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花
アストランティアの花冠
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アストランティアの花冠
むかしむかし、神々がオリュンポスの高き空に住まいし頃。人間の世界は、まだ神々の影響を色濃く受けていた。その天と地の狭間に、一輪だけ、人知れず咲く花があった。名をアストランティア。人々は、その可憐な姿と、まるで星々が散りばめられたかのような花びらから、「星々の花冠(スター・フラワー)」とも呼んだという。
この花は、正義と秩序を司る乙女神、アストラエイアの最後の涙から生まれたと伝えられている。アストラエイアは、かつては地上に降り立ち、人間たちと共に暮らしていた。しかし、人間たちの心に嘘や裏切り、争いが満ちるにつれて、その痛みに心を痛め、ついに地上を去り、天へと帰っていった。だがそのとき、乙女神が地上に落とした、清らかな最後の涙が、一輪のアストランティアとなって残されたのだ。その花は、希望と愛の象徴として、ひっそりと、しかし力強く、天と地の境で輝き続けていた。
星読みと目覚めの娘
ときは流れ、人間の王国アイギアに、リュシオスという若き星読みがいた。彼は、夜空に瞬く星々の運行から神託を読み解き、人々に未来を告げる才能に恵まれていた。しかし、その才能ゆえか、彼はいつも一人静かに空を眺めていた。夜ごと星の声に耳を傾け、夢のなかで、まだ見ぬ誰かの名前を呼ぶ声に耳を澄ませていた。その声は、彼の心を常に揺さぶり、満たされない何かを求めていた。
ある満月の夜、リュシオスは、いつものように神託を得るため、王国の郊外にある丘の上で星を読んでいた。澄み切った空には、満月が皓々(こうこう)と輝き、無数の星が瞬いている。その輝きの中で、リュシオスはひとりの娘と出会った。白いローブを纏い、銀色の髪が月の光を受けてきらめいている。指には、細い蔓草が絡みついたような指輪が光っていた。娘の名はアストリア。彼女はどこかこの世のものではない、神秘的な気配を纏っていた。
「あなたが呼んだのね」と、アストリアは、まるで昔からの知り合いであるかのように、静かに言った。
「……ぼくが?」
リュシオスは戸惑った。心当たりはない。しかし、不思議と彼女の言葉は、彼の心にすとんと落ちた。まるで、長い間探し求めていた答えを見つけたかのように。
「アストランティアの夢を見たでしょう。それは、神と人との最後のつながり。私の魂は、この花の中で千年眠っていたの。あなたの星を読む声が、私を目覚めさせたのよ」
アストリアは語った。神々が地上を去ったあと、正義の女神アストラエイアは、人々の心に再び希望が戻るまで、アストリアの魂をその最後の力で花に変え、眠らせたのだという。そして、長い時を経て、リュシオスの純粋な星を呼ぶ声が、彼女を目覚めさせたのだ。
二人は何夜も星を見上げ、語り合った。アストリアは、人々の苦しみに敏感で、その思いやりに満ちた心に、リュシオスは深く惹かれた。リュシオスもまた、アストリアの神秘的な魅力と、長き眠りから覚めたばかりの無垢な魂に、心を奪われていった。やがて二人は、神話の物語によくあるように、抗うことのできない運命に導かれるように、深く恋に落ちた。
神の怒りと、愛の証
だが、それは神の掟に背くことだった。神々は、アストリアの魂が再び地上に縛られ、人間に囚われることを望まなかったのだ。彼女は、地上の希望の象徴として、清らかな存在でなければならない。人間の愛に染まることは、神の定めに背く行為だった。
ある日、空が悲しみの雷を鳴らし、オリュンポスから神使ヘルメスが地に降り立った。その姿は、まるで嵐の予兆のように、暗い雲を伴っていた。彼は冷たい声で、リュシオスに告げた。
「リュシオス、神の娘を愛した罪は重い。おまえの命は、今日限り。神々の怒りは、もう止められない」
ヘルメスの手から放たれる稲妻が、リュシオスの心臓を狙う。アストリアは叫んだ。「やめて! 彼は罪を犯してなどいない! 私が望んだことなの!」彼女は自らの力を振り絞り、空を見上げて祈った。
「どうか、彼の命を。私の花をすべて枯らしてもいいから。私の魂が再び眠りにつくことになってもいいから、彼の命だけは……」
その願いは、遠い昔に地上を去った正義の女神アストラエイアの名残に届いた。奇跡が起きた。ヘルメスの放った稲妻は、リュシオスを直撃することなく、その寸前で消え去った。リュシオスは命を奪われずに済んだが、アストリアの姿は、まるで風のように、リュシオスの目の前で淡く光を放ちながら、跡形もなく消え去った。ただ一輪、彼の足元に咲いていたアストランティアの花だけが、彼の祈りに応えるかのように、静かに、そして儚げに揺れていた。
それからリュシオスは、そのアストランティアの花を決して摘まず、丘の上で毎夜星を読み続けた。彼の詠む神託は、かつてのようにはっきりと未来を告げるものではなくなったが、その言葉には、愛と正義に満ちた、深い慈悲が宿っていた。そして、彼の神託は、悲しみに暮れる民の心を導き、多くの人々を救ったという。
アストリアの魂は、神々の慈悲により、夜空に輝く星座「アストランティア」となり、いまも夏の空にそっと瞬いている。その星座は、神と人との狭間に咲いた、儚くも美しい愛のしるし。そして、言葉を持たぬ祈りが、永遠に輝き続ける花冠として、夜空を彩っている。リュシオスは、生涯、アストランティアの花を大切にし、空を見上げ続けた。彼の心には、決して消えることのない、アストリアとの愛の記憶が、星のように瞬いていた。
むかしむかし、神々がオリュンポスの高き空に住まいし頃。人間の世界は、まだ神々の影響を色濃く受けていた。その天と地の狭間に、一輪だけ、人知れず咲く花があった。名をアストランティア。人々は、その可憐な姿と、まるで星々が散りばめられたかのような花びらから、「星々の花冠(スター・フラワー)」とも呼んだという。
この花は、正義と秩序を司る乙女神、アストラエイアの最後の涙から生まれたと伝えられている。アストラエイアは、かつては地上に降り立ち、人間たちと共に暮らしていた。しかし、人間たちの心に嘘や裏切り、争いが満ちるにつれて、その痛みに心を痛め、ついに地上を去り、天へと帰っていった。だがそのとき、乙女神が地上に落とした、清らかな最後の涙が、一輪のアストランティアとなって残されたのだ。その花は、希望と愛の象徴として、ひっそりと、しかし力強く、天と地の境で輝き続けていた。
星読みと目覚めの娘
ときは流れ、人間の王国アイギアに、リュシオスという若き星読みがいた。彼は、夜空に瞬く星々の運行から神託を読み解き、人々に未来を告げる才能に恵まれていた。しかし、その才能ゆえか、彼はいつも一人静かに空を眺めていた。夜ごと星の声に耳を傾け、夢のなかで、まだ見ぬ誰かの名前を呼ぶ声に耳を澄ませていた。その声は、彼の心を常に揺さぶり、満たされない何かを求めていた。
ある満月の夜、リュシオスは、いつものように神託を得るため、王国の郊外にある丘の上で星を読んでいた。澄み切った空には、満月が皓々(こうこう)と輝き、無数の星が瞬いている。その輝きの中で、リュシオスはひとりの娘と出会った。白いローブを纏い、銀色の髪が月の光を受けてきらめいている。指には、細い蔓草が絡みついたような指輪が光っていた。娘の名はアストリア。彼女はどこかこの世のものではない、神秘的な気配を纏っていた。
「あなたが呼んだのね」と、アストリアは、まるで昔からの知り合いであるかのように、静かに言った。
「……ぼくが?」
リュシオスは戸惑った。心当たりはない。しかし、不思議と彼女の言葉は、彼の心にすとんと落ちた。まるで、長い間探し求めていた答えを見つけたかのように。
「アストランティアの夢を見たでしょう。それは、神と人との最後のつながり。私の魂は、この花の中で千年眠っていたの。あなたの星を読む声が、私を目覚めさせたのよ」
アストリアは語った。神々が地上を去ったあと、正義の女神アストラエイアは、人々の心に再び希望が戻るまで、アストリアの魂をその最後の力で花に変え、眠らせたのだという。そして、長い時を経て、リュシオスの純粋な星を呼ぶ声が、彼女を目覚めさせたのだ。
二人は何夜も星を見上げ、語り合った。アストリアは、人々の苦しみに敏感で、その思いやりに満ちた心に、リュシオスは深く惹かれた。リュシオスもまた、アストリアの神秘的な魅力と、長き眠りから覚めたばかりの無垢な魂に、心を奪われていった。やがて二人は、神話の物語によくあるように、抗うことのできない運命に導かれるように、深く恋に落ちた。
神の怒りと、愛の証
だが、それは神の掟に背くことだった。神々は、アストリアの魂が再び地上に縛られ、人間に囚われることを望まなかったのだ。彼女は、地上の希望の象徴として、清らかな存在でなければならない。人間の愛に染まることは、神の定めに背く行為だった。
ある日、空が悲しみの雷を鳴らし、オリュンポスから神使ヘルメスが地に降り立った。その姿は、まるで嵐の予兆のように、暗い雲を伴っていた。彼は冷たい声で、リュシオスに告げた。
「リュシオス、神の娘を愛した罪は重い。おまえの命は、今日限り。神々の怒りは、もう止められない」
ヘルメスの手から放たれる稲妻が、リュシオスの心臓を狙う。アストリアは叫んだ。「やめて! 彼は罪を犯してなどいない! 私が望んだことなの!」彼女は自らの力を振り絞り、空を見上げて祈った。
「どうか、彼の命を。私の花をすべて枯らしてもいいから。私の魂が再び眠りにつくことになってもいいから、彼の命だけは……」
その願いは、遠い昔に地上を去った正義の女神アストラエイアの名残に届いた。奇跡が起きた。ヘルメスの放った稲妻は、リュシオスを直撃することなく、その寸前で消え去った。リュシオスは命を奪われずに済んだが、アストリアの姿は、まるで風のように、リュシオスの目の前で淡く光を放ちながら、跡形もなく消え去った。ただ一輪、彼の足元に咲いていたアストランティアの花だけが、彼の祈りに応えるかのように、静かに、そして儚げに揺れていた。
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