ギリシャ神話

春秋花壇

文字の大きさ
1,046 / 1,436
創作

タランチュラ:蜘蛛の糸が紡ぐ運命

しおりを挟む
タランチュラ:蜘蛛の糸が紡ぐ運命(タランチュラ:クモのいとがつむぐうんめい)

テッサリアの深い森の奥、人跡未踏の地に、蜘蛛の女神アラケの末裔とされる巨大な蜘蛛、タランチュラが棲んでいた。その体躯は雄羊ほどもあり、黒い毛で覆われた足は鋭い鉤爪を備え、巨大な牙からは絶えず毒液が滴っていた。タランチュラの巣は、深い洞窟の奥に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣であり、陽の光を遮断し、常に薄暗く湿っていた。

タランチュラの毒は、触れたものを狂わせる力を持つと信じられていた。刺された者は激しい苦痛に襲われ、幻覚を見るようになり、やがて制御不能な踊りを踊り出す。その踊りは「タランティズム」と呼ばれ、音楽の力でしか鎮めることができないとされていた。

ある日、若い羊飼いのリュコスが、群れからはぐれた羊を探して森の奥深くへと迷い込んだ。夕暮れが迫り、森は深い闇に包まれようとしていた。リュコスは不安を感じながらも、羊の鳴き声を頼りに進んでいった。

その時、リュコスは足元に巨大な蜘蛛の巣があることに気づかなかった。彼の足が巣に触れた瞬間、巨大なタランチュラが洞窟の奥から姿を現した。リュコスは恐怖で身を竦ませたが、逃げる間もなかった。タランチュラは素早くリュコスの足に牙を突き刺した。

激しい痛みがリュコスを襲った。彼は倒れ込み、足を押さえた。蜘蛛の毒が全身を駆け巡り、彼の意識は朦朧としていった。森の木々が歪んで見え、奇妙な音が聞こえてきた。リュコスは立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。代わりに、彼の体は勝手に踊り始めた。

リュコスの踊りは次第に激しさを増していった。彼は森の中を彷徨い、叫び、笑い、泣き、意味不明な言葉を発した。彼の目は虚ろで、正気を失っていた。

その夜、森の近くの村では、豊穣を祝う祭りが催されていた。村人たちは歌い、踊り、宴を楽しんでいた。そこに、リュコスの悲痛な叫び声が聞こえてきた。村人たちは驚き、何事かと森の方を見た。

リュコスの異様な姿を見た村人たちは、すぐに彼がタランチュラの毒に侵されたことに気づいた。村の長老は、リュコスを救うためには音楽の力が必要だと告げた。村の楽師たちが集められ、笛や太鼓、竪琴などの楽器が奏でられた。

音楽が始まると、リュコスの踊りはさらに激しさを増した。しかし、音楽のリズムが変化するにつれて、彼の踊りも徐々に変化していった。最初は激しく不規則だった踊りが、次第に音楽のリズムに同調していくようになった。

楽師たちは、リュコスの様子を見ながら、音楽のテンポや旋律を変えていった。やがて、リュコスの踊りは落ち着きを取り戻し、彼は力尽きて倒れ込んだ。

村人たちはリュコスを村に運び、手厚く介抱した。数日後、リュコスは意識を取り戻し、正気を取り戻した。彼はタランチュラに襲われた時のことをほとんど覚えていなかったが、踊っていた時の奇妙な感覚だけはかすかに覚えていた。

この出来事を通して、村人たちはタランチュラの毒の恐ろしさと、音楽の癒しの力を改めて認識した。そして、タランチュラの伝説は、この地で語り継がれることとなった。タランチュラの毒は、肉体だけでなく精神も蝕む。しかし、音楽は、狂気を鎮め、心を癒す力を持つ。それは、神々が人間に与えた、偉大な贈り物の一つなのだと。

その後も、森に迷い込みタランチュラに襲われる者は後を絶たなかった。しかし、村人たちは音楽の力で彼らを救い続けた。タランチュラの伝説は、恐怖と同時に、希望の象徴ともなっていった。

ある時、アポロン神自身がこの地に訪れた。彼は村人たちの音楽を聴き、タランチュラの伝説を聞いた。アポロンは音楽と癒しの神であり、タランチュラの毒とタランティズムに深い関心を抱いた。

アポロンは村人たちに、タランチュラの毒に効果のある薬草の知識と、タランティズムを鎮めるための特別な音楽の旋律を教えた。これにより、村人たちはタランチュラの恐怖を克服し、より安心して森で暮らせるようになった。

タランチュラの伝説は、その後も様々な形で語り継がれていった。タランチュラの毒は、人間の心の奥底に潜む狂気を象徴し、タランティズムは、その狂気に囚われた状態を表すようになった。そして、音楽は、その狂気を鎮め、心を癒す力、すなわち理性と調和の象徴として、人々に希望を与え続けた。タランチュラの物語は、ギリシャの地に、永遠に刻まれたのだ。

補足:タランチュラとタランティズムについて

タランチュラは、南ヨーロッパに生息するオオツチグモ科の大型の毒蜘蛛です。
タランティズムは、タランチュラに噛まれたことによって引き起こされると信じられていた精神疾患で、激しい踊りや痙攣などの症状を伴います。
音楽療法は、タランティズムの治療に用いられたとされています。特にタランテラと呼ばれる音楽は、タランティズムの治療のために作曲されたと言われています。
この物語では、これらの伝説をギリシャ神話の世界観に組み込み、アポロン神の介入によって、タランチュラの恐怖が克服されるという結末にしました。また、タランチュラの毒とタランティズムを、人間の心の奥底に潜む狂気と、それに囚われた状態の象徴として解釈することで、物語に深みを与えています。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...