ギリシャ神話

創作

アルテミスの光

「アルテミスの光」

ギリシャの穏やかな丘に囲まれた小さな村では、毎年、満月の夜に「アルテミスの光」と呼ばれる祭りが行われていた。村人たちはこの夜、月の女神アルテミスを祝福し、満月を模した白いケーキを供えるのが習わしだった。古の伝承によれば、そのケーキに灯されるろうそくの光は、天にいるアルテミスのもとに人々の祈りを届ける道標になると言われていた。

今年の祭りは特別な意味を持っていた。村一番のパン職人であるイリオスが、この日のために生涯最高のケーキを作ると誓ったのだ。彼の娘、幼いマリナが病に倒れ、寝台から動けなくなってしまったからだ。彼女は月夜に踊ることを何よりも楽しみにしていた少女であり、彼女の笑顔は村中を照らすような明るさがあった。

「アルテミスが彼女に光を分け与えてくれるように……」
イリオスはそう呟きながら、厨房で白い粉をふるいにかけた。卵を割り、蜂蜜を垂らし、少しのレモン果汁を加えた。どの材料も、アルテミスへの供物として神聖なものばかりだ。生地を練る彼の手は震えていたが、その心には確かな祈りが込められていた。すべては、娘のために――そして天にいる月の女神へ。

日が落ち、村中が祭りの支度で賑わい始めるころ、イリオスは完成したケーキを見つめていた。ふっくらと焼き上がったそのケーキは、真っ白な甘い糖衣に包まれ、まるで夜空に浮かぶ満月のように輝いていた。彼はその中央にろうそくを立て、細い息で灯すと、揺れる炎に向かって静かに祈りを捧げた。

――アルテミスよ、どうか娘にあなたの光を。

祭りが始まると、村人たちは広場に集まり、火を囲んで踊り、歌った。満月は頭上高くに昇り、その光はすべてを銀色に染めていた。イリオスは娘マリナを寝台ごと広場の隅に連れ出し、彼女のために特等席を用意した。病に伏せていても、マリナの目は月を映す湖のように澄んでいた。

「父さん、あのケーキ……きれい。」
マリナはかすれた声で言った。彼女の目には、祭りの中央に供えられた満月のケーキが映っていた。ろうそくの炎が風に揺れるたび、まるでケーキ全体が生きているかのように見えた。

「アルテミスに捧げるケーキだ。彼女がきっと、お前に光をくれる。」
イリオスは娘の手を握りしめ、再び月を仰いだ。

その時だった。

夜空の満月が、ひときわ強く光を放ち始めた。村人たちは一様に息を呑み、手を合わせた。まるでアルテミス自身が、彼らの祈りに応えたかのように、満月は柔らかな光を地上に降り注いでいた。そしてケーキの上のろうそくも、強風が吹いているにもかかわらず、消えることなく燃え続けた。

マリナが目を細め、微笑んだ。
「お月さまが、私に光を分けてくれたみたい……。」

その瞬間、彼女の頬に少しばかりの血色が戻るのを、イリオスは見逃さなかった。

村人たちはその後も踊り続けたが、マリナとイリオスは静かに寝台に戻った。マリナの表情には穏やかな光が宿り、まるで満月のように優しかった。父の祈り、ケーキに灯された炎、そしてアルテミスの光が、彼女の魂を優しく包んでいたのだ。

それ以来、村では語り継がれることになった。
「満月のケーキに灯されたろうそくは、アルテミスに届く道標となり、人々の願いを叶えるのだ」と。

この話を信じる者は、毎年、満月の夜にアルテミスのためにケーキを焼き、祈りを捧げる。そして今でも、ギリシャのどこかの村では、満月の形をしたケーキが、夜空に輝く女神へと届けられているのだ。