ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

ゼウスの妬み

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ゼウスの妬み

オリンポスの神殿は今日も燦然と輝いていた。白亜の柱は陽光を浴び、黄金の装飾が神々の威光を示している。しかし、その壮麗さとは裏腹に、神々の王ゼウスの心は黒い嫉妬の炎に燃えていた。

「なぜだ……なぜ、私ではなく、あの子なのだ……？」

ゼウスはバルコニーに立ち、眼下に広がる人間界を見下ろした。人々が熱狂しているのは、音楽と芸術の神、アポロンだった。

彼の竪琴の調べは、人の心を解きほぐし、絵筆が生み出す美は、魂を震わせるほどだった。神殿にはアポロンを称える祈りの声が満ち、人々は彼を光の神と崇めていた。

「アポロンめ……私の子でありながら、私を差し置いて……」

ゼウスの拳が震え、雷光が指先に滲んだ。その時、背後から柔らかな足音が響いた。

「あなたも、彼を妬んでいるのですね」

振り向くと、そこには女神ヘラが立っていた。ゼウスの妬心を見透かしたような微笑を浮かべている。

「当然だ。私は神々の王だ。すべての神は、私を崇めるべき存在であるはず……」

ゼウスは悔しげに呟いた。

「ならば、アポロンを罰すればよろしいのでは？」

ヘラは涼やかな声で囁き、一振りの矢を差し出した。それは、神々の力を封じる禁忌の矢だった。

「この矢を彼に放てば、才能はすべて失われるでしょう。そうすれば、あなたこそが唯一無二の存在となります」

ゼウスは黙ったまま矢を見つめた。躊躇がなかったわけではない。だが、彼の心を支配していたのは、焦燥と嫉妬だった。

「……よかろう」

ゼウスは矢を握りしめ、暗い決意を胸に秘めた。

その夜、アポロンは静かな神殿で竪琴を奏でていた。月明かりが彼の金の髪を照らし、空気は美しい旋律で満ちていた。

その時、一筋の閃光が夜を裂いた。

矢が放たれた瞬間、アポロンは何かを感じた。しかし、気づいた時にはすでに遅かった。胸を貫かれた刹那、彼の体から光が失われていく。

竪琴の弦が切れた音が、静寂を引き裂いた。

アポロンは膝をつき、震える手で竪琴を掴もうとした。だが、指が弦に触れても、もう何も生み出せなかった。彼の音楽も、彼の絵も、すべてが消え去っていた。

神々の寵児が、ただの沈黙と無力の存在へと変わった瞬間だった。

翌朝、人々はアポロンの異変に気づいた。彼が奏でることのない竪琴を手にし、茫然と座る姿に、誰もが涙した。

「どうして……アポロン様の音が、もう聴こえない……？」

「彼の絵は……どうしてこんなにも色を失っているの……？」

人々の間に悲しみが広がり、それはやがて怒りへと変わっていった。

ゼウスは神殿のバルコニーから、その様子を見下ろしていた。

「これで、私こそが最高神だと、人間どもも思い知るだろう」

そう呟いた彼の唇には、確かに笑みがあった。しかし、同時に感じたのは、言い知れぬ虚しさだった。

人々はゼウスを讃えるどころか、彼から心を離していった。彼らは悲しみに暮れながらも、新たな希望を求め始めた。アポロンの才能を継ぐ新たな者が現れることを――いや、そうでなくとも、彼の輝きを取り戻せる日を。

ゼウスは手を伸ばした。

だが、指先には何も掴めなかった。

オリンポスの王は、かつてない孤独の中にいた。

そして、その孤独こそが、新たな物語の始まりであった。

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