コトリの黒目

新入社員

新入社員１－１

小説を読む最大の利点は、語彙力が最も効果的に伸びる所だ。
出来る事なら上司や業務仲間の好きなジャンルのニュースも小まめにチェックしたい所だ。
相手との会話がスムースになる。好きなジャンルの専門用語は殊更日常会話に無意識の内に引用される事が多い、その時分かっていると相手が何が言いたいのか躓かなくて済むからだ。
聞きかじった程度の単語を無理に使うとむしろ反感を買いかねないのでその辺は頑張る必要は無い。
午後の日差しに思考を焼かれそうになりながら、上野　銀うえの　ぎん28歳は溶ける思考をカフェインドリンクで叩き直しながら書類作成に精を出していた。
銀は、どこにでもいる日本の社会人だ。
特別な所は何もない、普通に多少のトラブルを抱えた家庭で育ち、奨学金で大学を何とか出て、その為にあと数年は会社の給料のほとんどを奨学金返済に充てないといけない、本当に、人ごみに石を投げたら人に当たるのと同じくらいどこにでもいるサラリーマンだった。
（趣味が読書で良かった。欲張らなければそんなに金がかからない）
秋とは言え、季節が殆ど影響しないオフィスの中で浴びる日差しは猛烈に熱い、もう一カ月も過ぎれば雪が降っても驚かない季節になると言うのに、銀はオフィスで浴びる日差しで日焼けしそうだった。
「熱いならブラインドおろせば良いのに」
不愛想で有名な庶務のおばちゃん中島美恵子（40歳独身）がトコトコと歩いてきてブラインドのヒモに手をかけつつ言った。
「いや・・・その」
銀はブラインドのおろし方を知らなかった。
口ごもった銀を見て、中島は銀がブラインドの扱い方が分からないのを察したのか、胡乱な物を見る目で銀を見て、
「何年目だよダサ」
っと言ってブラインドを下げて去って行った。