ギリシャ神話

春秋花壇

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創作ギリシャ神話:スイセンの毒 ― ナルキッソスの呪い

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創作ギリシャ神話:スイセンの毒 ― ナルキッソスの呪い

泉に映る虚像
テッサリアの森の奥深くに、澄み切った美しい泉があった。その水面は鏡のように静かで、覗き込めばありのままの姿を映し出す。だが、その美しさとは裏腹に、泉には恐ろしい呪いがかけられていた。

この泉を愛する者がいた。ナルキッソス――神々すらも嫉妬するほどの美貌を持つ少年。しかし、彼の輝きは外見に限らず、その自信と傲慢さこそが彼を際立たせていた。ナルキッソスは、多くの者から愛されたが、彼の心に愛は存在しなかった。むしろ、愛を愚かしいものと嘲笑い、他者の想いを冷たく踏みにじってきた。

木霊する恋心
泉のほとりには、妖精エコーが住んでいた。彼女は、ナルキッソスの姿を目にした瞬間、その美しさに心を奪われた。しかし、エコーには呪いがかけられていた。彼女は自分の言葉を持たず、他人の言葉を繰り返すことしかできなかった。

それでも、エコーはなんとかナルキッソスに愛を伝えようとした。彼の言葉を拾い、その最後の一言を返すことで、せめて想いを届けようとしたのだ。

「誰かいるのか?」

「いるのか?」

「ここに来い」

「来い」

エコーは震える手を伸ばした。しかし、ナルキッソスは彼女の姿を見るなり、嘲笑を浮かべた。

「なんと愚かな妖精だ」

「愚かな妖精だ……」

自分の言葉がそのまま返されることに苛立ち、彼はエコーを冷たく突き放した。彼女の想いは届かず、彼の心に残ったのは嘲笑のみだった。傷ついたエコーは、森の奥へと逃げ去り、やがて声だけを残して姿を消した。

呪いの発動
ある日、ナルキッソスは泉のほとりで休んでいた。ふと水面を覗き込むと、そこには息をのむほど美しい少年が映っていた。長い睫毛、端正な鼻筋、形の良い唇――それは、この世のものとは思えぬ美しさだった。

彼は、その姿に見惚れた。

誰よりも美しい。
誰よりも完璧だ。
これほど魅力的な者が、この世界にいるだろうか?

ナルキッソスの胸は初めて熱くなり、泉に映る者へと手を伸ばした。しかし、指が触れた瞬間、水面は揺れ、愛しい姿は消えてしまった。彼は慌てて水に手を浸し、その存在を確かめようとしたが、指の間をすり抜ける冷たい水があるだけだった。

「お前を愛している」

「愛している……」

彼は泉に映る自分に語りかけた。しかし、相手は決して答えない。

やがて、ナルキッソスは何も食べず、何も飲まず、ただ泉を覗き込み続けた。日に日に痩せ衰え、頬はこけ、かつての美しさは影を潜めていった。それでも彼は水面を離れられなかった。

「愛している……」

「……いる……」

最後に囁かれた言葉を残し、彼は泉のほとりで息絶えた。

スイセンの誕生
ナルキッソスの死後、神々は哀れみ、彼の魂を泉のほとりの花へと変えた。そこに咲いたのは、美しくも儚い花――スイセンだった。

スイセンはうつむくように咲く。それは、かつてナルキッソスが泉を見つめ続けていた姿の象徴であった。そして、その花には毒があった。それは、ナルキッソスの傲慢さと冷酷さの証でもあった。

教訓
この物語は、美しさと愛の危険性を教えてくれる。ナルキッソスは、自らの美しさに溺れ、他者の愛を拒絶した。その果てに、彼は呪いによって破滅したのだ。

私たちもまた、ナルキッソスのように、自分の才能や美しさに酔いしれ、他者を軽んじてはいけない。

そして、スイセンの花が秘める毒を知ることは、人の心に潜む驕りや孤独の危うさを知ることにほかならない。
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