ギリシャ神話

創作

アポロンの竪琴と封じられた力

アポロンの竪琴と封じられた力

冥界の均衡は保たれ、オリュンポスの神々も束の間の平穏を享受していた。しかし、ペルセポネがゼウスから取り戻したアポロンの竪琴には、神々すら知らぬ秘密が隠されていた。

ある日、冥界の奥深く、ペルセポネは竪琴を神殿の奥に納めようとした。その瞬間——
竪琴の弦がひとりでに震え、澄んだ音色を奏でた。

その音は、まるで人の言葉のように響き、冥府の空気を震わせた。
「……我が名はリュリオス。我は時を超えし旋律の神……」

ペルセポネは驚いて竪琴を抱きしめた。
「あなたは……誰？」

「我は、この竪琴に宿りし意志。かつてアポロンによって封じられた神……」

竪琴の中から、光が微かに漏れ出した。ペルセポネは息をのんだ。
彼女の知らぬところで、神々の知られざる歴史が刻まれていたのだ。

失われた神・リュリオス
ペルセポネが耳を澄ますと、竪琴はさらに続けた。

「かつて、我は時間を操る力を持つ神であった。しかし、神々の均衡を乱す恐れがあるとされ、アポロンによってこの竪琴に封じられた……」

「時間を操る……？」

「そうだ。我の力を解き放てば、過去を改変し、未来すらも変えられる」

ペルセポネは一瞬、考え込んだ。
もしこの力が解放されれば、ハデスが敗北する前に戻ることも可能かもしれない。
いや、それどころか、冥界そのものを変え、地上の運命さえも動かせる……。

「なぜ、今になって目覚めたの？」

竪琴の音色が静かに揺れた。
「ゼウスの手に渡ったとき、我は再び解放される兆しを感じた。しかし、ゼウスは気づかぬまま竪琴を手放した……お前がここに持ち帰ったことで、我の封印はさらに緩んだのだ」

ペルセポネの心臓が高鳴った。
この力を、ハデスに伝えるべきか……？

しかし、彼女は慎重だった。
ゼウスがこの竪琴を保持し続けなかったのは、単に冥界への影響だけではない。
もしこの秘密を知れば、ハデスは時間を操る力を欲し、ゼウスは再びこの竪琴を奪おうとするだろう。

彼女はゆっくりと竪琴を撫で、静かに言った。
「あなたの存在を知る者は……私だけね」

ペルセポネの決断
その夜、ペルセポネは眠れなかった。
彼女は一人、冥界の王座の間に立ち、考え続けた。

もしこの力を使えば、ハデスの敗北を覆すことも、冥界の安定を完全なものにすることもできる。
しかし、それは運命に対する反逆ではないのか？

彼女はハデスを愛している。
だが、その愛ゆえに、彼の野望を煽るようなことはしたくない。

竪琴の力をどうするべきか——
使うべきか、それとも封印し直すべきか。

彼女はそっと竪琴を抱きしめた。

「あなたの力は、今しばらく私が預かるわ」

そして、ペルセポネは冥府の最も奥深く、忘却の泉・レーテーの底へと竪琴を沈めた。
そこは、冥界のすべての記憶を飲み込み、決して誰も思い出せぬ場所。

「いつか、冥界がこの力を必要とするときが来るかもしれない。でも……今ではない」

こうして、アポロンの竪琴に秘められた神・リュリオスは、再び静寂の中へと消えた。
しかし、運命の糸は断たれたわけではない。

遠い未来、誰かがこの竪琴を見つけたとき——
時の流れは再び揺らぎ始めるのかもしれない。