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番外編 本編に入れなかったお話し
サイラスとイアン
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俺はサイラスを子供の頃からよく知っている、親友のイアン・マックリーである。
彼は一見普通の王子だ。昔から王族の子供って感じで、可もなく不可もなく普通に優秀。表では兄弟を気遣いよい兄をしていた。今も臣下にも民にも慕われる、いい王様だとは思う。俺はそう思いながら、ソファに転がるサイラスを見つめた。
「なあ」
「なんだよ」
気のない返事だな。ヴァルキアに来てから、お前はティナが視察で城を空けるたびに俺のところに来る。忙しいはずなのに居座るのはなんでだ。
「お前仕事は?」
「うん。任せて来た」
いや、逃げて来たんだろ。忙しく走り回ってるから。ちょっと散歩とか行って戻ってないんだ。たぶん。
サイラスは応接のソファに横になり重い術書を腹に乗せ見つめる。お前が読んでも楽しくねえだろ。水系のお前に使える物は多いが、練習する気もないくせに。これいいなじゃねえよ。
「疲れたのか」
「……うん。まあ」
「辛いのはティナに相談してるのか?」
「いいや。素敵な旦那様でいたいから言わない」
「バーカ」
「ポーションくれ」
「ソファの後ろの棚にある。そのピンクのだ」
彼はのそりと起き上がり、これ?って目をやり聞く。いつも飲んでるだろお前は。俺はそれだよと答えた。サイラスは本をテーブルに置き、戸棚からポーションをひとつ取り出すと、フタをキュポンと空け飲む。
「俺ダメなんだよ。ティナがいないとなぜか寝れないんだ」
「はあ?」
俺は変な声が出た。妻がいないと寝られないとはなんなんだ。彼は、子どもをベッドに連れ込んでもダメ。シュルツ様に限界が来ると眠りのポーションをもらってしのいだり。寝不足で疲れた時になあってため息。
「お前……そんな奴だったか?」
「俺も自分が信じられん。もうティナに依存だな」
ユルバスカルからの貴族のために、ティナは荒地の農地に出ている。かれこれ二週間か。でも今までもひと月とか余裕で城を空けていたのに、今さら愚痴なんて珍しい。俺は気になって聞いてみた。
「うん……ティナにも俺たちもだが変な手紙が来るようになってるだろ?」
「うん。もらった瞬間に燃やしてるがな」
サイラスは気だるそうに、カールたちだけじゃないんだ。だから護衛を付けてても不安になる。前より一層眠れない。彼女は俺の……そこまで言葉にすると、戸棚の前からソファに移動し、だるそうに腰を下ろした。
「お前どうしたの?暑苦しい愛情をかけてるのは知ってるが……まさか、ティナによく言ってる愛の言葉は本心で言ってる?」
「うん。当然だろ」
寂しそうな顔をした。どれだけ俺がティナを好きだか見てればわかるだろ?毎晩に近いくらい抱かないと落ち着かない。最近は拒否られ気味だけどと失笑する。当然だろお前いくつだよ。こっちがため息出る。
「姫も産まれたんだから、それほど逢瀬は必要ないだろ」
「子作りは関係ないんだ。愛しいから触りたい」
「え?」
「ティナに触れていたい。安心したいんだ」
「はあ。わからん」
こんな姿を見るのは学生時代以来だな。ほとんど愚痴も言わないのに、突然堰を切ったように話し出す時がある。ストレスでおかしくなってるんだな。ったく。
「時間があるなら遠掛けにでも行くか?」
「いやいい。それほどはないんだ」
そう答えるとまたソファで寝転びぼんやり。目は虚ろだしどうするかな。俺は仕事の手を止めて席を立った。そして向かいに腰を掛けた。
「お前変わったな。女に振り回されるなんてさ」
「それな。俺も驚きだよ。以前の姫ではならなかったたんだがな」
「そうだな」
俺を理解してくれる愛しい姫が見つかったと騒いでいたけど、ここまでのめり込んではいなかった。まあ、あの頃は子どもでもあったからかもだが。
王家は成人後、サイラスに妻を探せと見合いは頻繁にさせていた。でも彼はどの人と見合いをしても、首を縦には振らなかった。民優先の考えに賛同してくれない人はいらないと。まあ俺の妻も、何日も寝食忘れて書斎にこもるのを許してくれなければ……嫁にはしなかったから同じか。
「愚痴なら聞くぞ」
「ああ」
ヴァルキアで愚痴を吐ける相手など、妻以外なら俺くらいだろう。たくさんの臣下は連れて来たが、心まで許せるのは後は……セフィロトくらいかな(後ふたりはあんまり役に立ちそうには見えない。カールは論外)でも彼は俺たちより年上だから、説教くせえ嫌いがある。この様子だともう叱られてるのかも。
「セフィロト様には愚痴を言わないのか?」
「言ってるよ。そのための宰相だ。俺の相談役も兼ねてるから。お前も」
「俺も?そんなつもりがあったのか」
「ああ。だからお前を誘ったんだ。言ったろ?」
言われたっけ?と俺は考え込んだ。「お前の知らない術がたくさんあるぞ」とか「こちらにない歴史の本が読めるよ?好きだろイアン」としか言われてないが。俺が忘れたのかな?いやいや後付だろ。
「それでセフィロト様はなんて?」
「王様。ティナは頑張ってるんだ。あなたもねって軽く抱きしめて背中をポンポン。終わり」
毎回だから飽きてんだあいつは。ティナに関しての愚痴は聞いてくれないと、ゴロリと横になり、天井を見たまま答える。そうかよ。なら話し相手ぐらいなるか。いつもは勝手にうろつき、俺の部下を構いながらくつろぐと帰るくらいだから。
「でもさ。お前よくティナを繋ぎ止めてるよな。初めはお前を好きじゃなかったろ?」
「ふふん。俺は手に入れる努力はする。この子はきっと俺を好きになってくれるって、謎の自信があった」
「一目会った時に?」
「いや。かわいいとは思ったけど、戦死した婚約者の話を伝えた時にこの子って確信したんだ」
見た目だけなら一目惚れとはならなかった。好みの子だなあくらい。誠実そうな大きな瞳で俺を見上げる姿はよかったと、思い出したのかニヤニヤ。
「話す内容かな。たぶん他の人には言ってなかった心の内を、俺とはここで関わりがなくなるとでも思ったんだろう。話してくれたんだ」
「ふーん」
「話しを聞いて俺と似てると思ったんだ。そしたらすごくかわいく見えて、この子が欲しいと思った」
サイラスとティナが似ている?あの頃似てたか?今もなあ。戦で我慢してたのは誰しもが同じ。俺が会議で見ていたティナは、いつも緊張した顔していた。真剣にメモを取り大臣に寄り添って。たまに兄貴に出された会議で見かけていたのはそんな彼女。それが今やうるさいくらい元気に走り回る。たぶん今が本来の彼女なのだろう。似てるか?
サイラスは王子らしく落ち着いた動きをする。内容はおかしいが。変な話し方もしなく、冷静に会議に出ていたし訓練もそう。ティナのような、畑で泥だらけになるような天真爛漫さなど、お前にはないだろ?
「俺は似てると感じたんだ。それだけだよ」
「ふーん」
サイラスは、ティナが俺のところに来た頃は今のようではなかった。どこか「家を背負っている」や「兄弟を大切に思い過ぎて自分を殺している」と感じたそうだ。
その抑えてる感情に彼が寄り添ううちに彼女は変わっていった。変わった彼女は自分では気がついてなかっただろうが、周りが勝手に彼女を助け始めた。数カ月でみんなティナティナとかわいかってな。いい笑顔になったそう。
「君の家は君がなにをしても迷惑にはならない。君は君のやりたいようにしていいんだ。なにかあれば俺が助けるし、気持ちのままに。そう声を掛け続けた」
「ふーん」
ティナの兄も、幼い頃のティナに戻ったようだと言っていた。元気で父に「高い高いして」なんて駆け寄り、相当上にぶん投げられて喜んでた頃みたいだと。おてんばだったそうだよって。
「ふーん。今と変わらんな。術の訓練でよく土被ってたり、風の術で変に浮いて騒いだりしてるなあ」
「だろ?俺の功績だ」
そんな彼女が微笑ましくより愛しくなる。俺は手を出さないようにするだけで精一杯でさ。彼女が隙を見せたら食いそうで危険だった。そう言って笑う。
「結局食ったろ」
「うん。婚約してたからいいんだ。ティナは初夜でって言ってたけど」
「ふーん」
抱いたらもうダメで独占欲でおかしい。周りには目でティナを追うなと叱られてもいた。どこかの糸が切れたようにティナしか見えなくなった。俺に向ける笑顔に、内心震えるほどの幸せがあったと少し微笑んだ。
「かわいくてエロくて理想の妻だ。うん……寂しい」
「はいはい」
そういえば、サイラスは結婚するまで愛妾……じゃねえな。夜伽だな。何人かいたはずだ。どうしたんだろう。これだけティナにのめり込んでいればいらなくなるよな?余計なことだが、気になる。今なら聞いてもいいだろうと声を掛けた。
「ああ。婚約したところから順次切っていったが、ひとりと揉めたね」
「だろうな」
みんななぜか彼の愛妾と信じていたんだそう。彼はそんなつもりないと話して雇っていたが、どこかで行き違ったようで揉めた。今どうしてるかさえ分からない。
貴族の娘もいたし豪商の娘もいた。もう嫁に行ってるだろって。金欲しさと、王族のお傍にいたという、泊が欲しくて行儀見習いとして親が連れて来た娘たち。その後は分からんと。
「お前興味のない女には冷たいな」
「そんなのお前は知ってるだろ。つかお前もだろ」
「まあな」
長くいるならとメイドがお茶をどうぞと淹れてくれた。俺はそれを手に取ると、俺も飲むとサイラスもソファから起き上がる。
「俺は気のない女に昔から優しくはしなかった。それに夜の相手は彼女らの仕事だ。それ以外ない」
「そうだがな」
でもなあ。抱かれれば勘違いする人がいてもおかしくはない。仕事でも慣れてくれば「このままずっとお傍に?」と考える者がいてもかな。嫁は無理でもこのまま囲ってくれるかも。そしたら人生安泰とか、好きになっていれば子を持てるかももと、期待してもなあ。それが嫌だから俺はそういった女を雇わなかった。教育でだけだよと話した。
「ふーん。王族は結婚前みんな数人はいてな。俺は特に気にもとめてなかった。当たり前としか」
「ふーん。貴族も似たようなもんかもな」
まあ……親友のベッドの中は詮索しないでおこう。俺も聞かれても嫌だし。
「ティナはこんな俺を理解してくれてさ。忙しくなければ付き合ってくれる」
「へえ……いい歳になったがな」
「もう少しな」
ティナ気の毒に。この話しっぷりでは若い頃と変わらず襲われてるんだろう。こんな献身的な部分はあの子のバカなところ。嫌なら嫌ときっちり言えばいいのに。でもまあ……
今度料理長にティナの好きなフルーツの……オレンジかりんごのタルトをお茶の時間に用意させよう。でもティナは相手の心の隙間によく気がつくのは確かだな。
「でも加減してやれ」
「あー……出来たらな」
ティナ今頃畑かな?あのジジイどもと楽しんでるのか?ムカつくとかブツブツ。親父どもは来てねえだろ。みんな息子たちが先乗りしてるだけ。なに言ってんだか。
「俺の隣にいない事実が辛いだけ。分からんことは不安なのよ」
不貞腐れてお茶を口にする。いつからかサイラスは仮面のような笑顔を見せなくなった。その代わり幸せそうに笑うようになった分、不貞腐れた時は不貞腐れた顔になる。いいのか悪いのか分からんが、表情豊かにはなった。
「なんだよ」
「いいや。お前子供っぽくなったなと思ってさ」
「かもな。ティナが甘やかせてくれるから。我慢なんざいらねえんだ」
「ほう」
ここまで建設的な話しは一切なかったが、彼は落ち着いた。目に生気が戻ったように見えるな。気の置けない友との会話は薬か。お前は本当にかわいくなったもんだよ。俺は深呼吸をひとつ。
「そろそろ自分の部屋に帰れ。もう落ち着いたろ?」
「そうする。明日また来る」
「来なくていい。俺の研究が滞るだろ」
「冷たいなあイアン。ティナが帰るまで時々来るから」
「はあ?」
気取らなくていいのはお前だけ。優しくしてくれよって。ティナ以外はお前たちだけだから。臣下だろ優しくしろと立ち上がり、俺に指を指す。
「人に指をさすな!」
「アハハッ俺王様だから不遜でもいいんだよ。またな」
来た時の虚ろな感じはなくなり笑って出て行った。はあ……なんか疲れた。
「王様本当にティナ様しか見えてませんね」
「ああ。もう病的だな。ティナが哀れだ」
「……ちょっとなあ。俺もこの愛情は辛いかもですね」
部下と扉を見つめた……うん。
王様の噂は聞きましたが、本当なんだなあとここにサイラス様が来る度に感じます。ティナ様の前に婚約者に逃げられたのは、まあ仕方なかったのかな。彼らの感想はそうだった。だろうな。
「その前にティナ様もおかしいでしょ?」
「まあ。ティナはサイラスが初恋らしいから他の男を知らない。だから耐えられるんだろ。あいつが自分しかいないと思い込ませてるんだ。すごいよな」
「ウワッ……」
王様は、ティナ様の純粋さを好んだのかな?素直の塊みたいな人だからなあ。王様クソだなとひとりが小声でボソリ。俺もそう思う。サイラスは好かれる努力を今でも怠らないはず。真面目さを変な方に使ってるんだ。あーヤダヤダ。
「ティナはアレに騙されてる部分があるんだろうが、あれほど幸せそうにしてるんだから相性はいいんだろ。みんなもティナに手を貸してやれ」
「ええ。もっと親切にします……」
悪いやつじゃないんだが、好いた女への入れ込み方は異常だ。昔からぱっと見はいい男だったのに中身はこんな。愛情を与える分見返りも強く求める。困ったやつだよ本当に。俺がここで話してた内容をティナに話したら?
「俺も性格が悪いな。仕事しよ」
執務机の椅子に戻る。そしてティナが付箋を貼ってくれたページを開き確認。サイラスが去り静かになった執務室。部下の動く衣擦れの音だけになる。
「いい天気だな」
少し開いた窓から小鳥の鳴き声と、優しい暖かな風が吹き込みカーテンを揺らす。俺はなにもなかったように仕事の続きを始めた。
彼は一見普通の王子だ。昔から王族の子供って感じで、可もなく不可もなく普通に優秀。表では兄弟を気遣いよい兄をしていた。今も臣下にも民にも慕われる、いい王様だとは思う。俺はそう思いながら、ソファに転がるサイラスを見つめた。
「なあ」
「なんだよ」
気のない返事だな。ヴァルキアに来てから、お前はティナが視察で城を空けるたびに俺のところに来る。忙しいはずなのに居座るのはなんでだ。
「お前仕事は?」
「うん。任せて来た」
いや、逃げて来たんだろ。忙しく走り回ってるから。ちょっと散歩とか行って戻ってないんだ。たぶん。
サイラスは応接のソファに横になり重い術書を腹に乗せ見つめる。お前が読んでも楽しくねえだろ。水系のお前に使える物は多いが、練習する気もないくせに。これいいなじゃねえよ。
「疲れたのか」
「……うん。まあ」
「辛いのはティナに相談してるのか?」
「いいや。素敵な旦那様でいたいから言わない」
「バーカ」
「ポーションくれ」
「ソファの後ろの棚にある。そのピンクのだ」
彼はのそりと起き上がり、これ?って目をやり聞く。いつも飲んでるだろお前は。俺はそれだよと答えた。サイラスは本をテーブルに置き、戸棚からポーションをひとつ取り出すと、フタをキュポンと空け飲む。
「俺ダメなんだよ。ティナがいないとなぜか寝れないんだ」
「はあ?」
俺は変な声が出た。妻がいないと寝られないとはなんなんだ。彼は、子どもをベッドに連れ込んでもダメ。シュルツ様に限界が来ると眠りのポーションをもらってしのいだり。寝不足で疲れた時になあってため息。
「お前……そんな奴だったか?」
「俺も自分が信じられん。もうティナに依存だな」
ユルバスカルからの貴族のために、ティナは荒地の農地に出ている。かれこれ二週間か。でも今までもひと月とか余裕で城を空けていたのに、今さら愚痴なんて珍しい。俺は気になって聞いてみた。
「うん……ティナにも俺たちもだが変な手紙が来るようになってるだろ?」
「うん。もらった瞬間に燃やしてるがな」
サイラスは気だるそうに、カールたちだけじゃないんだ。だから護衛を付けてても不安になる。前より一層眠れない。彼女は俺の……そこまで言葉にすると、戸棚の前からソファに移動し、だるそうに腰を下ろした。
「お前どうしたの?暑苦しい愛情をかけてるのは知ってるが……まさか、ティナによく言ってる愛の言葉は本心で言ってる?」
「うん。当然だろ」
寂しそうな顔をした。どれだけ俺がティナを好きだか見てればわかるだろ?毎晩に近いくらい抱かないと落ち着かない。最近は拒否られ気味だけどと失笑する。当然だろお前いくつだよ。こっちがため息出る。
「姫も産まれたんだから、それほど逢瀬は必要ないだろ」
「子作りは関係ないんだ。愛しいから触りたい」
「え?」
「ティナに触れていたい。安心したいんだ」
「はあ。わからん」
こんな姿を見るのは学生時代以来だな。ほとんど愚痴も言わないのに、突然堰を切ったように話し出す時がある。ストレスでおかしくなってるんだな。ったく。
「時間があるなら遠掛けにでも行くか?」
「いやいい。それほどはないんだ」
そう答えるとまたソファで寝転びぼんやり。目は虚ろだしどうするかな。俺は仕事の手を止めて席を立った。そして向かいに腰を掛けた。
「お前変わったな。女に振り回されるなんてさ」
「それな。俺も驚きだよ。以前の姫ではならなかったたんだがな」
「そうだな」
俺を理解してくれる愛しい姫が見つかったと騒いでいたけど、ここまでのめり込んではいなかった。まあ、あの頃は子どもでもあったからかもだが。
王家は成人後、サイラスに妻を探せと見合いは頻繁にさせていた。でも彼はどの人と見合いをしても、首を縦には振らなかった。民優先の考えに賛同してくれない人はいらないと。まあ俺の妻も、何日も寝食忘れて書斎にこもるのを許してくれなければ……嫁にはしなかったから同じか。
「愚痴なら聞くぞ」
「ああ」
ヴァルキアで愚痴を吐ける相手など、妻以外なら俺くらいだろう。たくさんの臣下は連れて来たが、心まで許せるのは後は……セフィロトくらいかな(後ふたりはあんまり役に立ちそうには見えない。カールは論外)でも彼は俺たちより年上だから、説教くせえ嫌いがある。この様子だともう叱られてるのかも。
「セフィロト様には愚痴を言わないのか?」
「言ってるよ。そのための宰相だ。俺の相談役も兼ねてるから。お前も」
「俺も?そんなつもりがあったのか」
「ああ。だからお前を誘ったんだ。言ったろ?」
言われたっけ?と俺は考え込んだ。「お前の知らない術がたくさんあるぞ」とか「こちらにない歴史の本が読めるよ?好きだろイアン」としか言われてないが。俺が忘れたのかな?いやいや後付だろ。
「それでセフィロト様はなんて?」
「王様。ティナは頑張ってるんだ。あなたもねって軽く抱きしめて背中をポンポン。終わり」
毎回だから飽きてんだあいつは。ティナに関しての愚痴は聞いてくれないと、ゴロリと横になり、天井を見たまま答える。そうかよ。なら話し相手ぐらいなるか。いつもは勝手にうろつき、俺の部下を構いながらくつろぐと帰るくらいだから。
「でもさ。お前よくティナを繋ぎ止めてるよな。初めはお前を好きじゃなかったろ?」
「ふふん。俺は手に入れる努力はする。この子はきっと俺を好きになってくれるって、謎の自信があった」
「一目会った時に?」
「いや。かわいいとは思ったけど、戦死した婚約者の話を伝えた時にこの子って確信したんだ」
見た目だけなら一目惚れとはならなかった。好みの子だなあくらい。誠実そうな大きな瞳で俺を見上げる姿はよかったと、思い出したのかニヤニヤ。
「話す内容かな。たぶん他の人には言ってなかった心の内を、俺とはここで関わりがなくなるとでも思ったんだろう。話してくれたんだ」
「ふーん」
「話しを聞いて俺と似てると思ったんだ。そしたらすごくかわいく見えて、この子が欲しいと思った」
サイラスとティナが似ている?あの頃似てたか?今もなあ。戦で我慢してたのは誰しもが同じ。俺が会議で見ていたティナは、いつも緊張した顔していた。真剣にメモを取り大臣に寄り添って。たまに兄貴に出された会議で見かけていたのはそんな彼女。それが今やうるさいくらい元気に走り回る。たぶん今が本来の彼女なのだろう。似てるか?
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「俺は似てると感じたんだ。それだけだよ」
「ふーん」
サイラスは、ティナが俺のところに来た頃は今のようではなかった。どこか「家を背負っている」や「兄弟を大切に思い過ぎて自分を殺している」と感じたそうだ。
その抑えてる感情に彼が寄り添ううちに彼女は変わっていった。変わった彼女は自分では気がついてなかっただろうが、周りが勝手に彼女を助け始めた。数カ月でみんなティナティナとかわいかってな。いい笑顔になったそう。
「君の家は君がなにをしても迷惑にはならない。君は君のやりたいようにしていいんだ。なにかあれば俺が助けるし、気持ちのままに。そう声を掛け続けた」
「ふーん」
ティナの兄も、幼い頃のティナに戻ったようだと言っていた。元気で父に「高い高いして」なんて駆け寄り、相当上にぶん投げられて喜んでた頃みたいだと。おてんばだったそうだよって。
「ふーん。今と変わらんな。術の訓練でよく土被ってたり、風の術で変に浮いて騒いだりしてるなあ」
「だろ?俺の功績だ」
そんな彼女が微笑ましくより愛しくなる。俺は手を出さないようにするだけで精一杯でさ。彼女が隙を見せたら食いそうで危険だった。そう言って笑う。
「結局食ったろ」
「うん。婚約してたからいいんだ。ティナは初夜でって言ってたけど」
「ふーん」
抱いたらもうダメで独占欲でおかしい。周りには目でティナを追うなと叱られてもいた。どこかの糸が切れたようにティナしか見えなくなった。俺に向ける笑顔に、内心震えるほどの幸せがあったと少し微笑んだ。
「かわいくてエロくて理想の妻だ。うん……寂しい」
「はいはい」
そういえば、サイラスは結婚するまで愛妾……じゃねえな。夜伽だな。何人かいたはずだ。どうしたんだろう。これだけティナにのめり込んでいればいらなくなるよな?余計なことだが、気になる。今なら聞いてもいいだろうと声を掛けた。
「ああ。婚約したところから順次切っていったが、ひとりと揉めたね」
「だろうな」
みんななぜか彼の愛妾と信じていたんだそう。彼はそんなつもりないと話して雇っていたが、どこかで行き違ったようで揉めた。今どうしてるかさえ分からない。
貴族の娘もいたし豪商の娘もいた。もう嫁に行ってるだろって。金欲しさと、王族のお傍にいたという、泊が欲しくて行儀見習いとして親が連れて来た娘たち。その後は分からんと。
「お前興味のない女には冷たいな」
「そんなのお前は知ってるだろ。つかお前もだろ」
「まあな」
長くいるならとメイドがお茶をどうぞと淹れてくれた。俺はそれを手に取ると、俺も飲むとサイラスもソファから起き上がる。
「俺は気のない女に昔から優しくはしなかった。それに夜の相手は彼女らの仕事だ。それ以外ない」
「そうだがな」
でもなあ。抱かれれば勘違いする人がいてもおかしくはない。仕事でも慣れてくれば「このままずっとお傍に?」と考える者がいてもかな。嫁は無理でもこのまま囲ってくれるかも。そしたら人生安泰とか、好きになっていれば子を持てるかももと、期待してもなあ。それが嫌だから俺はそういった女を雇わなかった。教育でだけだよと話した。
「ふーん。王族は結婚前みんな数人はいてな。俺は特に気にもとめてなかった。当たり前としか」
「ふーん。貴族も似たようなもんかもな」
まあ……親友のベッドの中は詮索しないでおこう。俺も聞かれても嫌だし。
「ティナはこんな俺を理解してくれてさ。忙しくなければ付き合ってくれる」
「へえ……いい歳になったがな」
「もう少しな」
ティナ気の毒に。この話しっぷりでは若い頃と変わらず襲われてるんだろう。こんな献身的な部分はあの子のバカなところ。嫌なら嫌ときっちり言えばいいのに。でもまあ……
今度料理長にティナの好きなフルーツの……オレンジかりんごのタルトをお茶の時間に用意させよう。でもティナは相手の心の隙間によく気がつくのは確かだな。
「でも加減してやれ」
「あー……出来たらな」
ティナ今頃畑かな?あのジジイどもと楽しんでるのか?ムカつくとかブツブツ。親父どもは来てねえだろ。みんな息子たちが先乗りしてるだけ。なに言ってんだか。
「俺の隣にいない事実が辛いだけ。分からんことは不安なのよ」
不貞腐れてお茶を口にする。いつからかサイラスは仮面のような笑顔を見せなくなった。その代わり幸せそうに笑うようになった分、不貞腐れた時は不貞腐れた顔になる。いいのか悪いのか分からんが、表情豊かにはなった。
「なんだよ」
「いいや。お前子供っぽくなったなと思ってさ」
「かもな。ティナが甘やかせてくれるから。我慢なんざいらねえんだ」
「ほう」
ここまで建設的な話しは一切なかったが、彼は落ち着いた。目に生気が戻ったように見えるな。気の置けない友との会話は薬か。お前は本当にかわいくなったもんだよ。俺は深呼吸をひとつ。
「そろそろ自分の部屋に帰れ。もう落ち着いたろ?」
「そうする。明日また来る」
「来なくていい。俺の研究が滞るだろ」
「冷たいなあイアン。ティナが帰るまで時々来るから」
「はあ?」
気取らなくていいのはお前だけ。優しくしてくれよって。ティナ以外はお前たちだけだから。臣下だろ優しくしろと立ち上がり、俺に指を指す。
「人に指をさすな!」
「アハハッ俺王様だから不遜でもいいんだよ。またな」
来た時の虚ろな感じはなくなり笑って出て行った。はあ……なんか疲れた。
「王様本当にティナ様しか見えてませんね」
「ああ。もう病的だな。ティナが哀れだ」
「……ちょっとなあ。俺もこの愛情は辛いかもですね」
部下と扉を見つめた……うん。
王様の噂は聞きましたが、本当なんだなあとここにサイラス様が来る度に感じます。ティナ様の前に婚約者に逃げられたのは、まあ仕方なかったのかな。彼らの感想はそうだった。だろうな。
「その前にティナ様もおかしいでしょ?」
「まあ。ティナはサイラスが初恋らしいから他の男を知らない。だから耐えられるんだろ。あいつが自分しかいないと思い込ませてるんだ。すごいよな」
「ウワッ……」
王様は、ティナ様の純粋さを好んだのかな?素直の塊みたいな人だからなあ。王様クソだなとひとりが小声でボソリ。俺もそう思う。サイラスは好かれる努力を今でも怠らないはず。真面目さを変な方に使ってるんだ。あーヤダヤダ。
「ティナはアレに騙されてる部分があるんだろうが、あれほど幸せそうにしてるんだから相性はいいんだろ。みんなもティナに手を貸してやれ」
「ええ。もっと親切にします……」
悪いやつじゃないんだが、好いた女への入れ込み方は異常だ。昔からぱっと見はいい男だったのに中身はこんな。愛情を与える分見返りも強く求める。困ったやつだよ本当に。俺がここで話してた内容をティナに話したら?
「俺も性格が悪いな。仕事しよ」
執務机の椅子に戻る。そしてティナが付箋を貼ってくれたページを開き確認。サイラスが去り静かになった執務室。部下の動く衣擦れの音だけになる。
「いい天気だな」
少し開いた窓から小鳥の鳴き声と、優しい暖かな風が吹き込みカーテンを揺らす。俺はなにもなかったように仕事の続きを始めた。
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