ギリシャ神話

春秋花壇

文字の大きさ
1,105 / 1,436
創作

四つの風と少女の祈り

しおりを挟む
四つの風と少女の祈り

テッサリアの肥沃な大地に広がる麦畑は、黄金の波のように風になびいていた。その中心に佇む小さな村で、少女アルテミスは麦穂を手に、風の神々へ祈りを捧げていた。今年は日照りが続き、作物の実りは芳しくない。村人たちは飢えに苦しんでいた。

「ボレアス様、どうか冷たい風で大地を潤してください。ノトス様、恵みの雨を運んでください。ゼフュロス様、作物を育む優しい風を。エウロス様、豊穣の恵みを…」

アルテミスの祈りは、空へと昇っていった。すると、空が暗くなり、雷鳴が轟いた。北の空から、巨大な翼を持つ神が現れた。北風の神ボレアスだ。逆立つ銀髪、氷のように冷たい眼差し、そして背中に広がる巨大な黒い翼。彼は荒々しい風を巻き起こし、大地に冷気を吹き付けた。

「人間よ、我に祈るとは生意気な。我は気まぐれに風を操るのみ。貴様らの願いなど知らぬ!」

ボレアスの言葉に、アルテミスは震え上がった。しかし、彼女は勇気を振り絞って叫んだ。「ボレアス様、どうかお慈悲を!村人たちは飢えに苦しんでいるのです!どうか、少しだけでも雨を…!」

その時、南の空から、力強い風と共に別の神が現れた。南風の神ノトスだ。燃えるような赤髪、日焼けした肌、そして力強い眼差し。彼はボレアスを睨みつけながら言った。「ボレアス、人間を苦しめるのはやめろ。彼らの祈りは聞き届けられるべきだ。」

ノトスは暖かい風を送り込み、空に黒雲を集めた。やがて、大地を潤す恵みの雨が降り始めた。アルテミスは喜びの涙を流し、ノトスに感謝を捧げた。

すると、西の空から、優しい風と共に、美しい青年が現れた。西風の神ゼフュロスだ。金色の髪、優しげな微笑み、そして春の草花で飾られた頭飾り。彼はそよ風を送って雨上がりの大地を撫で、作物を優しく揺らした。

「アルテミス、貴女の祈りは確かに届いた。ボレアスは気まぐれだが、ノトスは慈悲深く、私はその手助けをする。作物はきっと豊かに実るだろう。」

ゼフュロスの言葉に、アルテミスは安堵のため息をついた。しかし、東の空はまだ暗い。四柱の中で最も気まぐれな神、東風のエウロスはまだ姿を現していなかった。

その時、東の空から、突然激しい風が吹き始めた。それは、他の三柱とは全く異なる、予測不能で混沌とした風だった。エウロスだ。彼は姿を現さず、風だけを操っていた。豊穣をもたらす風、嵐を呼ぶ風、熱風、冷風…様々な風が入り乱れ、大地を混乱に陥れた。

「エウロス様、どうかお鎮まりください!」アルテミスは必死に叫んだ。「貴方の風は、私たちを苦しめます!」

しかし、エウロスの風は止まらない。他の三柱も、エウロスの気まぐれには手を焼いていた。

その時、アルテミスの脳裏に、ある考えが浮かんだ。彼女は村に戻り、祭壇に様々な果物や穀物を捧げた。そして、再び風の神々へ祈りを捧げた。今度は、感謝の祈りだった。これまでの恵みへの感謝、そして、これからの豊穣への祈り。

アルテミスの純粋な祈りは、エウロスの心にも響いた。混沌としていた風は次第に穏やかになり、やがて、大地を優しく包み込むような、穏やかな風となった。

エウロスは姿を現さなかったが、アルテミスにはわかった。彼は、彼女の祈りを受け入れたのだと。

その後、アルテミスの村は豊作に恵まれた。人々は風の神々に感謝し、毎年、四つの風を祀る祭りを開催するようになった。アルテミスは、四つの風を繋ぐ少女として、村人たちから深く尊敬されるようになった。

そして、人々は知った。風は気まぐれだが、人々の祈り、特に感謝の祈りは、神々の心を動かす力を持つことを。

下位の風神について:

本文中では、四柱の風神に焦点を当てたため、下位の風神の具体的な描写は控えました。しかし、物語の背景として、以下のような設定を考えていました。

北東の風: ボレアスとエウロスの影響を受け、冷たく、時に激しい風。
南東の風: エウロスとノトスの影響を受け、暖かく、湿った風。
北西の風: ボレアスとゼフュロスの影響を受け、冷たく、乾燥した風。
南西の風: ノトスとゼフュロスの影響を受け、暖かく、穏やかな風。
これらの下位の風神は、四柱の風神の気まぐれによって、その性質を変える、という設定にすることで、物語に深みを与えることができるでしょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...