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馬車を引かせていた馬に乗ってひたすら駆け、夜が明ける前にトーリアの城に戻った。

そのままハルの書斎で揃えた資料を荷物に詰め王都に向かう準備をする。
もたもたしていたら公爵がどんな邪魔をしてくるかわからないから、準備ができたらすぐ発つことにした。

思えば、あんな甘言に乗るべきじゃなかった。
もしあの変態の言う通りにしていたら、今度はそれを脅しの材料に奴はハルに手を出していたかもしれない。
そう考えるとゾッとした。

「アモル様、こちらも証拠に追加いたしましす。」

ハルが公爵家の封蝋が付いた手紙の束をくれた。

「これは?」

「公爵の屋敷で入手しました。王弟の公爵宛の書簡です。2人が内通している証拠になるかと。」

「いつの間に……」

「これを探している際に、公爵が見当たらないのでおかしいと思いアモル様のお部屋を見に参ったのです。決して覗きをしようとしたわけではございません。よろしいですね?」

「あ、うん。本当にありがとう助けてくれて。」

少し早口でよくわからない弁明をするハルに頷いて書簡も袋に詰める。

「それと、アモル様に告白せねばならないことがございます。」

そう言うと、ハルは鍵付きの棚を開け、隅にある小箱を取り出した。
中を開けて見せてくれる。小瓶入りの軟膏のようなものが入っていた。瓶の蓋には蝋で封がしてある。

「これは?」

「リー姫より受け継いでおります、どんな傷も治る秘薬です。」

「え……でも、もう無いって……」

「貴方に嘘をつきました。誠に申し訳ございません。」

ハルが辛そうな顔で言った。こんな顔初めて見る。

「どう……して……?」

「この僅かな量であらゆる人を救う事は出来ません。ですから、我が一族もこれを使う事は禁忌としてきました。……しかし、私は禁を破ります。」

ハルは小瓶を手に取り、手で蝋を割って剥がした。眼帯を外すと綺麗な肌に走る引き攣れた傷跡が現れる。
そこに軟膏を指で掬って満遍なく塗りつけた。

すると驚くことに、くすんで盛り上がっていた肌がみるみる透き通るような血色になり、滑らかになっていった。そして傷跡が塞ぐように閉じていたまぶたの縁に、長い睫毛が生えそろっていく。

息を飲んで見つめていると、とうとう瞼がゆっくり開いた。

そこには、8年前と変わらない夜を溶かしたような瞳があった。
今見たものが信じられない。
けど、本当にハルの瞳は元どおりになっていた。

「ハルっ……」

思わず背伸びをしてハルに抱きつく。

「ごめんね、僕のために。使っちゃいけない薬なのに。」

「いえ、私こそ、黙って治せばよいものを押し付けがましくお伝えしてしまい申し訳ありません。」

「ううん、話してくれてありがとう。」

顔を上げ、治ったばかりのハルの眼に手を伸ばす。目尻を撫でると、ハルは気持ちよさそうに少し目を細めた。
そのまま頬をたどって柔らかい唇をなぞるように指の腹で撫でる。

「……アモル様。僭越ながら、あまり触れないでください。昼間のように我慢できず無礼を働いてしまいます。」

「それは、キス……した事?」

「はい。」

「ハルとまたキスしたいな。」

思わず呟くと、顎を持ち上げられた。直ぐにハルの唇が降ってくる。
自分からも押し付けるようにハルに向かって体を伸ばした。

しばらくお互いの感触を味わった後、唇がゆっくり離れる。

「アモル様……」

「うん?」

「そろそろ、ご出発頂かないと。」

「……うん。」

ハルは公爵と総督の陣営の監視として残り、僕は別の護衛を伴って王都へと出発した。
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