ギリシャ神話

創作

天空の王と大河の巫女

天空の王と大河の巫女

太古のメソポタミア文明が栄えた肥沃な二つの大河、ティグリスとユーフラテスの間に広がる平原。その地は神々が歩んだ場所であり、最も偉大な王たちが支配した地であった。天上には天空神アヌ、地上には嵐と戦の神エンリル、そして知恵の神エンキがその力を振るっていた。

その中でもアヌは、天と地の秩序を守る最高神であり、すべての王がその名に誓って統治を行った。アヌの宮殿は高くそびえる星々の中にあり、彼の声は雷鳴として地上に響き渡った。

ある日、アヌは地上を見下ろし、ひとりの美しい巫女に目を留めた。彼女の名はニンリル、ユーフラテス川の聖なる巫女であり、その祈りは川の流れとともに大地に命をもたらしていた。

「なんと美しい魂だ。この大地の豊穣を象徴する者よ。私は彼女に試練を与え、その心の強さを試してみよう」

アヌは雲の中に身を隠し、金色の光となって地上に降り立った。彼は老人の姿をとり、ニンリルが祈りを捧げる川岸に現れた。

＊　＊　＊

ニンリルはその日も朝の儀式を終えたばかりだった。ユーフラテスの冷たい水が彼女の足元を優しく撫で、川面に映る自分の姿に穏やかな笑みを浮かべた。そこに、草むらをかき分けて一人の老人が現れた。

「美しき巫女よ、その祈りの力で大地は潤い、生命は息づいている。しかし、あなたはその力の本質を知っているか？」

ニンリルは驚いたが、すぐに老人に向かって深々と頭を下げた。

「私はただ、神々に仕える身。力とは天から与えられたものにすぎません」

老人はその答えに微笑んだ。

「ならば、試してみよう。もし私の問いに答えることができれば、あなたに天の力を与えよう」

ニンリルはその申し出に迷うことなく頷いた。

「よろしい。ならば、答えてみるがよい。
──川はなぜ流れるのか？」

ニンリルは一瞬、その問いに戸惑った。だが、川の音が彼女に答えを与えたように感じた。

「川は大地を潤し、命を育むために流れ続けます。しかし、それだけではありません。川はその流れにより、山々の涙を海に届けるのです。天と地、命と死を繋ぐ橋として、永遠に流れ続ける存在です」

その答えに、老人の目が輝いた。その瞬間、彼の姿が変わり、黄金の光に包まれた壮大な神、アヌの姿が現れた。

「見事だ、ニンリル！お前は川の本質を理解している。ならば、その証として天の力を授けよう」

アヌは手を広げ、星の光がニンリルに降り注いだ。その瞬間、彼女の目は星々のように輝き、声は雷鳴のように力強くなった。

「これでお前は、地上に生きる者たちを導く力を得た。だが、その力には責任が伴うことを忘れるな。お前の祈りが絶えぬ限り、大地は豊穣であり続けるであろう」

ニンリルはその言葉に深く感謝し、再び頭を下げた。アヌは満足そうに天へと帰り、その姿は再び雲の中に消えた。

＊　＊　＊

それ以来、ニンリルは川の神として崇められ、彼女の祈りは永遠にユーフラテスの流れと共に響き渡った。そして、彼女の力を得た大地は、メソポタミア文明の豊穣を支える源となったという。

星空の下、彼女の祈りは今もなお、大河のささやきと共に大地を潤し続けている。