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創作
主(キュリオス)
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「主(キュリオス)」
エーゲ海を望む白い神殿、その奥深くに一冊の古い写本が眠っていた。羊皮紙に記されたギリシャ語の文字は時を経て薄れ、まるで幻影のように光と影の間を漂っている。その写本には「キュリオス(主)」とだけ記されていた。
この写本を守るのは、孤独な司書であるネレウス。人々は彼を「時の守護者」と呼んだが、彼自身にはそんな大層な自覚はない。神殿に住み着いたのは若き日に冒険で傷つき、この島で一命を取り留めたからだ。それ以来、彼はこの神殿でただ時を費やし、来訪者のない静寂の中で写本を見守り続けている。
ある日、ネレウスのもとに訪れたのは、旅人のイオだった。彼女は長い旅の果てにこの神殿に辿り着いたと語る。
「この神殿に眠る写本には、神々の真実が記されていると聞きました。」
イオの目は真剣で、疲れ果てた身体にもかかわらず瞳の奥に燃えるような光が宿っていた。
「なぜ、それを知りたいのだ?」
ネレウスの問いに、イオは一瞬黙り込んだが、やがて震える声で答えた。
「私は真実を知ることで、自分の運命を変えたいのです。」
ネレウスは一度だけ写本を取り出し、イオの前に広げた。そのページには古代ギリシャ語で次のような言葉が記されていた。
「主なるものは世界を創造し、また破壊する。主を知るものはその運命を知る。」
イオは息を呑み、その文字を指でなぞった。その瞬間、神殿全体が淡い光に包まれ、写本から声が響いた。
「キュリオス。我が名を呼び覚ます者よ、汝の望みを語れ。」
その声は静寂を切り裂くように深く、同時に温かかった。
「私の運命を変える術を教えてください!」
イオは祈るように叫んだ。写本の文字が光となり、彼女の体を包み込む。その瞬間、イオの過去と未来が一瞬にして彼女の目の前に広がった。
彼女はかつて、神々の怒りを買い、永遠に悲劇を繰り返す定めを負わされた運命の子だった。母がアプロディーテの神託を無視したことが、そのすべての発端だった。
「主よ、どうか、私を解放してください…」
彼女の涙はその光に吸い込まれるように消えていった。
声は再び響いた。
「汝が運命を知ることで、その鎖を解くことができる。だが、知るということは、痛みを伴うものだ。」
イオは迷わず頷いた。その決意を見たネレウスは、静かに目を閉じた。彼は長い間この神殿で写本を守り続けてきたが、真実を求める魂に初めて触れた気がした。
写本が輝きを放ち、イオの中に運命の断片が刻まれていく。彼女は自分が何者であるのか、そして何をすべきなのかを知った。
その光が収まるとき、イオの表情は変わっていた。そこには覚悟と静かな希望が宿っていた。
「ありがとう、ネレウス。そして、キュリオス。」
そう言い残し、イオは神殿を後にした。その背中には新たな旅立ちの風が吹いていた。
残されたネレウスは、再び写本を棚に戻しながら独り呟いた。
「運命を変える者は、また新たな運命を紡ぐのだな…」
外から聞こえる波の音が、彼の言葉を静かに包み込んだ。エーゲ海の夕陽は赤く染まり、神殿の影を長く引き延ばしていた。
エーゲ海を望む白い神殿、その奥深くに一冊の古い写本が眠っていた。羊皮紙に記されたギリシャ語の文字は時を経て薄れ、まるで幻影のように光と影の間を漂っている。その写本には「キュリオス(主)」とだけ記されていた。
この写本を守るのは、孤独な司書であるネレウス。人々は彼を「時の守護者」と呼んだが、彼自身にはそんな大層な自覚はない。神殿に住み着いたのは若き日に冒険で傷つき、この島で一命を取り留めたからだ。それ以来、彼はこの神殿でただ時を費やし、来訪者のない静寂の中で写本を見守り続けている。
ある日、ネレウスのもとに訪れたのは、旅人のイオだった。彼女は長い旅の果てにこの神殿に辿り着いたと語る。
「この神殿に眠る写本には、神々の真実が記されていると聞きました。」
イオの目は真剣で、疲れ果てた身体にもかかわらず瞳の奥に燃えるような光が宿っていた。
「なぜ、それを知りたいのだ?」
ネレウスの問いに、イオは一瞬黙り込んだが、やがて震える声で答えた。
「私は真実を知ることで、自分の運命を変えたいのです。」
ネレウスは一度だけ写本を取り出し、イオの前に広げた。そのページには古代ギリシャ語で次のような言葉が記されていた。
「主なるものは世界を創造し、また破壊する。主を知るものはその運命を知る。」
イオは息を呑み、その文字を指でなぞった。その瞬間、神殿全体が淡い光に包まれ、写本から声が響いた。
「キュリオス。我が名を呼び覚ます者よ、汝の望みを語れ。」
その声は静寂を切り裂くように深く、同時に温かかった。
「私の運命を変える術を教えてください!」
イオは祈るように叫んだ。写本の文字が光となり、彼女の体を包み込む。その瞬間、イオの過去と未来が一瞬にして彼女の目の前に広がった。
彼女はかつて、神々の怒りを買い、永遠に悲劇を繰り返す定めを負わされた運命の子だった。母がアプロディーテの神託を無視したことが、そのすべての発端だった。
「主よ、どうか、私を解放してください…」
彼女の涙はその光に吸い込まれるように消えていった。
声は再び響いた。
「汝が運命を知ることで、その鎖を解くことができる。だが、知るということは、痛みを伴うものだ。」
イオは迷わず頷いた。その決意を見たネレウスは、静かに目を閉じた。彼は長い間この神殿で写本を守り続けてきたが、真実を求める魂に初めて触れた気がした。
写本が輝きを放ち、イオの中に運命の断片が刻まれていく。彼女は自分が何者であるのか、そして何をすべきなのかを知った。
その光が収まるとき、イオの表情は変わっていた。そこには覚悟と静かな希望が宿っていた。
「ありがとう、ネレウス。そして、キュリオス。」
そう言い残し、イオは神殿を後にした。その背中には新たな旅立ちの風が吹いていた。
残されたネレウスは、再び写本を棚に戻しながら独り呟いた。
「運命を変える者は、また新たな運命を紡ぐのだな…」
外から聞こえる波の音が、彼の言葉を静かに包み込んだ。エーゲ海の夕陽は赤く染まり、神殿の影を長く引き延ばしていた。
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