ギリシャ神話

春秋花壇

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レモンの神託・後編 星降る庭で

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「レモンの神託・後編 星降る庭で」

 黄金のレモン事件から三年。ミルティは村の“香りの巫女”として神殿で働いていた。年に一度実る果実を守り、神託を聞き、村人の願いを受け止める。だが、彼女は変わらず、あの貧しい家で母と暮らしていた。

 ある年の夏至の夜、村に旅の若者が現れた。
 名をレオン。年は二十そこそこ、巻き毛に風の砂をまとったような青年で、古文書を読み解きながら神話を巡る旅をしているという。

「“カリメレと星の恋”が好きでね。星になった恋人アステリオスは、オリオン座の傍にいるって伝説を聞いて、見に来たんだ」
「この村では“献身のレモン”の話として残っているわ」

 ふたりはすぐに打ち解けた。ミルティの語る神話は素朴で、美しく、レオンはその夜、香るような声に心を奪われた。

 数日後、今年のレモンが実った。

 ところが神託の石は沈黙したまま。巫女たちは困惑し、ミルティも戸惑った。例年なら選ばれるべき“献身の心”が村の誰にも宿っていないというのか。

 その夜、ミルティは一人で庭園を歩いた。すると、レオンが待っていた。空には満天の星。ふたりはしばし黙って夜空を見上げた。

「ねえ、ミルティ」
「なに?」
「……君が、レモンを手にしたときの話。神話の一部じゃなくて、君自身の心で語ってほしい」

 ミルティは驚き、目を伏せた。だが、そっと答えた。

「母の命が消えてしまうと思ったとき、頭じゃなくて、体が動いたの。恐怖じゃない。誰かを失いたくない、ただその気持ちだけで……」

 レオンは目を細めた。

「それが、愛ってことなんじゃないかな。誰かのために、自分を差し出す。その“誰か”が、今は――」
 彼はそこで言葉を飲み込んだ。だが、ミルティは顔を上げ、はっきりと応えた。

「私も思ってた。誰かがまた“私のために祈ってくれた”ら、もう一度、レモンの木が光るかもしれないって」

 次の朝、神託の石が金色に輝き、レモンの木がざわめいた。

 巫女たちは驚き、村人たちは騒いだ。誰が選ばれたのか――答えは、意外な形で示された。

 庭園の中心に落ちた黄金の果実は、レオンの足元で止まった。

「彼は旅人です。村の者ではない」
 神官長が困惑して言うと、ミルティが前に出た。

「神は血筋を問うのではありません。この人の心を見たのでしょう。――そして、私も見たのです」

 その年、初めて“二人”に与えられた黄金の果実。
 レモンを割り、互いに食べさせ合った瞬間、村の空にひときわ強くオリオン座が輝いたという。

 ふたりの恋が始まった日、空に星が降った。

 レオンは村に残り、神話を記し、ミルティのそばで香りを紡いだ。
 黄金のレモンは毎年実る。そして、神々はきっと、ふたりのことを祝福している。









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