ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

「オリュンポスの影」

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「オリュンポスの影」

夕闇がオリュンポスの城壁に落ちる。赤紫の光が石の階段を染め、風に運ばれた松脂の香りが鼻をくすぐる。
「……今日も遅いな、アレクシス」
低い声が闇に響く。シリウスは階段の陰に立ち、息を潜めていた。冷たい夜風に髪が揺れる。

「俺に用か?」アレクシスは振り返り、鋭い青い瞳でシリウスを捉えた。
「用なんて……いつもお前が俺の目の前で悪さをするからだ」
「悪さ? 神の血を引く俺の振る舞いを、悪だと?」アレクシスは嘲るように笑った。
「ふん……嘲笑うのは得意だな。けど、俺の前ではやめろ」シリウスの声は低く震え、胸が高鳴る。

二人は城の中庭に出た。石畳に月光が反射し、銀色に輝く。アレクシスの手が、夜風に揺れるマントの端を掴む。
「……お前、いつも俺の動きを見てるのか?」
「……当たり前だ。お前のせいで、夜も眠れない」
その言葉に、アレクシスの唇がわずかに歪む。冷たい月光に照らされ、鋭い顔立ちが一層妖しく映る。

「……俺を追いかけるだけじゃ飽き足らないのか?」アレクシスは近づき、息がシリウスの耳にかかる。松の香りと夜の湿気が混ざり、肌にまとわりつく。
「……飽きるわけないだろ。お前のことなんて、ずっと……」シリウスの言葉はそこで途切れた。手が自然にアレクシスの胸に触れる。柔らかく、温かい体に心が震える。

「……ずっと、何?」アレクシスは舌先で微かに唇を噛み、目を細める。
「……好きだ」声が震える。夜風が二人の間を吹き抜け、葉のざわめきが二人の鼓動と重なる。
「ふふ……やっと言ったな」アレクシスの指先がシリウスの顎をなぞる。冷たい指先だが、熱を帯びた感触が伝わる。
「……俺はお前を、許せないくらい憎い……でも、同じくらい求めてる」

アレクシスはその言葉を聞き、笑みを浮かべたままシリウスを抱き寄せる。衣擦れの音、胸の鼓動、互いの息遣い。夜の空気が二人の間で震える。
「俺もだ……憎いほど、惹かれる」アレクシスの手がシリウスの背中を撫で、指先が震える。

月光が二人の影を長く伸ばす。城壁の冷たさ、石畳のざらりとした感触、夜の静寂に混じる微かな松の香り。全てが二人を包み、互いの存在を際立たせる。

「……お前は、俺にとって……」シリウスは言葉を探す。
「……俺の全てだろ?」アレクシスが低く囁き、唇を重ねる。柔らかさと熱、そして甘い苦味。唇が触れるたびに、胸の奥で何かが弾ける。
「……ああ……」シリウスは思わず声を漏らす。体温と息遣いが交わり、闇に包まれる二人の世界だけが存在する。

アレクシスはそっと頬に手を添え、指先でシリウスの耳元をなぞる。
「……お前が俺を嫌う理由も、好きな理由も、全部知ってる」
「……知ってるなら、どうする?」シリウスは目を閉じ、心の奥をさらけ出す。
「……受け入れる。お前も俺も、夜も、憎しみも、欲望も全部……」

闇に包まれた中庭で、二人の呼吸が混ざり、月光に染まる影がひとつになる。夜風が二人の髪を揺らし、互いの体温が夜の冷たさを溶かす。
「……神の血なんて関係ない」シリウスの唇が震える。
「……そうだな、ただ俺たちの血が、ただ二人の心が……」アレクシスは声を震わせる。

石畳に座り込む二人。月光の冷たさ、夜風の香り、遠くの水音。手を取り合い、互いの心音を感じる。憎しみと愛、欲望と恐怖、全てが混ざり合った感情が、夜の闇に溶けていく。

「……これが、俺たちの……影だな」
「……ああ、俺たちの……影」

夜が深まり、風が少しだけ静かになる。互いの体温と鼓動だけが確かに存在する。憎しみも嫉妬も、欲望も愛も、すべてが二人のものとして抱きしめられ、オリュンポスの影の中で溶け合う。
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