ギリシャ神話

春秋花壇

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創作

人間の幸せのために

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人間の幸せのために

ゼウスは憂いていた。かつて繁栄した人間たちが、今や争いと欲望に飲まれ、神殿は荒れ、祈りも絶えた。

「神々の祝福が、届いていないのだろうか」

嘆く彼に、アテナが進言した。

「ゼウスよ、神々は与えるばかりで、彼らの“心”を見てこなかった。今、人間が何を求めているのか、誰も知らぬのです」

「知るには、どうすればよい?」

「一柱、神を人として地上に降ろし、人々と共に生きさせてください。その神は“見守る”のではなく、“共に笑い、共に泣く”のです」

「そんな役目を、誰が担う?」

静かに名乗り出たのは、若き半神の娘、エウリュディケだった。

「私に行かせてください。私は人と神のはざまで揺れてきました。ならば、人の幸福を、私はきっと見つけられる」



神の記憶を封じ、人の娘として地上に降りたエウリュディケは、小さな村のパン職人の娘として生き始めた。

初めは何もできず、パンを焦がし、水をこぼし、笑われるばかり。

それでも彼女は、誰よりも人を助けた。病気の子に果物を運び、老女の薪を割り、失恋した娘の手を握って泣いた。

「ありがとう、エウリュディケ…あなたがいてくれてよかった」

その言葉が、彼女の胸に温かな灯をともした。



ある日、村に戦争の影が忍び寄った。

隣国の兵士が、略奪に現れたのだ。

「女と食料を差し出せ!」

村の男たちは恐怖で震え、神の助けを乞う声が夜空に響いた。

エウリュディケは、一人で兵士の前に立った。

「この村は、命を育む場所。奪う者には渡しません」

兵士は笑った。「何も持たぬ娘が、我らを止めるとでも?」

「持たぬ者だからこそ、命を大切にできるのです」

その瞬間、彼女の身体から淡い光があふれ出し、空に昇った。

その光は、村を包み、兵士たちの剣を鈍らせ、風を鎮めた。

「神だ……!」

誰かが叫び、兵士たちは逃げ出した。



天空に戻ったエウリュディケは、再び神として迎えられた。

ゼウスは問うた。

「人間の幸せとは、何であったか?」

エウリュディケは微笑んだ。

「人は、神の奇跡ではなく、“共にいてくれる誰か”を必要としています。パンを焼くことも、手を握ることも、すべてが祈りであり、祝福なのです」

アテナが頷いた。

「ならば、あなたを“人の幸せを見守る女神”としよう。名は——ユーライア。“心やさしき者”の意を込めて」



それからというもの、家庭の温もり、友情の涙、希望を込めた種まきの傍らには、いつも“ユーライア”の微笑みがあると人々は言う。

神殿はなくとも、誰かが誰かを想う心がある限り、彼女はそこにいる。

——それが、人間の幸せであると、神々が知った最初の瞬間だった。









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