますが、教会でのお式、舞踏会など無理ですよねと、彼は天を仰ぎフラッとよろめいた。ごめんなさい。
仕上がりはしなかったけど時は待ってくれず、今日で指導も終わり。本日より客間で過ごしてもらうのに……私の力不足だあっと嘆き、フラフラと訓練室の応接セットに近づき、ボスンとソファに座った。すみません……
「まあ、私も皆の噂話は耳にしてました。あなたは忘れているようですが、あの事件を見ていた者も多くてね」
先生は項垂れながらもフォローの言葉を忘れない。事件……そんなふうに伝わってたのか。
「ガンブケ様の一派は今生きた心地がしないでしょう。召喚術士の才を曇らせ、あなたを付与技師として埋没させた。その責はお前らだと、今宮中で噂が広がっております。逆恨みされるかも。リシャール様、身辺の警護を怠らぬように」
「はい……えらいことになってるな」
ポヤポヤしているのはあなただけ。ガンブケ様だけではなく、ヘルナー家も相当言われているらしい。子供の躾も出来ないなとはなんと情けないことかと。今ガンブケ様は衛兵副団長です。そんな者が街の治安を守れるのだろうかとかね。親は総務の文官長、我が子には甘いとヒソヒソされているそうだ。
「この結婚で、あなたは表立っての敵が出来ました」
「はい……」
あなた本来は王族の次に強い召喚術士、フェニックスを従える術士。だけど、このていたらくでは返り討ちも予想されるとさ。宮中でも安全は王族の私棟以外ないく敵はあの家だけではない。その子分の男爵家など、不満分子はどこに潜んでいるか分からない。
「そうですか……」
「そうですかじゃない!あなたに万が一があった時、王様以下全員キレるはず……我らはこの国で生きていけないかもしれない。燃えちゃうかも……」
「そんな大げさな。ねえ?」
甘い!あなたは王と関わりが薄いからそんなことが言えるんだ。王は身内をとても大切になさる。今の王妃の暴言には厳しく対処なさるんですよ。暴言と横暴が過ぎてお取り潰しになり、国外退去の家も実際ある。それもあなたの伯爵家は今後お身内になるから……おおぅ……と嘆く。
「間に合いませんでしたが、今後強くなられませ。自分の身くらい守れるように」
いきなり先生は立ち上がり、向かいの席の僕の肩をガシッと掴む。目は血走っている。
「この国の安寧は王の力です。絶対の力。物理でも威厳でも!」
「は、はい」
「心して下さいませ!」
先生が念押しをしてくる。王様そんな感じじゃないけど、そうなんだろう。妃殿下訓練、もう訓練だろ。それがなんとか終わった。
「では本日から王族、他国の王侯貴族、その歴史など、改めて勉強していただきます」
「はい……」
当然やって来るお妃指導……腕が鈍っている楽器の練習……さぼってたからね。この国はバイオリン、ピアノ他諸々一つは習得するのが貴族の嗜み。筋骨隆々のくせにそこは欠かさない。
「リシャール様サボってましたね。こんなに音を外すとは」
「はい……すみません」
僕はピアノがいいかなと子供の頃に選択したけど、成人してからはほとんど弾かなくなっていた。まさか必要になるとは思わなかったんだ。母様は今でも優雅に弾きこなすけど。兄様はチェロ、父様はバイオリン。マッチョな二人が奏でている姿は、子供用の楽器に見えるほどだ。
「ロベール様はバイオリンがお得意です。きっと素晴らしい演奏会が出来ますよ」
「ゔっ……はい」
僕は週に二度、仕事の合間にレッスンと勉強に呼ばれ通った。当然僕の結婚は正式に決まったからみんな知ってて、仕事を抜けるのを嫌な顔をする人はいないとは言わないけど(僕の分の仕事が増えるからね)大方おめでとうって。
「ねえ。なんで仕事辞めないの?」
「うん……屋敷にいてもすることないから、ギリギリまで働こうかなって」
まあねえ。貴族同士とは違うから、突然の指名で婚約だから!幸せに浸る感じでもないもんねと、二つ年上のジェームス様は考え込む。売り込んでいれば別だけどさって。
「うちの国は、結婚相手は弱肉強食のようだしなあ。僕ね、うちで一番魔力多いんだ。だからここにいるんだけどさ。父も母も少なくて土地なし男爵。ふたりとも城の役職なしの文官で、その裕福ではなかったんだ。だからお前は領地を持ってる人に嫁げって、子どもの頃から言われてねえ」
ジェームズはなんか遠い目になり、はあって息を吐いて、付与の手が止まる。
「それでジェームズは子爵様の所なんだね」
「うん。苦労して欲しくないって親心かな。だからそんな人を探したんだ」
「へえ」
僕らは窓側のカウンター席で今日のノルマ、魔法付与用の核に魔力を注ぎ込んでいた。この核はいろんな武器や甲冑、馬や竜などの装具に使う。物理防御、魔法防御、上昇や無効。動物用には疲れないようにするものとかね。毎日仕事があるのは、魔力の少ない他国に売っているから。
この国は大半が森林の国。それも以前はエルフの森だったためか魔素がとても多く、その住民である僕らは疲れを感じにくい。不思議な動物や植物にもこと欠かない魔法天国だ。
この核や魔道具は国の収入源で、技術に長けた民はいろんなグッズを生み出し、お店をやっていたりもする。
「これすごく遠い紛争地域に行ってるらしいよ。この地域は安定してるけど、東のあたりが大変なんだって」
「うん知ってる。みんな僕らみたいに小さくても穏やかに生きればいいのにね」
いやいやそれは先人のおかげだよリシャール様、ここまでになるにはたくさんの戦や内紛、王の貴族の粛清なんかの結果でしょと。そうでした。
「リシャール様はその一員になるんだ。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
そんな感じで仕事をしていたら、昼過ぎに大臣のアンリ様に団長室に呼ばれた。僕が執務机の前に立つと、
「今日でここの仕事は終わりだ。ロベール様からの要請でな。行儀見習いに専念してくれってさ」
面倒臭そうに腕を組んで言われた。黒い長髪を後ろで束ね、冷たそうなグレーの瞳。相変わらず目つきが悪く、怖い。
「かしこまりました。アンリ様、数年でしたがありがとうございました」
僕は深々と頭を下げた。召喚術士としてはダメだったけど、付与技士はとしては優秀と評価されてたからね。
「ああ。これからも顔を合わせるだろうが、ロベール様に大切にしてもらえ」
「はい。これからも変わらずよろしくお願いします」
フンと鼻を鳴らし、お前バカだろ。俺がそれを言うべきなんだよ。お前の方が身分が上になるんだから。お前の身分はこの国で一番になるんだ。結婚式までに意識改革しろって叱られた。
「この先、王太子が王になり、王子たちはその補佐になる。その妻が下の者にへりくだっているようじゃダメなんだよ。年齢など関係ない」
「は、はい」
アンリ様はまあ座れと、応接セットにふたりで移動した。彼は座ると手を叩き、メイドさんにお茶を用意させた。うー緊張する。
「お前とこうしてふたりで話せるのはたぶん、これが最後だ。俺の最後の指導だな」
「はい」
僕は冷たそうな彼の瞳が苦手。四十まではいってないだろうけど、厳しいお顔立ちで怖いんだ。美しさが霞む眼力で、ついオドオドしてしまう。
「まず」
「はい!」
その他人に怯えるのなんとかならないか?と。俺はいつもお前をいじめてるような気分になるんだよなあって。これは改善しろと、強く言われた。
「はい……頑張ります」
弱々しい僕の声にギロリと睨まれ、
「怯えを克服したら人前では微笑んでいろ。王族は顔に笑顔を貼り付けてるんだよ。誰とでも仲良く、偉ぶり過ぎず下手に出過ぎないように」
「はいっ」
もう冷や汗が額から流れ落ちる。蛇に睨まれた蛙だよこれじゃあ……膝の拳は震えるし。
「俺が怖いか?」
え?と、僕は顔を上げた。怖いというかなんというか、年上が苦手なんだよ。
「あの……申し訳ごさいません。自分では記憶にないのですが、年上の、強そうな方が子供の頃から苦手で……」
「ふーん。前にも言ってたな」
「はい」
アンリ様は顎を擦りうーんと唸る。なんだったけなあ……どこかで聞いたような?うーんと唸りながら考え込んだ。ガンブケか?……ああそうだと、何が閃いたようだ。
「お前子どもの頃いじめられてたろ。ガンブケにさ。俺はすでに成人してたんだが、あの子どもだけの園遊会とかの時に。ロベール様に王妃のことでしつこく死ぬ死ぬ言う連中がいて、それを庇ってボコボコにされた」
「覚えてましたか」
「ああ、隅で大騒ぎになってたからな」
どうもあれがきっかけらしく、僕は覚えてないけどそれから人を避けるようになり、似たような穏やかな人と一緒にいるようになりましたと、アンリ様に説明した。
ずっと考えてたんだよね。ガンブケ様は年が離れてたから学園でもほとんど絡みはなくて、そのうち忘れたんだ。でも、年上怖いって気持ちは残った。
あー……だからステフィンたちに言い寄られたらうんと返事したんだ。年上でも好意を寄せてくれる人なら安全と感じたんだ。それにお嫁に行きたいって気持ちも強くて、相手をちゃんと見てなかったかも。そんなことをつらつらと話した。
「だろうと思ったよ。見た目が色男ばかりと付き合っていたが、お前は幸せそうには見えなかったから」
「そうですか……そうですよね」
アンリ様が普段の声色より優しいから、僕は少し話せるようになって来た。
「ステフィンは見た目だけで中身の評判悪かったんだ。きれいな子を次から次へでなあ。あれは結婚する気があるんだかどうだか」
「あはは……僕はつまんないと言われました」
ずっとアンリ様の目を見ることが出來なかった。怖いではなく、今度は情けなくてね。ずっとテーブルのお茶を見つめていた。
「リシャール」
「はい」
僕は呼ばれてアンリ様を見上げた。微笑みも何もない無表情だ。なにを求められてる?わからなくてどうしたら……言葉が出ない。
「お前は優秀なのにな。ここではひよこみたいな鳥しか出せなかったが、あれフェニックスの幼鳥だろ」
「あ、おわかりになりましたか。あれが僕の契約している獣魔の家族です。僕が不安定だと成鳥は出てきてくれず、言葉も片言のひよこしか呼び出せないんですよね」
リシャールぅなにする?とか、指示も聞かず自分勝手にどっかに歩きだしたり。当然火も吐けず飛べもしない。赤い羽のひよこなんだ。でも呼び出せば肩にちょこんと乗ってくれて、スリスリと頬ずりしてくれた。僕の大切な友だちでもある。
「お前は火属性だよな」
「ええ。フェニックスは死と再生の鳥で、火山の中から生まれます。ですから火属性の者しか契約出来ませんね」
兄はフェンネル氷の属性だ。父親は水属性で水の魔物ミズチだよなあって。火は母親譲りなのかと不審げだ。なんでだよ。
「お前本当にあの夫婦の子か?」
「ふふっ僕とそっくりでしょう?中身はまああれですが……」
マジで言ってる?お前だけ浮いてるのは俺の気のせいじゃないよなと笑った。あれ、アンリ様笑うとチャーミングだね。そういや奥様はすっごい美形の観劇の俳優みたいな方で、ふたりで並ぶと彫刻夫婦なんて言われるくらいだった。ゴリゴリのマッチョが半分以上の我が国の民では、自分も含め少数派なんだけど、美しく人気の高い侯爵夫婦だ。
「僕は両親、兄にとても愛されてます。それが自慢ですね」
「ならば家族に恥をかかせないように、王族らしくなれ」
「はい」
次に会う時は妃殿下だと堂々としていろ、俺が頭を下げるからと。それを克服すればお前は伯爵家が誇る召喚術者で、王家の強い戦闘員になれるはず。
「お前なら出来るさ。それと、結婚おめでとう」
「ありがとうございます。頑張ります」
その後、アンリ様の最後の忠告を胸に、僕は努力を重ね……重ね……頑張ったんだよ?僕なりにはね?
「結婚式は来週なのに、なんであなたはそんなに汗だくなのですか」
「ごめんなさい……」
勉強もピアノもそれなりになった。王族らしく、顔に微笑みを貼り付けることも出来るようにはなった。だけど心がついていかず、三十分もすると風呂上がりのように汗だく。ならばと魔法で汗を止めたら体に熱がこもって倒れた。結果僕は、妃殿下として仕上がらなかったんだ。シクシク
「はあ。式典は長いのに……第二王子といえど盛大に行われます。宮中を見ていれば分かりますでしょう?」
「うん……」
結婚式の準備でそれはもう慌ただしく、担当の人たちが走り回っているのは見かけていた。先生は、民には遠目で誤魔化せますが、教会でのお式、舞踏会など無理ですよねと、彼は天を仰ぎフラッとよろめいた。ごめんなさい。
仕上がりはしなかったけど時は待ってくれず、今日で指導も終わり。本日より客間で過ごしてもらうのに……私の力不足だあっと嘆き、フラフラと訓練室の応接セットに近づき、ボスンとソファに座った。すみません……
「まあ、私も皆の噂話は耳にしてました。あなたは忘れているようですが、あの事件を見ていた者も多くてね」
先生は項垂れながらもフォローの言葉を忘れない。事件……そんなふうに伝わってたのか。
「ガンブケ様の一派は今生きた心地がしないでしょう。召喚術士の才を曇らせ、あなたを付与技師として埋没させた。その責はお前らだと、今宮中で噂が広がっております。逆恨みされるかも。リシャール様、身辺の警護を怠らぬように」
「はい……えらいことになってるな」
ポヤポヤしているのはあなただけ。ガンブケ様だけではなく、ヘルナー家も相当言われているらしい。子供の躾も出来ないなとはなんと情けないことかと。今ガンブケ様は衛兵副団長です。そんな者が街の治安を守れるのだろうかとかね。親は総務の文官長、我が子には甘いとヒソヒソされているそうだ。
「この結婚で、あなたは表立っての敵が出来ました」
「はい……」
あなた本来は王族の次に強い召喚術士、フェニックスを従える術士。だけど、このていたらくでは返り討ちも予想されるとさ。宮中でも安全は王族の私棟以外ないく敵はあの家だけではない。その子分の男爵家など、不満分子はどこに潜んでいるか分からない。
「そうですか……」
「そうですかじゃない!あなたに万が一があった時、王様以下全員キレるはず……我らはこの国で生きていけないかもしれない。燃えちゃうかも……」
「そんな大げさな。ねえ?」
甘い!あなたは王と関わりが薄いからそんなことが言えるんだ。王は身内をとても大切になさる。今の王妃の暴言には厳しく対処なさるんですよ。暴言と横暴が過ぎてお取り潰しになり、国外退去の家も実際ある。それもあなたの伯爵家は今後お身内になるから……おおぅ……と嘆く。
「間に合いませんでしたが、今後強くなられませ。自分の身くらい守れるように」
いきなり先生は立ち上がり、向かいの席の僕の肩をガシッと掴む。目は血走っている。
「この国の安寧は王の力です。絶対の力。物理でも威厳でも!」
「は、はい」
「心して下さいませ!」
先生が念押しをしてくる。王様そんな感じじゃないけど、そうなんだろう。妃殿下訓練、もう訓練だろ。それがなんとか終わった。
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