1,241 / 1,436
創作
ホタルイカの身投げ ―ティラサの祈り―
しおりを挟む
ホタルイカの身投げ ―ティラサの祈り―
春の富山湾。
月がかけ、新月の夜が静かに降りてくると、海がざわめきはじめる。
陸から海へ向けて吹く風。雲ひとつない高気圧の夜。
波打ち際に、青白い光が無数に瞬く。
それは、ホタルイカの“身投げ”。
けれどこの現象には、誰も知らぬ古の物語があるという――。
*
むかしむかし、ギリシャの海神ポセイドンに仕えた巫女、ティラサは、星を読み、潮を聞く者だった。
けれど、ある春の夜。彼女は予言の火を見てしまう。
「東の海の果て、風に抱かれた湾に、神に逆らいし者の魂が眠っている」と。
その魂の名は、エリオス。かつて神に背き、禁じられた愛を貫いた若き漁師。
神々は怒り、彼を海の底に沈めた。
けれどティラサはその名も顔も知らぬまま、なぜか心惹かれ、彼の魂に祈りを捧げ続けた。
「もし海の果てにその魂があるのなら、私はそこへ行こう。
神が許さずとも、人の想いが届くなら」
そうして彼女は、遠い東の海、富山湾へと身を投げた。
神々の怒りは空を裂き、ティラサの姿を青白く輝く小さき生き物――ホタルイカに変えた。
彼女は春の海に産まれ、命短くも、想いのままに光を放ち続ける存在となった。
その後、ティラサの祈りに心を動かされた多くの巫女たちが、同じように海を目指した。
春が来るたび、彼女たちは浅瀬に集い、青い炎のように光を放って夜の海に身を寄せる。
地元の漁師たちはそれを「ホタルイカの身投げ」と呼ぶようになった。
誰もがそれを不思議な自然の恵みと思っていたが、
実はそれこそ、神に背き、想いを抱きしめた巫女たちの永遠の祈りだったのだ。
*
今もなお、新月の夜に、
雨のない風が吹き、波が優しく岸を撫でるとき、
ティラサたちはふたたび海から姿を現す。
光の群れとなって――まるで、忘れられた愛の記憶が海をさまようかのように。
それを見つけた旅人の中には、心のどこかが疼くという。
なぜだかわからないのに、切なさが胸を打つ。
それはきっと、遥かギリシャの巫女ティラサの祈りが、
この富山の海にも、まだ息づいているからかもしれない。
春の富山湾。
月がかけ、新月の夜が静かに降りてくると、海がざわめきはじめる。
陸から海へ向けて吹く風。雲ひとつない高気圧の夜。
波打ち際に、青白い光が無数に瞬く。
それは、ホタルイカの“身投げ”。
けれどこの現象には、誰も知らぬ古の物語があるという――。
*
むかしむかし、ギリシャの海神ポセイドンに仕えた巫女、ティラサは、星を読み、潮を聞く者だった。
けれど、ある春の夜。彼女は予言の火を見てしまう。
「東の海の果て、風に抱かれた湾に、神に逆らいし者の魂が眠っている」と。
その魂の名は、エリオス。かつて神に背き、禁じられた愛を貫いた若き漁師。
神々は怒り、彼を海の底に沈めた。
けれどティラサはその名も顔も知らぬまま、なぜか心惹かれ、彼の魂に祈りを捧げ続けた。
「もし海の果てにその魂があるのなら、私はそこへ行こう。
神が許さずとも、人の想いが届くなら」
そうして彼女は、遠い東の海、富山湾へと身を投げた。
神々の怒りは空を裂き、ティラサの姿を青白く輝く小さき生き物――ホタルイカに変えた。
彼女は春の海に産まれ、命短くも、想いのままに光を放ち続ける存在となった。
その後、ティラサの祈りに心を動かされた多くの巫女たちが、同じように海を目指した。
春が来るたび、彼女たちは浅瀬に集い、青い炎のように光を放って夜の海に身を寄せる。
地元の漁師たちはそれを「ホタルイカの身投げ」と呼ぶようになった。
誰もがそれを不思議な自然の恵みと思っていたが、
実はそれこそ、神に背き、想いを抱きしめた巫女たちの永遠の祈りだったのだ。
*
今もなお、新月の夜に、
雨のない風が吹き、波が優しく岸を撫でるとき、
ティラサたちはふたたび海から姿を現す。
光の群れとなって――まるで、忘れられた愛の記憶が海をさまようかのように。
それを見つけた旅人の中には、心のどこかが疼くという。
なぜだかわからないのに、切なさが胸を打つ。
それはきっと、遥かギリシャの巫女ティラサの祈りが、
この富山の海にも、まだ息づいているからかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる