山姥はおこだよ

春秋花壇

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初詣にて

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「あけましておめでとうございます」

「明けましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

今日は一月一日。

元旦。

上条大地さんと明治神宮へ初詣に行く約束をしている。

「かわいいね」

「ありがとう」

「その着物、変わってるね」

「でしょう。とっても気に入ってるの。

モダンなデザインに古典柄の花。

銘仙のような生地。

大正ロマンぽい、素敵なお着物。

髪も、アップではなくお下げにリボンを飾るという

ユニークな装い。

韓紅(からくれない)の色が何とも愛らしかった。

達也に喜んでもらいたくて、大地さんに写真を撮ってもらった。

香水は資生堂すずろにした。

大地さんがハイヤーを呼んでくださった。

タクシーではなくて、ハイヤー。

「食事は、お節がわたしのマンションに用意してあるからね、

お参りがすんだら、うちにおいで」

「はい」

彼のマンションには今までも何度かいったことがあった。

遊が今住んでいるアパートのすぐそばの高層マンション。

遊が高所恐怖症なので、マンションを売却し、

下の庭付きに引っ越したという。

人というものは、とっても不思議なもので、

シーソーゲームみたいなところがある。

達也と一緒になるよりは、経済的にも、

優しさや女性問題がないことを考えても

一目瞭然。

が、しかーし、遊はやっぱり達也が好きだった。

明治神宮は、森の中の社といったたたずまい。

第122代天皇の明治天皇と昭憲皇太后がまつってある。

22万坪(約73ヘクタール)に及ぶ広大な神域は、まさに都会のオアシス。

ごったがえす人の波をかきわけ、お参りを済ませ、やっとのことで

今日の目的地である教育勅語を書写する場所に着いた。


朕(ちん)惟フニ(おもうに)我カ(わが)皇祖皇宗(こうそ こうそう)國ヲ(くにを)肇ムルコト(はじむること)宏遠ニ(こうえんに)德ヲ樹ツルコト(たつること)深厚ナリ(しんこうなり)
我カ(わが)臣民(しんみん)克ク(よく)忠ニ(ちゅうに)克ク(よく)孝ニ(こうに)億兆(おくちょう)心ヲ一ニシテ(しんをいつにして)世世(よよ)厥ノ(その)美ヲ(びを)濟セルハ(なせるは)此レ(これ)我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ敎育ノ淵源(えんげん)亦(また)實ニ(じつに)此ニ(ここに)存ス(ぞんす)
爾(なんじ)臣民(しんみん)父母ニ孝ニ(ふぼに こうに)兄弟ニ友ニ(けいていに ゆうに)夫婦相和シ(ふうふ あいわし)朋友相信シ(ほうゆう あいしんじ)恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ博愛(はくあい)衆(しゅう)ニ及(およ)ホシ學(がく)ヲ修(おさ)メ業(しゅう)ヲ習(なら)ヒ以(もっ)テ智能(ちのう)ヲ啓發(けいはつ)シ德器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ進(すすん)テ公益(こうえき)ヲ廣(ひろ)メ世務(せむ/せいむ)ヲ開(ひら)キ 常(つね)ニ國憲(こっけん)ヲ重(じゅう)シ國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ一旦緩急(いったんかんきゅう)アレハ義勇公(ぎゆうこう)ニ奉(ほう)シ以(もっ)テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘシ
是ノ如キハ(このごときは)獨リ(ひとり)朕(ちん)カ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラス又(また)以テ(もって)爾(なんじ)祖先(そせん)ノ遺風(いふう)ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足ラン

斯ノ(この)道ハ實ニ(じつに)我カ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ子孫臣民ノ倶ニ(ともに)遵守スヘキ(じゅんしゅすべき)所(ところ)
之ヲ古今ニ通シテ謬(あやま)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス(もとらず)朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺(けんけんふくよう)シテ咸(みな)其德ヲ(そのとくを)一ニセンコトヲ庶幾フ(こいねがう)

明治二十三年十月三十日
御名御璽(ぎょめい ぎょじ)

これを丸暗記しているおじいちゃんおばあちゃん、多いよね。

昔の人、濫読ではなく、ひとつのものをじっくり読み、書き写し、

覚え、生活に適応する。

すばらしい感覚ですよね。

物を大切にする。

底深く流れている愛のようなものを感じます。

ここにこれてよかった。

「ありがとう。大地さん」

「わたしも一緒にこれてよかった」

この人と一緒になったら、多分、とっても大切にしてもらえるんだろうな

と思うのだけど、別にお金に困ってるわけじゃないし、

だからといって、達也さんと結婚したいわけでもない。

達也さんに心引かれているのは確かなんだけど。

実際にあったことがないって、こんな雲を掴むような感覚なのかしら。

でも、彼を好きな彼女は新しいブログまで立ち上げて、

彼の小説の感想を書き始めた。

ブログはツイッターと違って、同じ記事を一日に何回も入れられるわけじゃないから、

宣伝効果としてはどうなのかな。

ツイッターは、やろうと思えば、タイムラインに載るように

一日1000ツイートだってできる。

そこまでする元気はなかったけど。

結局、なんだかんだいって、まだ気にしている自分が悲しい。

いいの、今を楽しもう。

想いを変えて、まっすぐに前を見た。

「帰ろうか」

「はい」

「もう一度写真とってもいい?」

「はい」

「ほんとにまばゆいくらいに可愛い」

「ずーと一緒に暮らせたらいいのにな」

あらら、さりげなく告白されてしまいました。

下を向いて、何もいわないでもじもじしていると、

「返事は急がなくていいよ」

「はい」

ああ、なんでこうなるかな。

これが、達也さんならいいのに。

やっぱり、そう思ってしまうのです。

どこからか、風が吹いてきます。

柔らかに甘酒のにおいがします。

「あ、あれ、飲みたいです」

「甘酒?」

「はい」

「待ってて、買ってくる」

「はい」

紙のコップに入ったほんのり甘い甘酒。

麹のにおいがして、優しい気持ちになれる。

中の粒粒も、どろっとした感じもすきだ。

「すきなの?」

「美人になれるらしいですよ」

「へー」

麹とは米や麦、豆等に「コウジカビ」と呼ばれる一群の糸状菌を生育させたものであり、コウジカビが体外に分泌した酵素によりデンプン、タンパク質、脂肪などを非常に高い効率で低分子化することが出来る。

スマホで検索して、お互いに納得した。

「ほんとだ。よく知ってるね」

「うふふ」

「屋台好きなんです」

「楽しいよね」

「はい」

子供っぽくて、お行儀悪いかもしれないけど、好きは好き。

皆さんはいかがですか?

それにしても、好きじゃない人に告白されても

こんなにそばにいてもどきどきしないんですね。

ときめきって不思議。







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