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「まさか、この非常時に逢いに来るとは思わなかったよ」

「うふふ、逢いたかったから」

「それにしても……」

あなたはびっくりした顔で私を見てる。

「どう?想像と違った?」

髪は美容室で、行方不明というスタイルに結ってもらった。

鼈甲のあやめのかんざしがさしてある。

着物は、光沢のない白地に墨絵で十二単の後ろ姿が描かれている。

帯もおそろいで作ったものだった。

5月はまだ、合わせの時期なんだが、

この日にあわせて、単にあつらえた。

染物やさんに頼んでわざわざ描いてもらったものだった。

白なので汚れやすいけど、上品で雅やかに仕上がっていた。

お気に入りの一品だった。

帯揚げ、帯締めは淡い水色。

半襟はもっと淡い白藍だった。

「声が出ないほど綺麗だね」

「ありがとう」

達也さんをびっくりさせたくて、

みるくの誕生日にあわせて北海道に来てしまった。

だって、去年約束したのに新型の感染症で

キャンセルになりそうだったから。

章月グランドホテルを予約してある。

せっかく達也さんに逢えたのに、

吐き気がするほど頭痛がひどかった。

みるくは、最近、記憶が年中なくなる。

みるくの人格自体、もともと解離してできたものではなく、

達也さんとオンラインゲームで遊んでいて、

いついてしまったものだった。

だから、いつ消えても不思議ではないのだが……。

でも、主人格が受け入れられないほどのショックを

別人格が担うという点では、

みるくは十分に達也さんに精錬されたと思う。

7度もメールの着信拒否をされ、

その度にメルアドを作り、

声も出なくなり、大きな胃潰瘍まで出来ていた。

それほど、彼の女性関係はショックだった。

しかも、リアルで一度も会ったことがないのに

彼の取り巻きは強力だった。

皆さん、男性経験がないらしく、

自称処女ということである。

年齢も30才過ぎで、信じられないような状況だった。

みるくはいいい加減、この状態に終止符を打ちたかった。

達也さんが小説を書かないなら、

または書けないならもっとやる気のある人たちを重視したいし、

交わっていきたかった。

いくら大好きでも、ゲームばかりしていて、

一緒にゲームでも遊ぶことが出来ない人に

いつまでも執着している自分がいやだったのである。

23歳は女の花盛りだと思っている。

ガーデニングのお花達も同じだが、

いつまでも美しくいられるわけではない。

年を取り、皺ができ、盛りを失っていくのだ。

それは悲しいけど、生命の営みなのだろう。

札幌、曇り。気温12度。湿度80パーセント。


え?達也さんの第一印象?

達也さん35歳。

アトピーのせいなのか肌のつやが少し気になる。

うーん、逢い見ての後の心にくらぶれば

さて、これから何日間か、達也さん、みるくをどう扱うのかしら。

とっても楽しみ。わくわく。どきどき。


となるはずだったのだが、

『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』

電話をしても、連絡が取れません。

どうしたのかな?

꒰* ॢꈍ◡ꈍ ॢ꒱.*˚‧

悪夢でも見ているのかと思うほど

去年と同じ状態。

連絡が取れない。

どうしたのかな?

なにかあったのかな?

電話も、Skypeも、LINEもメールも返事がない。

要するに、これ程通信機器が発達しても

使っている人が変わらない限り

同じ状況が延々と繰り返されると言う事なのだろうか。

もしも、突然札幌に行く気になっても

やっぱり今年も会えないと言う事なのだろう。

「逢いにこいよ」

何度もそう言ってくれていたのに。

「愛に恋よ」

きゃ♪
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