ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

ホタルイカの身投げ ―ティラサの祈り―

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ホタルイカの身投げ ―ティラサの祈り―

春の富山湾。
月がかけ、新月の夜が静かに降りてくると、海がざわめきはじめる。
陸から海へ向けて吹く風。雲ひとつない高気圧の夜。
波打ち際に、青白い光が無数に瞬く。

それは、ホタルイカの“身投げ”。
けれどこの現象には、誰も知らぬ古の物語があるという――。



むかしむかし、ギリシャの海神ポセイドンに仕えた巫女、ティラサは、星を読み、潮を聞く者だった。
けれど、ある春の夜。彼女は予言の火を見てしまう。
「東の海の果て、風に抱かれた湾に、神に逆らいし者の魂が眠っている」と。

その魂の名は、エリオス。かつて神に背き、禁じられた愛を貫いた若き漁師。
神々は怒り、彼を海の底に沈めた。
けれどティラサはその名も顔も知らぬまま、なぜか心惹かれ、彼の魂に祈りを捧げ続けた。

「もし海の果てにその魂があるのなら、私はそこへ行こう。
神が許さずとも、人の想いが届くなら」

そうして彼女は、遠い東の海、富山湾へと身を投げた。

神々の怒りは空を裂き、ティラサの姿を青白く輝く小さき生き物――ホタルイカに変えた。
彼女は春の海に産まれ、命短くも、想いのままに光を放ち続ける存在となった。

その後、ティラサの祈りに心を動かされた多くの巫女たちが、同じように海を目指した。
春が来るたび、彼女たちは浅瀬に集い、青い炎のように光を放って夜の海に身を寄せる。

地元の漁師たちはそれを「ホタルイカの身投げ」と呼ぶようになった。
誰もがそれを不思議な自然の恵みと思っていたが、
実はそれこそ、神に背き、想いを抱きしめた巫女たちの永遠の祈りだったのだ。



今もなお、新月の夜に、
雨のない風が吹き、波が優しく岸を撫でるとき、
ティラサたちはふたたび海から姿を現す。
光の群れとなって――まるで、忘れられた愛の記憶が海をさまようかのように。

それを見つけた旅人の中には、心のどこかが疼くという。
なぜだかわからないのに、切なさが胸を打つ。
それはきっと、遥かギリシャの巫女ティラサの祈りが、
この富山の海にも、まだ息づいているからかもしれない。

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