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1章

3 : 第1回鉄拳制裁

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夜になり、宿主から呼ばれ1階の酒場へと食事をしに下りた。下は昼間よりも騒々しく、酔っ払い達が増えていた。食事を取っている間、宿主からこの世界について、金の入手方法を聞いた。この国はエルサンドラ王国といって人口はそこまで多くはないらしい。比較的穏やかな気候の土地にある小国だ。とても大きな街くらいの規模だという。この国では商人や貴族、冒険者や王国騎士など様々な職業がある。エルサンドラは穏やかな土地のため、他国から平穏を求める人間が来ることもそこまで珍しい訳ではないようだ。昼間の門兵も執拗に疑ってこなかったのも納得できる。自分もそう見えたのだろう。
ただこの辺りの地区は比較的治安が良くないらしく、強盗やスリなどが多発しているらしい。金の入手方法については俺のような人間は組合(ギルド)に加入し、冒険者として魔物を狩り、素材を集めるなどして生計を立てていくのが多いらしい。冒険者。くだらなく感じたが、一応身元をはっきりさせておかないと、後々面倒に巻き込まれるのはごめんだ。どうせ報告ももう行き渡ってるだろう。害が無いことを証明する良いきっかけだ。明日ここを去る前にギルドの場所を聞き、冒険者とやらになるための手続きをしよう。
食事を済ませ、上へ戻ろうとするとグラスが顔めがけて飛んできた。スピードは遅かったので躱すことは容易かった。
「おい、そこの若ぇにーちゃんよぉ、昼間から見ていたがお前この辺のやつじゃねえんだろ?俺は自分のお気に入りの場所でスカして自分の場所のように振る舞うクソみてぇな奴が嫌いなんだよ。」
昼間の酔っ払いだった。それに俺は29だ。言うほど若くはないのに何をいってるんだコイツは。面倒事は避けたいのでここは冷静に対応してやる事にした。
「だからといってアンタだけの場所でもないだろう。金ならやるから今日は見逃してくれないか。明日にはすぐ消える。頼む。」
どうだ…?これで丸く収まるといいが…。
「そういうスカした所が気に食わねぇっつってんだろぉがぁ!あぁ!?コラァ!!」
失敗。この手のタイプは話が通じない上痛い目を見ても分かるかどうかだ。仕方がない。得体の知れない世界の得体の知れない相手だが、人間だ。"仕事のやり方"なら分かっている。
「死ねオラァ!!!」
怒号と共に大振りで酒瓶を振るう男。その手を右手で受け空いた脇腹に裏拳でボディを打つ。
「オ"ゥッ…!」
男が情けない声を上げ怯んだ隙に間合いを詰めて顎に肘打ち、酒瓶を奪い取りそのままの勢いを使いクリンチで首を取る。膝蹴りを腹部に食らわせたらガラ空きの後頭部に酒瓶を叩きつける。
けたたましく割れるガラスの音と共に、酔っ払いの男はそのまま崩れ落ち、伸びきった。小便の匂いと酒の匂いでむせそうだ。ほんの一瞬の出来事に周りの客も静まり返った。
「オイ、お前さんやりすぎだぞ…」
宿主も若干引き気味に言葉を零した。俺だってこうしたくはなかった。だがやられる訳にもいかない。あくまでもふっかけてきたのは向こうだ。
「すまない…。俺はもう寝る。明日の朝にはここを出るさ。」
そう言って俺はその場を後にした。
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