嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ

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出会い編

7, カペラ座の住人

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馬車はひっそりと石畳を走り、僕がいた劇団カペラ座の宿舎前で止まった。

籠から降りると、玄関に懐かしい顔がある。

「ガロ座長!」

夜なのに思わず声を上げてしまった。
ボサボサの茶色い巻き毛を後ろで束ねて、顎には無精髭。
眠そうなタレ目の下には不健康そうな隈。
なのに体型だけは無駄にすっきりと綺麗。
1年前に見た時と変わらない姿に嬉しくなって。

「ルネ!」

呼ばれると同時に抱きつくと向こうも僕の背中をポンポン叩いてくれる。
物音で分かったのか、玄関ドアが開いて座長の奥さんと娘さんが出てきてくれた。

「ルネちゃんだぁ!ママ!ルネちゃんだよ!」

「アリスちゃんただいま!」

座長から離れ、娘のアリスを抱き上げてほっぺにチューする。

「ルネ君おかえり。ほら、中入りましょ。そんな薄着して冷えちゃうわ。ショコラ用意してあるから。」

奥さんのエリゼさんが背中に手を回して促してくれた。

「はい!」

「あー寒。エリゼ、ワインあっためて。」

座長が腕をさすりながら言う。

「自分でやんな。あんたは勝手に外出てたんでしょ。」

久々のやりとりを聴きながら、あ、と思って振り返ったら馬車はもう走り出すところだった。

「ジルバルドさん!!お世話になりました!」

慌てて馬車の後ろ姿に鍛え上げた発声で告げる。
馬車の窓から突き出した手がヒラヒラと揺れるのを街灯が照らした。

「おまっ、バカルネ声がでか……」

「ルネじゃないか!どうしたんだお前!!王宮にいなくていいのか!?」

「ルネだ!みんなぁ!ルネがいるよ!!」

騒ぎすぎたのか、様子を見にホールに出てきた座員達が僕を見て声を上げた。
その声を聞いた他の座員がさらに出てきて、玄関ホールがたちまちぎゅうぎゅうになる。

それを見たエリゼさんが慌てて僕たちを外から玄関ホールに押し込み扉を閉めた。

「ったくお前ら散れ散れ!五月蠅くしたら近所迷惑だろうが!次こそあの強欲大家に追い出されるぞ。」

「ガロ!あんたまさかルネが帰ってくるって知ってて黙ってたんじゃねーのか!?」

「ったりめぇだろ知らせたらこうなんだから!」

「酷いわ出迎え独り占めして!」

「そうだそうだ!」

うわぁ。さらに騒ぎが大きくなりそうだ。

「みんな!」

僕が言うとシンと場が静まった。

「あの、せっかく公式愛妾になれたんだけど、エドヴァル皇帝に愛想つかされて追放されました。勝手に劇団を辞めといて虫がいいのは分かってる。けど、またここに住ませて下さい。」

手を組んでお願いのポーズを取る。

「そんなの当たり前だよな。」

「皇帝のお相手なんてお前にゃ役不足だっての。」

「そうね。ルネが抜けた後の公演ボロボロで。このままじゃ座の存続も危なかったから帰ってきてくれて助かるわよ。」

「ルネが抜けたの気にせず座長がバカみたいにこだわってお金かけた新作が大赤字。」

「今ここの家賃3ヶ月滞納してるの。」

「そ。別に騒がなくても追い出される。」

「てめぇら自分の実力不足棚に上げて俺の悪口言うんじゃねえ!」

みんなの暖かさにジンとくる。
計画が漏れるわけにいかないから、みんなにはすぐに帰ってくる前提の出仕だって言えなかった。
だから、突然辞めたことすごい迷惑だったろうに……。

「みんなありがとう。僕、またここでお芝居したい。」

みんな笑って頷いてくれる。
よかった……。

「おい待て。戻んのが決まった空気になってるが再入団を認めるか判断すんのは俺だ。」

座長の言葉にドキッとする。

「みんな優しいから何も言わねぇけど、俺は言わせてもらう。」

「ガロ座長……」

「ルネ、お前言ったよな。皇帝の所に行けば大事な何かが見つかる気がするって。だからみんな、お前を送り出したんだ。で、見つかったか?」

僕は首を横に振った。
エドヴァル様と出会った時、すごく惹かれるものを感じた。
僕は僕に欠けた何かに辿り着くと思った。
けど、結局何も変わらずこうしてまたここにいる。

「そんなんで、またここでやってけんのか?」

「……やれる。いや、やるよ。僕はまたお芝居がしたい。」

胸の片隅に残るもやもやを誤魔化すように言った。

「……。その言葉忘れんなよ。次はないからな。」

「うん。わかってる。」

僕の返事を聞いた座長はパンと手を合わせた。

「よし!じゃあ明日はノクフォル商会に融資の相談に行くぞ。お前も来い。あそこのウォルツ会長はお前の大ファンだからな。」

「じゃあ……」

座長がニヤリと笑う

「おかえりルネ。皇帝がお前を追い出してくれて何よりだよ。」

玄関にいたみんなもわっと騒ぎ出した。

「おかえりルネ!」

「これで次の公演は安泰だな!」

「本当に皇帝がお前を手放してくれてよかった!」

「そうだな!見る目の無い皇帝に感謝だ!」

「見る目の無い皇帝陛下万歳!!」

「見る目の無い皇帝陛下万歳!!」

たちまち万歳合唱がはじまる。

「お前らだからうるさいって!……あーもう分かったよ。酒だ!どうせ家賃はまた払えるようになるからな。前祝いだ!!」

そうして間も無く怒鳴り込んできた大家さんも巻き込んで、その夜は一晩中みんなで飲み明かした。
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