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創作
ヘカテの灯、ざまぁの夜に
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『ヘカテの灯、ざまぁの夜に』
夜の帳が静かに神殿を包んでいた。オリュンポスから遠く離れた、この辺境の神殿に、神々の視線は届かない。けれど、その闇の深さゆえに、人は時に神に祈り、そして、神は人の声を見下ろす。
「またお前か。よほど私にすがりたいらしいな」
神殿の奥、玉座に座るのは輝神レイオス。かつて太陽神アポロンの末子として神々の宴に連なった若き神だ。だがその傲慢さゆえに、今は片田舎の小神殿に左遷されている。
「わたしの子が病んでおります。どうか、どうか、お力を……」
祈る村人の女は、膝をつき、額を床にこすりつけた。額から滲む血のにおいが、石床に湿り気を帯びて染みこむ。冷たい石の感触が、その祈りの必死さを物語っていた。
だがレイオスは、鼻で笑った。
「ほう……その子は、生まれてどれほどだ?」
「七つでございます。もう、食も細く……目も虚ろで……」
「それなら、そろそろ冥界の舟に乗る時だな。ヘルメスにでも頼んでおけ。私には退屈な命に構っている暇はない」
雷鳴が、どこか遠くで鳴った。女の表情が凍りつき、やがて悲鳴にもならぬ吐息をもらして崩れ落ちる。
レイオスは退屈そうに立ち上がり、神殿の外へと歩き出した。夜の空気は冷え、草の匂いに混じって、遠くの焚き火の煙が風に乗って漂う。その香りさえ、彼には下賤なものに感じられた。
「まったく、こんな辺境で神をやるなど――」
その瞬間、空気が凍りついた。
真夜中、月も隠れる無月の闇の中、黒い衣をまとった女が、音もなく現れた。彼女の名はヘカテ。夜と魔術、そして報いの女神。
「それは、お前の“ざまぁ”を受け取りに来た者への態度か?」
ヘカテの声は冷たく、耳の奥を鋭く刺した。レイオスが背筋を強張らせる。過去にヘカテに媚びたことはなかった。だからこそ、何故この夜に彼女が現れたのか、理解できなかった。
「……私は、何も……」
「何もしていない? その通り。何もしていない。それこそが、お前の罪だ」
夜風が突如として渦を巻き、神殿のまわりを旋回する。古木が軋み、石柱が軋む音が響く。五感が乱され、視界すらも霞み始める。
レイオスは思わず膝をついた。皮膚が焼けるように痛む。それは、かつて自分が焼き払った民の村の業火に似ていた。背中に重くのしかかるのは、かつて奴隷にさせた者たちの怨嗟だった。
「ざまぁみろ、と人は言う」
ヘカテの目が、炎のように揺れる。
「お前は人を見下ろしてきた。無力と笑い、願いを踏みにじった。だがその声が、夜ごと、私の耳に届いている。……ならば、夜の女神として応えよう。ざまぁの報いを受けよ」
次の瞬間、世界が暗転した。
目が見えない。
音も聞こえない。
ただ、無限の苦しみが五感を支配する。水に沈められたような息苦しさ、焼ける喉、凍える骨、引き裂かれる心。
彼は、永遠に届かぬ祈りの叫びを繰り返すこととなった。
――それが、夜のヘカテが下した罰。
――ざまぁ、という一言の重みが、永劫の呪いとなって降りかかった。
*
それから幾星霜。
同じ神殿に、新たな神が降り立った。それは、かつて病を癒された女の子――イリスが、女神となった姿だった。彼女の手には、ヘカテから託された“灯火”があった。
「この灯は、すべての痛みを見てきた証。人の祈りに、ちゃんと応えられるように」
イリスは穏やかな微笑みを湛え、神殿に住むようになった。
そして今夜も――。
ざまぁを受けた者の影の下で、新しい癒しの光が、静かに灯り続けている。
夜の帳が静かに神殿を包んでいた。オリュンポスから遠く離れた、この辺境の神殿に、神々の視線は届かない。けれど、その闇の深さゆえに、人は時に神に祈り、そして、神は人の声を見下ろす。
「またお前か。よほど私にすがりたいらしいな」
神殿の奥、玉座に座るのは輝神レイオス。かつて太陽神アポロンの末子として神々の宴に連なった若き神だ。だがその傲慢さゆえに、今は片田舎の小神殿に左遷されている。
「わたしの子が病んでおります。どうか、どうか、お力を……」
祈る村人の女は、膝をつき、額を床にこすりつけた。額から滲む血のにおいが、石床に湿り気を帯びて染みこむ。冷たい石の感触が、その祈りの必死さを物語っていた。
だがレイオスは、鼻で笑った。
「ほう……その子は、生まれてどれほどだ?」
「七つでございます。もう、食も細く……目も虚ろで……」
「それなら、そろそろ冥界の舟に乗る時だな。ヘルメスにでも頼んでおけ。私には退屈な命に構っている暇はない」
雷鳴が、どこか遠くで鳴った。女の表情が凍りつき、やがて悲鳴にもならぬ吐息をもらして崩れ落ちる。
レイオスは退屈そうに立ち上がり、神殿の外へと歩き出した。夜の空気は冷え、草の匂いに混じって、遠くの焚き火の煙が風に乗って漂う。その香りさえ、彼には下賤なものに感じられた。
「まったく、こんな辺境で神をやるなど――」
その瞬間、空気が凍りついた。
真夜中、月も隠れる無月の闇の中、黒い衣をまとった女が、音もなく現れた。彼女の名はヘカテ。夜と魔術、そして報いの女神。
「それは、お前の“ざまぁ”を受け取りに来た者への態度か?」
ヘカテの声は冷たく、耳の奥を鋭く刺した。レイオスが背筋を強張らせる。過去にヘカテに媚びたことはなかった。だからこそ、何故この夜に彼女が現れたのか、理解できなかった。
「……私は、何も……」
「何もしていない? その通り。何もしていない。それこそが、お前の罪だ」
夜風が突如として渦を巻き、神殿のまわりを旋回する。古木が軋み、石柱が軋む音が響く。五感が乱され、視界すらも霞み始める。
レイオスは思わず膝をついた。皮膚が焼けるように痛む。それは、かつて自分が焼き払った民の村の業火に似ていた。背中に重くのしかかるのは、かつて奴隷にさせた者たちの怨嗟だった。
「ざまぁみろ、と人は言う」
ヘカテの目が、炎のように揺れる。
「お前は人を見下ろしてきた。無力と笑い、願いを踏みにじった。だがその声が、夜ごと、私の耳に届いている。……ならば、夜の女神として応えよう。ざまぁの報いを受けよ」
次の瞬間、世界が暗転した。
目が見えない。
音も聞こえない。
ただ、無限の苦しみが五感を支配する。水に沈められたような息苦しさ、焼ける喉、凍える骨、引き裂かれる心。
彼は、永遠に届かぬ祈りの叫びを繰り返すこととなった。
――それが、夜のヘカテが下した罰。
――ざまぁ、という一言の重みが、永劫の呪いとなって降りかかった。
*
それから幾星霜。
同じ神殿に、新たな神が降り立った。それは、かつて病を癒された女の子――イリスが、女神となった姿だった。彼女の手には、ヘカテから託された“灯火”があった。
「この灯は、すべての痛みを見てきた証。人の祈りに、ちゃんと応えられるように」
イリスは穏やかな微笑みを湛え、神殿に住むようになった。
そして今夜も――。
ざまぁを受けた者の影の下で、新しい癒しの光が、静かに灯り続けている。
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