俺は悲しみに堪えて前を向く 〜君の存在があれば生きていける〜

琴音

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11 楽しい日々戻ってきたんだな

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 翌朝遅くに目を覚ました。

 ベッドに横になったまま向き合い、朝日の中ふたりでなんでもない会話をしていると、メイドがおはようございますと入って来た。そしてなんだか事務的というか、無駄のない動きでカーテンを開ける。俺はなぜかその行動に彼女の不機嫌さを感じた。

 こちらで付けたリリアナ担当のメイドのナタリーはいつもニコニコで、不機嫌さなど見たことはなかったのに。その後にコリンがおはようございますとやはりどこか不機嫌そうな顔。なんなんだ?と俺は気になって聞いたら「なんでもありません」とふたりともわざとらしい微笑みを浮かべた。なんかあるからだろうと問い詰めても「なんでもありません」と静かに答える。ふむ。

「リリアナ様お召し替えを。こちらにどうぞ」
「はい」

 朝食でねと彼女は俺の腕からするりと抜ける。彼女が離れるとスーッと胸の暖かさが抜け、俺はリリアナがいた胸元を眺めた。

「どうしたの?」

 俺はなんとも言えない気分になった。いつもひとりで寝てたからこんなことは初めてだ。フフッつい俺は笑いがこみ上げた。俺は横になったまま彼女を見上げ、

「うん?誰かと寝るっていいものだなって思ってさ」
「そうね。幼い頃以来かしら」
「ああ」

 俺を見つめる優しげな瞳に胸がいっぱいになった。そうだ、彼女は俺の妻。もうどこへも行かない。ずっと傍にいてくれるんだ。フフッフフフッなんだか結婚したって実感が強く湧いてきた。とても幸せな気分だ。

「イリアス?」

 笑い出した俺に不思議そうに彼女はなった。俺は笑いが止まらなかったが、

「いや、幸せだなって思っただけだよ。ずっと忘れてた気持ちを思い出しただけだ」

 俺のその言葉に彼女は察したのかベッドにまた腰を降ろし、おもむろに俺の頬を掴みキスしてくれた。そして強い眼差しで、

「わたくしがきっとあなたを幸せにした見せます。期待してて」
「うん。俺も君を幸せにしたいよ」

 俺は起き上がり彼女を抱きしめた。うん、ここにいる。ずっとここにいてくれるんだ。なんとも幸せな気分にくすぐったいくらい。するとじゃあ着替えてくるわねって、彼女は俺から離れて隣の部屋に向かった。

「ふーんさすが坊っちゃん。やることが遅いだけか。まあいいや」
「ああ?」

 不審げにコリンを見つめると、さああなたも起きてと言いながら布団を剥ぐ。

「我らが不機嫌そうに見えたのならそのとおり。初夜をしてないのは不寝番の報告で知ってましたからです。ですが……」
「ですがなんだよ」
「ゆっくり愛を育むのですね。ならばよし」
「はあ?」

 仲は良さそうだし今後に期待だなあって、起きた俺の背中を押してドレッサーに座れと促す。俺の髪を梳かしながらコリンは、

「すみません。家臣は賑やかな屋敷が戻ると先走りました。坊っちゃんたちがお子様の頃のような……あのような楽しげな屋敷を想像して、早くあの景色が見たくなってしまいました」
「ああ……そっか」

 俺は鏡に映る困り顔のコリンを見つめた。

 事件の後、みな気分が落ち込み無理やり笑ってはしゃいでる感じはあった。それに古い家臣は在りし日の親父たちを屋敷のあちこちで思い出し、その場でうなだれ涙を落としているのも見かけていた。

 でも彼らは俺たち遺族に気を使わせないように、いつもどおりと意識してたんだろう。親父たちは家臣に慕われてたから辛くないはずないんだ。執事のステファンは特にだ。俺たちの身近にいたからな。みんな自分なりに折り合いをつけていたんだ。俺はその少ない言葉で察した。

「ごめんな。俺も彼女も臆病なところを心に秘めているんだ。だからお前たちの期待どおりには動けないと思う。ゆっくり……かな」
「存じています。奥様もつらい時期がございましたからね。こちらこそすみません」

 俺は未だに事件をきちんとは消化できてはいない。やることが目白押しで哀しみを脇に除けてるだけ。彼女もたくさん嫌なことを言われたりされたりしたはずだ。顔には出さないけど、とても傷ついているはずなんだ。俺たちは簡単に気持ちは切り替えられないんだよ。そんな話しをコリンにした。そうでしょうとうなずいてくれた。

「俺たちはお互いを知るというか、成人後十年近く関わりがなかったんだ。それを埋めつつ……かな?」
「はい。焦らず我らは待ちます」

 あの事件から二年近く経った。家臣はなんとか気持ちを立て直し、久しぶりの主のめでたい話しに浮足立った。それだけです。ごめんなさいってコリン。

「いやいい」

 そんな話しをしながら着替え朝食に向かう。食堂に入るとリリアナはすでにいて待っていた。

「ごめん。待たせたか?」
「いいえ。わたくしも今来たところです」

 俺は食堂に人がいるのがなんかいいなあなどと思った。いつもひとりが当たり前でさ。たまに叔父がいるくらいなんだ。朝は特に。誰かと食事するっていいなあって思いながら席に座った。

「イリアスは朝からご機嫌な感じですね」
「そりゃあ君がいるからだよ」
「そう?なら嬉しいわ」

 俺たちは食事をしながら他愛もない話に花を咲かせた。彼女は来る途中に見た街の様子を楽しそうに話してくれる。お茶屋がたくさんで香りがする。なんて素敵なのかしらと思ったそうだ。

「まあな。買い付けの商人も多くてな」
「試飲してるからかしら。お茶のいい香りがあちこちからするの。カフェも多くてお菓子屋さんもね。女性の楽園みたいな街ですね」
「だろ?うちの領地には女性が主の商人がたくさん来るんだ。お茶はやはり女性の好みが優先されるからな。酒は男だな」

 そうねとリリアナは笑う。農園の主の考え方や香料の配合や発酵時間でも味は変わる。同じ国、同じ地区でも。それも俺は楽しいんだ。ウンウンとリリアナはうなずいてくれる。

「ここに来て見たことないお茶もありましたし、馴染みのもあったの。これからたくさん飲んで好みのを探したいわ」
「それなら街の散策をするといい。気に入ったお茶屋がきっとあるから。それに新しいのも時々入るから試飲もすればいい」
「ええもちろんです」

 うちの商会から家には入れてるが、当然街には別ルートのお茶もある。俺たちの手によらない庶民のお茶屋もあるんだ。小さい店が多いが、それもまたこの領地の華やかさに彩りを添える。ここは古今東西のお茶が集まる領地なんだ。

「楽しみですね」
「ああ。君は俺の隣で笑ってて欲しいんだ。好きに過ごしてくれ」
「はーい」

 俺たちは結婚式にあたり準備で疲れてもいた。ならば少しゆっくりしようと慣例に基づきひと月の休暇が与えられてるんだ。なにする?とリリアナに聞くと、

「お世話になった方々に挨拶まわりをしながらその領地で遊ぶ?かな」
「そうだな。だが、二週間もあれば終わるよ。その後は?」
「そうねえ……うーん?」

 ふたりでどうするかと悩んでいると、ニヤニヤしたステファンが俺に近づいてくる。

「坊っちゃん。ならふたりでどこかにお出かけするのもいいのでは?別荘に籠もるとか」
「どうする?リリアナ」
「そうね。それもいいかも」

 ならばすぐに支度しますね。ムフフッて口に手を当て嬉しそうだ。なんでお前が嬉しそうなんだよ。俺は変に楽しそうなステファンを凝視した。

「い、いやあの……ふたりだけなら親交も深まりますし、邪魔もいないし……ね?」
「なにが、ね?だよ」
「そ、そこは察しましょうよ坊っちゃん」
「察してるけどさ」

 狼狽えながらも、長く親交がなかったお友だちからご夫婦になった。ならば今後の生活のこととか、家業に関わりたいならどのようなことをしたいとか詰められるのもいいのではないですか。この新婚の時にきちんとお互いの気持ちを伝え合えば、この先に困りごとが起きても相談するって習慣もつく。いい事ずくめですよと、それは嬉しそうに取り繕ってはいるが、目がニヤニヤしてうっすら感情の揺らぎの青が緑の瞳に浮かぶ。

「他意はございません。この子爵家のご当主の考え方一つで我が領地は変わる。男女は恋人の時はお互い向き合い愛する。夫婦になったら見つめ合うのではなく同じ方向を見て歩む。目標は同じところに作るのです。いい考え方と私は思いましたよ」
「まあねえ。いいなそれ」
「でしょう!ですから同じ目標を二週間で見つけるのです。もっと長くても構いませんよ?我らは頑張りますから」
「いや……二週間でいい」

 ステファンの目は、リリアナが妊娠を確認したら帰宅しろって書いてある感じだ。いやまあ家としたらものすごく望んでることだろうけどさ。だけど……それこそ、ね?だろうと俺は睨んだ。

「もちろん望みはそうです。かわいい赤ちゃんはいますぐにでも欲しくて、なおかつたくさんいたらいい。お若いから奥様には産めるだけ産んで欲しい」
「あ、あの…わたくしそんなに若くは……」

 口を挟んだリリアナをキッと睨み、まあ睨んでるって感じだな。

「いいえ!三人は固いと我らは思っていますッお体が続く限り産んで欲しいですッ」
「え?ええ?」

 リリアナはオロオロしだした。そりゃそうだ。三人くらいならまあ……ええ?それ以上?ええ?とブツブツいい出した。あー……

「ステファンやめろ。リリアナは赤ちゃん産むためだけにここに来たんじゃない。俺を支えてくれるためであるんだよ。子どもだけなら側室もありだよ」
「それはイヤ!わたくしが産みます!イリアスを他の女に触らせる?ふざけんな!」
「「え……」」

 俺とステファンは立ち上がり叫ぶリリアナに驚いて固まった。

「あ……ご、ごめんなさい……わたくし……」

 真っ赤になってシオシオと座り、手で顔を覆って震えている。フフッかわいい。

「側室なんて叔父じゃあるまいし持たないよ。どうしてもたくさんっていうなら、提案を受け入れるならって話だ。君の体の方が俺は心配だから」
「ふえ?……えっと……やだわたくしったら……おほほッ」

 顔を上げたリリアナは真っ赤になりながらも嬉しそうにした。すると、やだあ奥様坊っちゃん大好き過ぎぃうふふってあちこちから。リリアナはさらに真っ赤になった。俺もだよと一言言うとやだあ朝から暑いわ。窓開けるかなってステファン。スタスタと窓を開ける。おい!

「急かさなくても赤ちゃんは早そうですね。僥倖ですわ。アハハッ」
「俺は少しはふたりの時間が欲しいよ」
「もちろん。ゆっくり愛を深めて下さいませ」

 ど、どうしましょうとリリアナの手は震えてしまっていた。気にすんなよって俺は声を掛ける。ここの家臣は俺をおちょくるのが趣味。結婚しても「坊っちゃん」と呼ぶのがいい例だ。リリアナも対象になっただけだよ。俺は何でもないふうにパンをかじりった。

「そうなの?」
「うん。君反応がいいから楽しいんだろ」
「ふえ?」

 リリアナはあちこちの給仕やコリン、ステファンたちを見つめた。彼らの目はニヤついている。

「あ……お手柔らかに…お願いし…ますぅ」
「アハハッいい奥様ですね。これからが楽しみです」
「いじめ過ぎたら俺が許さん」
「そんなことはしません。大切にいたしますから」
「嘘くせえな」
「坊っちゃんみたいにはしませんよ」
「当たり前だ」

 なんとも和やかな?食事の時間となった。俺はこの楽しさが遠い昔にあったなと思い出していた。こんな日が俺に戻ってくるなんてと笑いながら、心の奥底は嬉しさに打ち震えていたのは内緒だ。





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