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#009 ツンデレ女神さまと個人レッスンしちゃった! 下

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「やめる? もうやめるの? 女神である私にここまでさせておいて……潔く諦めるの?」

 地べたに膝をついた俺は、自らの無力さゆえにこのまま徒労に終わってしまう恐怖を感じながら、ウェヌスの落胆したような声を感じ取る。
 このまま、俺はやめるのか?
 見た目に反して案外面倒見の良かったと判明したウェヌス。
 俺はそんな彼女に甘え続けて……どうするんだ?
 そもそも俺が目指している神ってなんだ?

 ここに来て、自らの安易な考え方が間違っていたんだと、そう思わされるように浮かび上がる数々の疑問。

「はぁ。結局あんたはその程度だった……そういうことね? なら、もう私は出ていくわ。後は好きにしなさい」

 心底呆れたような表情でため息を吐きながら、とうとう俺に見切りをつけたウェヌス。
 そんな彼女は踵を返して、メシアから出ていこうと遠ざかっていく。

 俺は見捨てられたんだ。
 いいや、俺がそうさせたんだ。
 生まれつき不幸なのは事実だが、俺はそのことを理由に自らの悲観した心を変えようとはしなかった。

 努力はしたさ。
 努力は楽しい。
 それは分かっている。
 無力ながらも、俺は己の限界まで這い上がって見せた。

 でも、俺はそのことをいつまで引きずるつもりなんだ?

 過去は過去だ。
 もう終わったことを思い出し、いつまでも過去の栄光に浸りながら自分を慰めているようでは到底変われない。

 俺はバカだ。
 そして全てを自分ではなく、運命のせいにしてきた。
 時には神を恨んだりもしたさ。

 ならいつ変わるんだ?
 いつ変われるんだ?

「……いいや、違うな」

 その時、先程まで続いていた足音がピタリと止まり。

「俺が変えてみせる」

 神がどういうものなのか……そんなものは成ってから分かるものだ。
 今ここで嘆いていては、何も始まらない。

「あら。諦めて地上界に帰る気になった?」

 俺がなけなし力を振り絞りながら、激痛の走る体躯を起こした時。
 もう今では、俺と目すら合わせようとしないウェヌスがそう一言。

 そして。


「俺は約束したんだ。その女の子を待たせていちゃ、顔向けが出来ねぇってもんだろ?」


 約束。
 俺は笑顔で、ただそう言った。


「へえ。じゃあその女の子の為にも……だね?」


「ああ」




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「今から私はあんたを殺す気で、全力でぶつかるわ」

 女神級に面倒見の良いやつだと判明したウェヌスが、先程俺が捨てた短剣を投げつけて忠告する。

「そう易々と神になれるだなんて、もう思っちゃいねぇ。命を引き換えに出来るぐらいの勇気と、覚悟が無ければなれるものもなれないってもんだ」

 もう覚悟はできている。
 たとえ死んでも……
 いいや、絶対に死ぬもんか。
 俺はまだやり残したことがたくさんあるんだ。

 それに、神になるのは俺の中での決定事項だ。

 暗闇の中で見つけたたった一つの答え。
 俺はそれを絶対に叶えて見せる。

「そ。話が早くて助かるわ」

 満足げな表情で、けれどもその奥には禍々しいほどの殺気が……今のウェヌスから感じられる。

 彼女も本気になってくれているという証拠だ。

 そして。

「――――」

 純白の四枚の羽根を広げたウェヌスが、無言の表情で目ではとらえられない程の速度を出して向かってくる。
 なんだか最初にメシアに来た時と同じ展開だな。

 もう失敗はしない。

「こちとら散々痛めつけられてきたんだ! そろそろ反撃させてもらうぜ!」

 俺には才能などという大それたものは無い。
 だけど、努力の方法は知っている。
 そして幼少期からの努力のおかげか、飲み込みは速い方だ。

「そ、そんなッ!」

 なけなしの身体能力を、決して高くない動体視力を……今までにない強固な集中力で最大限に発揮させた俺は。

 短剣一本で、渾身の一撃であろうウェヌスの拳をせき止めたのだ。

 だがもちろんこれだけでは終わらない。

 ウェヌスはそのまま上空へと上昇し。

「やるじゃない。でも、これで終わりにさせてもらうわ」

 遥か上空にてそう叫んだウェヌスが天に手をかざしながら。


「豊穣の女神ウェヌスが告げるわ。現れなさい“妖精たちの神話妖精たちの神話フェアリー・ミィス”」


 そう告げたウェヌスの右手には無数の光が現れるのと同時に、尋常でない威圧感を放つ長槍が形作られた。
 いや、女神の所持している槍だから“神槍”と言った方が的確なのかもしれない。

「さあて、死ぬ覚悟は出来た? 言っとくけど、死んで一分以内なら生き返らせることができる。でもね……」

「……でも、それじゃ結局何も変わらないと。そう言いたいわけだ?」

「ご名答。あんたなかなか分かってきたじゃない」

 確かに死んだらある条件下でのみ生き返らせる事が出来るということは、前にカルナから聞いている。
 だけど、結局は心の問題だ。
 死ねば当然、心に負の感情が少なからず湧くだろう。

 それじゃダメなんだ。

 そして。

「これで終わりにさせてもらうわッ!」

 俺の凡庸な目では到底とらえきれない、先程よりも随分と増した速度で神槍をこちらに向けながら。

 ウェヌスは一気に下降してくる。

 その凄まじいほどの速度はあまたもの空気を切り裂き、その空気それぞれが巨大な波動を生み出しながら天候の様子が荒れていく。

 そんなウェヌスの超絶技巧に、絶望的なまでの恐怖と。

「絶対に受け止めてみせるッ!!」

 自分でも信じられないくらいの、今までに味わったことのない興奮とが交差して。



 ――――。



 俺は決着の告げる音を感じ取った。


 そしてしばらくの沈黙を終えた後、先程の衝撃で反射的に閉じてしまっていたまぶたを開けて。


 俺とウェヌスは同時に、地面へと倒れ込んだのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「どう……? 調子は」

 全ての力を使い果たした俺は、ようやく意識を取り戻した。
 結果的にはウェヌスからの攻撃を受け止めただけということになったが、俺は満足している。

 そしてなぜか俺の頭上からウェヌスの綻んだような声が聞こえ、それと同時に耳元からも何やらと柔らかい感触が伝わり……。

「……って、ひ、ひざまくら!?」

 そう。
 あのツンツンとしていて、尊大な態度がゆえに決して他人には心を開きそうになかったウェヌスが。

 俺の頭上で、顔を真っ赤にしながら頭を撫でてくれているのである。

 な、なんだこの展開は!

「わ、私が膝枕してたら……そんなに変……かな?」

 か、かわいい!
 これが噂に聞くギャップ萌えというやつか!?

「いや、もうね女神だから。というか天使。もうどっちだっていいやあ」

「う、うぅ……」

 感情表現が苦手なウェヌスは、決してツンデレというわけではなさそうだ。
 普段はツンツンとしているが、押しには弱いと……。

 なにそれもう女神じゃん。

 事実、ウェヌスは女神ですねはい。

 そして、ウェヌスが恥ずかしながらも言葉を振り絞って。

「……み、認めるわ」

 お調子者な俺は茶化すようにして。

「えーきこえなかったー」

 するとウェヌスは、ポコポコと小さな握りこぶしを俺の頭へと着弾させる。

「ばかばかばかっ! 一度で聞き取りなさいよ!」

 そう涙交じりに言うウェヌスの傍ら、俺はこれほどまでに弱々しくも優しい暴力を受けたのは生まれて初めてだと、若干のにやけ顔を隠し切れずにいた。

 そして。

「……認めるわよ。あんたは合格。私が認めたの。今のあんたなら絶対に神様になれるわ。私が太鼓判押したげる」

 望んでいた答え。
 それを真正面から告げられ、俺は感極まって。

 ウェヌスに抱き着いた。

「俺は変われた。ウェヌス、お前のおかげでだ。弱い自分という殻から抜け出し、俺は今ここにいる」

 不意を突かれたウェヌスは、最初はもぞもぞと体を動かしていたものの。

 そのまま俺に身を任せるようにして。

「……そうね。でも変われたのはあんた自身の強さがあったから為せたこと。私は最初、あんたを見限ってしまったわ」

「気にしていないよ。そもそもあのゴミを見るかのような視線……あれに俺は救われたからさ!」

「あ、あんたね……」

 そして最後に。


「気にしてるのかは知らないけどその黒髪、とっても綺麗」

「えっ」

 幼少期から、俺は自身の黒髪のせいであらぬ偏見やとばっちりを受けてきた。
 そんな俺を、俺の両親だけは救ってくれたが。


「綺麗か……。なんだか泣きそうだ」


 人間という種族の愚かさや醜さ、その奥にあるほんの少し優しさに触れてきた俺だが、今ここに来て本物の優しさに巡り会えた。


「おおげさね。まあでも、今だけは受け止めてあげるから」


 徐々に天候が晴れ晴れと姿を戻していく中。

 慈しむように……いたわるように……女神ウェヌスは俺に祝福を与えてくれた。

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