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見えない自転車
しおりを挟む「見えない自転車」
「この辺のT字路さ、変な噂を聞いたんだよね?」
放課後の帰り道、友達は何気なく切り出した。
「どういう?」と友達が首をかしげる。
「いや、誰も乗ってないのに自転車がスーッと走ってくんだよ。ハンドルもペダルも、勝手に動いてんの」
俺は笑い飛ばした。「お前、それ見間違いだろ。風とかさ」
「風でチャリが走るかよ」
そんなくだらない話をしながら別れた夜。
数日後、俺は一人で、例のT字路に差しかかった。
――そのときだ。
隣に、誰かが並んで歩いている気配がした。
ちらりと横を見ると、そこには女がいた。
やせ細った体、だらしなく垂れた長い髪。そのせいで鼻や口が見えない。服は濡れているように重たげだった。
何より怖かったのは、その女が俺にぴったり合わせて並走していたことだ。
「……ッ」
思わず足を速めると、女も同じ速度でついてくる。すると、こちらを覗き込んで何かを言っている。長い髪の間から、真っ赤な目ん玉が見えて、身震いした。何を言っているのか分からなかったので、よく耳を澄ませる。
「やっとだ」
ぼそりと、低い声が耳元で響いた。
「やっと、貴方には私が見えてるんだね」
心臓が飛び出しそうになった。叫ぼうとした瞬間、視界が白くにじみ――
気がつけば、アスファルトに倒れていた。数分は経っていたらしい。
「おい、何してんだよ!」
声をかけてきたのは、友達だった。偶然、通りかかったらしい。
俺は息を切らしながら立ち上がる。言い訳を探していると、友達がふと前方を指差した。
「なあ……今、見たか? 誰も乗ってないのに自転車が通り過ぎてった」
背筋が凍りつく。
それは、俺が話した“例の自転車”そのものだった。
そして理解した。
さっきの女――あれが、自転車の正体だ。
女は今も、きっとこの道を走り続けているんだろう。誰かに「見える」のを、ずっと待ちながら。
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