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1章

1 . 天国も神もクソッタレだった。

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目が覚めた。そこは荷馬車の中だった。違和感に気付く。そう、荷馬車ではなく、トカゲのような生物が荷台を引いていて、それを馬を操るように運転手は手綱を引いていた。何が起きた?ここはどこだ?俺は何をしている?今は何年何月何日何時何分何秒でこの荷馬車…?はどこへ向かっている?
そもそも俺は死んだはずだ。ここは天国か?天国にしてはうってつけだろう。おだやかな風、雄大な自然を一望できる開けた平野。ここだけ見るとそうも思えてくる。しかしその感覚もすぐ現実へと引き戻された。目は冴えているし居心地の悪い荷馬車の床に自分の体重で押し付けられたケツの痛みもある。
おかしかった。俺は神を信じない。だがもし、もし存在するとしたら、神はクソッタレだ。俺を穏やかに死なせてくれもしないらしい。ここは天国でもなんでもなかった。
「あ…の…ここ…は…どこです…か…」
運転手に聞こうとするが声が掠れてうまく喋れなかった。
「んん?どうしたんだいお客さん。まぁずーっと眠ってたからなぁ。ほれ、もーすぐエルサンドラの街に着くよ。」
エルサンドラ?聞いた事のない地名だ。訳が分からない。よく見れば自分の服と装備はそのままみたいだ。そしてまた1つ気づいた。
背中の傷が癒えている。当然、指の傷も塞がっていて、跡すら残っていない。
どうなっているんだ…。
「ほい、到着だよ。そこの門兵にこの書類を渡して、通行証と滞在券をもらって東に行くと宿があるよ。お客さん、見た感じ服もボロっちいしお金もそんなに無いんだろう。1番安い宿だから安心するといい。まぁ、治安は保証しないけどな!がぁーっはっはっ!」
そう言って門の前でトカゲ車は去っていった。
金は渡さなくて良かったのだろうか。そもそも自分の持っている通貨はこの国でも使えるのか?それにどこか雰囲気がおかしい。なぜ門兵が鎧を着ている?中世ではあるまいし。いや、違う、まさか。そんなことはありえない…。
自分が別の世界に来たとでもいうのか…?
だがここで突っ立っていても何も変わらない。門兵に声をかけるしかないようだ。
「ここを通してくれ。街に行きたいんだ。」
「では、書類を」
言葉は通じているみたいだった。となれば文字も分かるはず。もらった通行証を取り出して見てみる。
「なんだ…この文字は…」
それはまるで考古学の文献や資料にでも載っていそうな字体だった。だか不思議な事に文字の意味が分かってしまう。奇妙だった。
「どうかしたのか?王国公認の荷車で移動してきた事を証明する書類がないと、ここは通せない決まりとなっているのでお引き取り願いたい。」
「いや、ある。あるぞ…。」
王国?王国だと?本当に俺が別の世界へ来たみたいな感覚がする。そう思いつつも書類を差し出した。門兵は俺の姿をじっと見つめた。まるで顔に何か付いているかのように。
「んん…?貴族ではないよな?それなのになぜスーツを?この王国へ来た目的は?」
「これは……」
「見たところこの王国の者ではないようだな…。他国からの渡航であれば、身体検査をするようになっている。手を広げて。そう。ではそのままじっとしていろ。」
そして門兵の手が腰まで来た時、門兵の顔つきは鋭くなった。
「ん…?これは…銃か?見ない形だな…。おい、お前なぜこんなものを身につけている。」
「これは護身用に。」
「護身用?変わった形をしているがこれは銃か?まぁいい。他国の奴らは変わった形の剣やら何やらと色々持ち込むからな。だが変な気は起こすなよ?」
「物騒なことをするつもりはない。」
「ふん。まぁいいだろうお前も組合(ギルド)へ行くつもりだろう?」
何だ?組合(ギルド)だと?この世界は、この国はどうなってるんだ。だが……ここはとりあえず話を合わせておこう。
「ああ、そうだ。組合(ギルド)へ行くつもりだ。」
「やはり他国の冒険者か。よし、抵抗の動きが見られない点を鑑みて通行証と滞在券を渡そう。しかし、貴様のその衣服と、見慣れない武器の所持により王国騎士団への報告はしておく。名前はなんという?」
「ジェイデン。ジェイデン・ウィルソンだ。」
「よし。再三言っておくが、変な気を起こしてこの国でクーデターなんか企ててみろ?貴様の命は無いものと思え。他国の奴らは信用には足らんからな。」
「ご丁寧にどうも…。」
こうして俺は街へ入る事が許された。だが先程の門兵が言っていた冒険者とはなんだ?俺は…本当に別の世界に来てしまったとでも言うのか…?
そして予感は、確信へと変わった。
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